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04.中二設定と現実と



 カーテン越しの朝日に誘われて、ここちよく脳幹の底をたゆたっていた意識が浮上をしはじめる。何度か寝返りを打つ度に、意識が徐々に明朗になっていく。やがて、堅く閉じていたまぶたから、むりやり太陽の光が体内に入り込んでくる。


 はぁ。


 朝っぱら、目覚めたての第一声がため息というのは、うら若い乙女としてどうかと思わなくもない。しかし、朝っぱらから難しいことを考えようとしてもまったく頭が回らないのだからしかたがない。


 だがとりあえず、ため息の原因だけは、はっきりしている。目覚めて最初に目に入った天井は、やっぱり寝る前とかわらなかった。


 視線を動かし、机の上の鏡を見れば、十二歳の少女の姿が映っている。


 雪のように白い肌。黒い髪は、ボーイッシュというか、男の子そのものみたいなショートカット。そして鏡越しに自分をみつめる真っ赤な瞳。


 ほそい腕。ほそい脚。もうちょっと肉付きの欲しい華奢な身体。自分でいうのもなんだけど、どちらかというと美少女の類いかもしれない。それが今の私、ミウだ。




 自分は、この世界の人間ではない。


 あの日まで、風呂上がりに立ちくらみで意識を失うまで、自分は確かに二十一世紀の日本のごく普通の女子大学生だったはずだ。なのに、気がついたらなんの因果かここは異世界。


 そう、自分でもいまだに信じられないが、ここは本来は架空の物語の中の世界なのだ。私は、自分が書いた少女向け(?)ファンジーライトノベルの世界の中にいるのだ。




 どうしてこんなことに。


 物心ついて以来、何度目なのかわからない思いをふりほどく。両頬をひとつたたき、気合いを入れる。悩んだって、目の前の現実はかわらない。日常に立ち向かわなければ。


 あの日、隠れ里で平和にくらす私達の一族を神官達が襲撃するあの日まで、異世界とはいえ私はそれなりに平和に暮らしていたのだ。しかし、平和な日常は、あっという間に終わりを告げてしまった。


 この世界の両親は、自らの命を犠牲にしながらも、五歳の私だけはなんとか神官の手から逃がしてくれた。そして私は、偶然にも親切なおじさんに助けられた。


 それから約七年、王都で魔導具屋を商うイーシャおじさんは、お父さんとして私を実の子として育ててくれた。世界の真実がいかようなものだとしても、このご恩はかえさねばならない。


 意を決してカーテンをあける。ああ、太陽の光がまぶしい。今日もこの世界の神様は、聖なる光で人々に祝福を与え続けているのだなぁ。……邪悪な一族である私にとっては、あまり面白くはないことだが。




 自分の作った世界の中に生まれ変わったと認識した時、当然自分はヒロインだと思った。しかし、ちがったんだよなぁ。


 この世界の私は、ヒロインに退治される悪役の一族だった。なんとびっくり『サキュバス』だ。私は、女しか生まれないサキュバスの一族の末裔として生まれ変わったのだ。


 身体は普通の人間とかわらない。むしろ、同年代の子と比較して、運動神経は鈍いほうだ。空も飛べなければ、夜目がきくわけでもない。再生能力も人並みだ。


 さらに、せっかく剣と魔法の世界に来たというのに、残念ながら私は普通の魔法は使えない。この世界には攻撃魔法も防御魔法も治癒魔法も存在する。なのに、どれも私は使えないのだ。


 使える魔法は、邪悪な『魅了の魔法』のみ。自慢の真っ赤な瞳で、世の男をたぶらかすのだ。魔法に耐性のない男なら、一瞬みつめるだけで私の言いなりだ。


 そして、サキュバスと言えば、あれだ。あの性癖(?)を避けては語れない。そう、この私も、大人になったら男の精気が大好き、というかそれが無ければ生きられない身体になる、……らしい。いや、私がつくった物語の設定上、確実にそうなるはずだ。あまり認めたくないけど。


 我がサキュバスの一族は、女性しかいない。そして大人になると、最低でも月に一度は男の精気を吸わずに居られなくなる。


 『精気を吸う』といっても、それは……えーと、ちょっと口にはしずらいけど、身体を重ねてアレをアレするということだけじゃなくて、吸血鬼のように『血液を飲む』でもいいし、場合によってはキスだけでもいいらしい。少々抽象的な言い方になってしまうが、『男の精神エネルギー』をいただくことによって、私達は生きていくのだ。……なんにしろ、まだお子様の私は男の精気なんて吸ったことないんだけどね。


 で、吸われた男の方はどうなってしまうかというと、もちろん吸いすぎるとひからびて死んでしまう。だが、そんな事は滅多にしない。基本的にサキュバスは弱い種族だ。魅了の魔力以外に武器はない。人間に正体がばれたら、すぐに殺されてしまう。だから、夫と決めた男を『人ではない者』にして、末永く家族を守らせるのだ。


 精気を吸う際、男の魂に魅了の魔力を注ぎ込む。すると、男の肉体は一度死に、魔力によってサキュバスの虜、極端な言い方をすると奴隷として生き返る。同時に、彼の肉体は、非常識な再生能力をもち絶対不死のアンデッド、常軌を逸した身体能力をもった化け物となる。サキュバスの命令には絶対に逆らえない不死身の奴隷のできあがりだ。女王様に尽くすためだけに生きる、働きアリみたいなイメージかな。


 要するに、この世界のサキュバスの一族とは、愛してしまった人間の男の精気をくらい、かわりに自らの魔力を与えてアンデッドにつくりかえ、一種の奴隷として自分と自分の子を守らせる一族なのだ。


 ……自分でいうのもなんだけど、いくらラノベだからって、ちょっと無理のある設定だよなぁ、と思う。でも、これを思いついた時には、ロマンチックだと思ったんだよ。


 この体質により、私の一族は、世間から迫害されてきた。そりゃそうだ。男をたぶらかし、人間以外のものに作り替え、しかも奴隷として一生こきつかうのだから。……でも、父と母は、それなりに幸せそうだった。隠れ里の他の家族も同じだ。


 亡き父は、ただひたすら強さを求める修行の途中で母と出会い、アンデッドの絶対不死の肉体を得るために自らの人生を母に捧げたらしい。そして亡き母は、父を愛してしまったが故、父の精気をすすり、奴隷にせずにはいられなかったらしい。


 サキュバスは、血と魔力を介してしか愛を表現できない、悲しい生き物なのだ。……なんて、こんな中二設定を作ったのは自分なのだが、まさか自分の身に降りかかってくるとは思わなかったぜ。


 ちなみに、今のところ私はまだ、特定の男の精気を吸いたいと思ったことはない。まだ十二歳のお子様だから。でも、その日は遠くない。確実にやってくる。ああああ、憂鬱だぁ。





 ひとつ深呼吸をしてから、のそのそとベットから這い出す。ねまき代わりにきているTシャツに、下はショートパンツ。首から提げているのは、小さな三日月型のペンダント。隠れ里の父と母の唯一の形見だ。


 私は、腕も脚も身体つきも、残念ながらまだまだお子様体型だから、ショートカットでラフな格好していれば男の子に見えなくもない。神殿の神官達は、サキュバス一族の生き残りの女の捜索をいまだ諦めていないらしい。連中の目を欺くため、王都で人前に出る時は男の子の格好をしていた方がいいと、イーシャのお父さんに言われているのだ。


 おっと、メガネをわすれてはいけない。


 色気もなにもない、地味な銀縁の伊達メガネをかける。『魅了の魔法』を封じてくれる魔導器の一種だ。


 さすがに大都市である王都で暮らすのに、出会う男達すべてを魅了してしまっては、日常生活に支障がでまくりだ。このメガネこそ、いまだサキュバスを追っている神官から私の魔力と赤い眼をかくしてくれるという、イーシャのお父さんがどこからか仕入れてきてくれた、実にご都合主義的な魔法グッズなのだ。




 あくびをかみ殺しながら階段を降りる。


 決して広くないダイニングキッチン(ちなみにこの家にはリビングなんてものは存在しない)で顔を洗い、エプロンをつける。さて、朝ご飯の用意だ。


 火炎魔法かまどに点火。冷蔵魔法庫から卵やハムを取り出し、フライパンで焼く。そしてトースト。勝手知ったる台所で、手際よく朝食の用意。


 二十一世紀日本の台所に比べれば確かに不便だが、かわりに動作原理不明のご都合主義的魔法グッズが溢れているこの世界での生活は、苦痛というほどではない。


 できた。トーストにハムエッグ。剣と魔法の世界っぽくない、などと言ってはいけない。ここは私が作った世界なんだから、私の想像力を越えた食事なんて存在しないのだ。……ふふふふふふ、我ながら美味しそうだ。


 テーブルに並べられた三人前の朝食を前にして、おもわず口元がにやける。


 これならあの大食らいの父息子も満足するだろうて。


 しかし、……いつまでまっても、飯を食わせたい家族の男ども、居候しているイーシャ家の親子が起きてこない。


「もう!」


 やはり実力行使しかないか。なんてぐーたらな親子だろうね、まったく


「ノブ! そろそろおきなさい!」


 まずは、血のつながらない弟を襲撃することにする。


 


 

 

2015.03.23 初出

 


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