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33.王子と姫と恋の病と その1


 最近、お兄様の様子がおかしい。


 王国の政治の中枢に位置する王宮。その住人であり王族のひとりであるイヴァン姫は、極めて個人的な事情で困惑していた。




 ものごころついて以来、私は母が同じである兄、ジョアンお兄様を尊敬してきました。


 家族以外の人間にとって、ジョアンお兄様はとにかくお堅い人間だと思われています。何事にも決して手を抜かない、誰にも決して弱みを見せることがない、そしていつも不機嫌そうな顔をしている、つまらない人間だと。


 でも、私は知っています。本当のお兄様は違うのです。


 そうしなければ、……もし少しでも弱みを見せれば、お兄様は王位継承の争いに敗れ、それはすなわち王宮から排除されることに直結するでしょう。


 お兄様と継承権を争うフェルナンお兄様の苛烈な性格や、彼を支持する大貴族達による平民の血を引いた私達親子に対する激しい憎悪を考えれば、辺境の弱小貴族への養子縁組ならばまだましでしょう。最悪の場合、命すら危ぶまれる状況においこまれることになるのは間違いありません。


 そして、その時は、……私やお母様も道連れです。


 だから、お兄様は笑いません。公務のため国民の前に顔す時以外、決して微笑むことはありません。隙をみせないようにいつも仮面をつけているジョアンお兄様に、笑う暇などないのです。私達を守るために。


 なのに、……そんなお兄様が、いま私の目の前で笑っています。いいえ、微笑んでいます。ちがう、にやけているのですね、これは。しかも、うつろな目つきで窓の外をみながら。





 今、私とお兄様は、午後のお茶の時間です。


 ほんのついさっきまで、お兄様はお庭で狂ったように剣を振っていたはずです。付き合わされている護衛の騎士が可哀想になるくらい、一心不乱、必死の形相で剣術の訓練をしていたはずです。まるで何かを忘れようとするかのように。


 それが一段落したとたんに、これです。ティーカップを手に持ったお兄様が、私の目の前で遠くを見ながらニヤケ顔で惚けているのです。


 あ、表情が変わった。なにやらしかめ面で考えはじめました。と思ったら、今度は頭を抱えています。うんうん唸りながら。……何かを後悔しているのでしょうか?


 このまま様子を眺めていても面白そうですが、そうもいきません。


「お兄様、どこか具合が悪いのですか?」


「ん? な、なんだ、イヴァン。いたのか?」


 はぁ……。本当は、ミウ様、そしてノブ様に対する私の正直な気持ちについて、お兄様に相談したいことがあったのですが。……この様子ではやめておいた方がよさそうです。陛下がお元気になられたら、直接お願いすることにいたしましょう。


 いったいいつから、お兄様はこんな腑抜けになってしまったのでしょう。思い起こせばやはり、きっかけはあの事件でしょうか。





 よりによって王立学校の校内で無差別殺傷が行われ、生徒や警備の騎士に多数の死傷者が出るという王都を揺るがす大事件。あの直後から、現場検証や建物の修理のため、学校と寮はともに閉鎖されています。


 学校そのものは、王家の威信をかけて数日中には再開されるはずです。生徒達も、王室より公式に求められれば、学校に戻らないわけにはいかないでしょう。


 しかし、犯人が騎士だったこと、犯人の標的があきらかに王族だったこと、そしてこれは一般には秘されていますが、犯人がサキュバスによってアンデット化されていたことなどから、宮廷や神殿、大貴族には大きな動揺が広がっています。決して大きな声では言えませんが、ジョアンお兄様とフェルナンお兄様の継承権争いや、有力貴族の勢力争いにも大きな影響を与えるのは確実です。





 それはともかく、あの事件が起きる前、お兄様はこんなふぬけた人間ではなかったはずです。あの日、お兄様にいったい何があったのでしょう?


 はっ! これはまさか。


 もしかして。これが噂にきく……。いいえ、お兄様に限って、それは考えられません。で、でも、お兄様だって人間です。十三才の男の子です。万が一ということもあります。要するに、これは、……恋?


 で、で、でも、事件が起きたのは学校です。王立学校は男子校です。男子校というのは、男子しかいないはずです。ままままままさか、まさか、お兄様の恋のお相手は……。


「イヴァン、なに顔を赤くしているのだ?」


「お、お兄様! たとえ世間が許さなくても、私だけはお兄様を応援いたしますわ!!」


「……何を訳のわからない事を言っているのだ。またおかしな妄想でもしていたのか?」


 お兄様の顔が、いつのまにかいつもの不機嫌そうな顔にもどっています。つまらないですね。


「そろそろ時間だ。おまえも支度しろ」


 そ、そうです。兄妹でこんな漫才のような問答をしている暇はありません。わたしくも準備しなければなりません。なぜなら、今日はこれから王宮で公式の行事がおこなわれるのですから。





 急遽きまったおはなしですが、王立学校を襲ったテロリストを退治、そして私やお兄様を救っていただいたノブ・イーシャ様とミウ様に、王室から感謝の意を込めた勲章が下賜されることになりました。今日はその叙勲式が行われるのです。


 王室から平民に対して勲章が与えられることは、珍しいとはいえ前例が無いわけではありません。しかし、病床の陛下の代理である王太子殿下から、貴族でも騎士でもない、しかも未成年のノブ様・ミウ様に直接下賜されるというのは、極めて異例なことでしょう。おふたりにご縁のある私にとっても、誇らしいことです。


 もちろん王族だけではなく王国政府や騎士団、そして神殿の要人は全員出席です。さらに、叙勲式の後は学校の再開を祝して盛大なパーティが開かれる予定です。これをきっかけに、おふたりの為人を知ることで、大貴族達の平民に対する認識もかわるかもしれません。そうすれば、王宮の中でのお兄様やわたくしの立場だって……。


 い、いえ、そんなことは些細な問題です。私にとってもっともっと大きな問題は、そんな事ではありません。


 正装のミウ様は、どんなに麗しいことでしょう。そしてノブ様。きっと凜々しくて雄々しくて格好いいお姿に違いありません。私を襲った騎士の前に立ちはだり、私を守ってくれたあの時のように……。是非ともダンスに誘っていただかなくては。


 ……ノブ様は、いったいどんなお洋服の女性をお好みなのでしょう?






 結局、お怪我が完治していないとのことで、ミウ様は王宮にいらっしゃいませんでした。


 勲章を受け取ったのは、ノブ様と、代理としていらっしゃったミウ様のお父上、伝説の英雄タケシ・イーシャ様です。


 王立学校の学生の正装に身を固めたノブ様は、それはそれは凜々しいお姿でした。


 実は、私はちょっとだけ心配していたのです。貴族社会とは無縁の冒険者であるノブ様が、堅苦しいしきたりにうるさい王宮で、大貴族達に恥をかかされるのではないかと。


 しかし、そんな保護者気取りの私の心配など、まったくの杞憂でした。ノブ様の宮廷内のお作法は、少なくとも形だけは完璧、教科書通りのものだったのです。


 たしかに、その立ち振る舞いには優雅が欠片もなく、その様子に眉をひそめる貴族もいたようです。でも、動作のひとつひとつから効果音がきこえそうなほど力強くて野性味溢れ、そして自信満々で堂々としたその立ち振る舞いは、実に立派なものでした。お行儀の良い貴族ばかりがあつまる宮廷のなか、実に新鮮で格好よく映えるノブ様の一挙一動は、特にご婦人がたの視線を集めていたのは間違いありません。


 特に、大貴族達の無言の圧力を鼻で笑いながら正面から跳ね返し、王太子様の眼前でさえ面倒くさそうな表情をかくさないところ、……そう、これこそが、私が期待していたノブ様そのものだったのです。なんて格好いい!


「ノブ・イーシャ。ここは王宮だ。もう少し態度を考えればいいものを」


 列席する王族のなか、私の隣でお兄様が、口の中だけで呟いています。


「お兄様。今回の叙勲のおはなしそのものが、もともとは王家の都合ではありませんか。ノブ様にとっては迷惑なものでしかないのでは?」





 異例とも言える今回の叙勲は、ジョアンお兄様と継承権を争うフェルナンお兄様が強引に決めたものです。


 アンデッドによる襲撃事件で襲われたのは、王家の中でお父様とジョアンお兄様と私でした。誰が考えてもわかります。ジョアンお兄様に何かあった場合、いったい誰が得をするのか?


 そう、今のところ証拠はまったくありませんが、当然のごとく黒幕だと疑われているのはフェルナンお兄様です。それでも、襲撃が成功すればそれで終わりだったのでしょう。でも、ジョアンお兄様は、殺されませんでした。たしかに生きています。……ふぬけになってしまいましたが。


 それはともかく、要するに、あの事件をきっかけにフェルナンお兄様は一気に形勢不利になってしまったわけです。最悪の場合は、王家に対する謀反の疑いをかけられかねないほどの。


 本当にフェルナンお兄様が事件の黒幕かどうか私はわかりません。でも、彼としては、批判の目をそらす必要があります。そのためには、ノブ様という新たな英雄を作り出すのが一番手っ取り早いということでしょう。


 まあ、私といたしましては、私の身を守っていただいたノブ様に王家から褒美が与えられるのは、王家の内部事情など関係なく当然のことだと思のですが。





「しかし、あれでは大貴族や神殿の連中から無用の反感を買うだけだ」


 お兄様……。普段はノブ様を嫌っておいでのような顔をして、やっぱりノブ様のことが心配なのですね。


 はっ、まさか!


 私は気づいてしまいました。も、もしかして、お兄様の恋のお相手というのは……。


 お兄様が私のライバルだなんて! 私は、私は、いったいどうすればいいのでしょう!!


「イヴァン、……真っ青な顔をして、今度はいったい何を妄想しているのだ?」





 

 

登場人物がみんな理屈っぽいのは作者の仕様です。

テンポ良くストーリーが進まないのも作者の仕様なのです。


今後も気長にお付き合いいただけると幸いです。よろしくお願いいたします。

 

2015.06.07 初出

2015.06.07 誤字脱字とわかりずらい表現を修正しました 


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