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05.姉と血の繋がらない弟と

 我が弟の部屋は、もともと倉庫だった離れにある。


 息をひそめ、鍵をあけ、そーっとドアを開く。弟が寝ているはずのベットに、忍び足で近づく。


 おお、熟睡しているな。


 ベットの中、静かな寝息を立てながら毛布にくるまっているのはひとりの少年。私と同い年の弟、ノブ・イーシャだ。





 ノブは私の本当の弟ではない。


 私を拾ってくれたイーシヤお父さんの実の息子。私とノブは、実際には血はつながっていないものの、世間的にはイーシャ家の年子の『兄弟』ということになっている。


 しかし、こいつは私のような神殿に追われる邪悪な魔力の持ち主ではない。物語の悪役でもない。ノブは、美少年であるだけでなく、べらぼうに強くて、優しくて、文字通りのヒーローだ。


 ……これは、決して身内のひいき目ではない。この世界で私だけが知る事実。ノブは、私が転生してきたこの物語の中で、将来は王都を救うヒーローになるのだから。





 私が書いた物語の通りに歴史が進むならば、数年後、王国は建国以来最大の危機を迎える。神殿と王宮への復讐にもえるサキュバスが、その手下のアンデッドをつかって、王都の人々を恐怖に陥れるのだ。


 暗躍する邪悪なサキュバスとアンデッドを倒すため、異世界からひとりのヒロインが召喚される。その時、若手冒険者として売り出し中のノブは、ヒロインとともに悪役の討伐に乗り出すのだ。


 物語がはじまるのは、サキュバスとアンデッドをたおす切り札としてヒロインがこの世界に召喚されるとき。それはたぶん、あと数年後。もしかしたら、来年くらい。


 今は、ノブもお父さんも、私がサキュバスの娘だと知った上でいっしょに暮らしてくれている。この平和な生活は、物語がはじまる時点までは続くだろう。


 そして、ヒロインが召喚されたとき、その時にはすでに私は王国に仇なすサキュバスとして、神殿から追われる身であるはずだ。


 うーーん、この平和な生活が、あとたった数年でどうしてそうなっちゃうのかなぁ。確かにこの物語を作ったのは私だけど、物語の始まる直前のことなんてそんなに詳しく設定してなかったからなぁ。





 ベットのすぐ側にいる私に気づくこともなく、ノブは大口をあけて熟睡している。一気に毛布をはいで起こしてやろうと、顔を近づける。


 目の前に少年の寝顔。ちょっと癖のある茶色の髪。整った顔立ち。長いまつげ。目を閉じていてもわかる、まだわずかに幼さは残るものの、男らしい精悍な顔立ち。身内の私が言うのもなんだが、こいつはかっこいい男の子になる。やっぱりヒーローだ。


 ふと、気づく。


 いままで気づかなかったけど、男の子の、……ちがう、男の臭いがする。


 私がこの家に拾われたのは、五歳の頃だ。それからずっとノブとは姉弟として一緒に暮らし、一緒に成長してきた。


 ついこないだまでは、こいつは鼻をたらしたガキだったのに。悪戯するたびにお父さんに怒られて、泣きながら私に助けを求めて来たくせに。朝から晩まで『おねえちゃん、おねえちゃん』と私の後ろばかりついてくる男の子だったのに。いつの間にこんなに成長したんだ、こいつ。


 やばい。くらくらしてきた。顔が赤くなってる。


 私は、あちらの世界で大学生をやっていたといっても、……あまり大きな声では言えないが、男の人と付き合ったことがない。家族以外の人間から『男』を感じたことなんてなかった。だから、この感情がなんなのかよくわからない。


 だめだめ。おちつけ。おちつくんだ。私は必死に頭をふる。


 今日だけじゃない。いままでもこんなことが何回かあった。だがこれは、少なくとも恋愛感情じゃない。ぜったいに違う。男の精気をエネルギー源とするサキュバスの本能が暴走しているだけだ。あえて例えるなら『食欲』だ。食欲のおもむくまま対象をなんでも食べてしまっては原始人と同じだ。我慢しろ、私!


 目をつむって一から十まで数える。そして深呼吸をする。


 しかし、目を開ければ、ノブの首筋から、少年っぽさが残る細い鎖骨から、視線を離すことができない。この家に拾われてから、ノブは私を姉として慕ってくれた。家族として信用してくれた。いま、もし私がノブの身体に触れたら、ノブは目を覚ましてしまうだろうか? メガネをとって魅了の魔法で誘惑したら、嫌われてしまうだろうか?


 隠れ里の母が教えてくれた。男の精気を吸うという行為は、一族にとって必須にして神聖な行為だ。そして、一族の娘が本気でそれを望んだとき、拒める男はこの世にいない。ノブだって例外ではない。


 ならば……。





 ガバッ


 勢いよく毛布をはぎ取ってやった。ギリギリのところで、なんとか私はサキュバスの本能を押さえ込むことに成功したのだ。


 目の前に、十二歳の華奢な少年の裸身が露わになる。


「うわっ!!!」


 一瞬の混乱の後、慌てて私の手から毛布をむしり取り、再び身体をくるめながらノブが叫んだ。


「なんだよ、勝手に部屋に入ってくるなっていつも言ってるだろ!」


「ほほお、パンツ一丁で寝ているのね。まだまだ少年らしい華奢な身体付きだけど、少しづつ成人男性の筋肉がついてきているようね。弟が大人の男の肉体になりつつあるのを確認できて、お姉さんはうれしいよ」


 毛布の中で、ノブが身体を硬くしたのがわかる。


「ひとの身体をイヤらしい目で見んなよ!!」


 茶色に茶色の瞳。精悍な顔立ち。毛布から顔だけ出した美少年が、頬を赤くしながらこちらを睨む。うーん、目の保養になるなぁ。


「ほら、いい天気だよ」


 弟の抗議などガン無視して、部屋のカーテンをあける。朝日が眩しい。なんてすがすがしい朝だ!


「き、着替えるから、はやく出てってくれよ!」


 ノブが真っ赤な顔で訴える。


「いまさらなにを照れてるのよ? つい数年前まではいっしょにお風呂もはいってたのに。もういいわ、はやく起きなさい!」


 ふう。あぶないあぶない。前途ある若者をサキュバスの犠牲者として奴隷やらアンデッドにするわけにいかないものね。ぎりぎりだったけど、なんとかごまかすことができた、……よね?


 私と弟の一日は、毎日だいたいこんな感じで始まるのだ。





 ああ、こんなに可愛い弟なのに、……召喚されるヒロインに取られるのはともかくとして、悪のサキュバスとして討伐されるのはいやだなぁ。


 やっぱりその前にこの家、そしてこの王都から、私が出て行くしかないのかなあ。



 

2015.03.24 初出


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