31.王子様とサキュバスと その5
「私達がここに埋まっていることはみな知っているはずだ。すぐに掘り出してくれるだろう。この触手はそれまでもつか?」
もつ、……もつに決まっている。ていうか、もたせてみせる。殿下と一緒に助かるんだ。
「わ、私の魔力、……じゃなくて体力があるうちは大丈夫だから、……殿下は心配することありません」
でも、けっこうでっかい破片に直撃されたような気がするんだよなぁ。正直言ってもの凄く痛いんだよなぁ。見えないけどきっとかなり血が出てるだろうなぁ。
うーん、一度ケガを意識しちゃったら呼吸の度に背中が痛い。だんだん出血が酷くなってきたような気もする。貧血で頭がくらくらしてきたぞ。それに、痛くて、痛くて、痛い、痛い痛い。
「……傷はひどいのか? 苦しいのではないのか?」
「だ、大丈夫。助けが来るまでは、私とスライムで絶対に殿下を護りますから。いっしょに陛下とイヴァンちゃんに謝りに行ってもらうためにも、殿下には無事でいてもらわなきゃ。……お、お姉さんにすべて任せておきなさい!」
などと、大口をたたいてみても、背筋に力が入らなくなってきた。……でも、ここが頑張りどころだ。箱入りお坊ちゃまの殿下は、弟のノブほど頑丈ではないだろう。なんとしてでも、ここは年上のお姉さんである私が助けてやらねば。
「違う!! 私の事などどうでもいいのだ。ミウ・イーシャ、顔色が真っ青だ。本当に大丈夫なのか? 痛くないのか?」
あーしつこいな、この坊っちゃんは。
「大丈夫だって言ってるでしょ! 助かりたかったら、お坊っちゃんは黙っておとなしくしてなさい! ……少し、魔力を弱めて体力をセーブするわ。ちょっと苦しくなるけど我慢して」
そう言うと、一気にミウの体重がかかってきた。自分の体重を支える体力もなくなったのか。蒼白なミウの顔が、自分の顔の横、肩の上にのっかる形で密着する。耳のすぐ横で、苦しそうな呼吸音がきこえる。
気がつけば、ミウの背中はべっとり濡れている。これがすべて出血だというのか。
今この瞬間も、石材の重さから全力でふたりを護っているスライムがその魔力で淡く光っている。この魔力は、ミウのものなのか? これほどの怪我を負っているというのに、ミウは自らの魔力を削りながら私を護ってくれているのか?
やばい。ちょっとやばい。思ったより出血が酷い。そして無茶苦茶いたい。痛さだけじゃなく、血が足りなくなってきたかもしれない。魔力はスライムが消費しているし、体力的にちょっと、かなり、すごくやばいような気がしてきた。
もし私の体力と魔力が尽きたら、……触手スライムごと二人の身体も潰されちゃうのだろうなぁ。でも、殿下がこの若さで死んじゃうのは、可哀想すぎる。こんなにいい子なのに。
どうする。どうする。なにか策があるはずだ。殿下を瓦礫から脱出させる方法が。
と、その瞬間、気づいた。別に私とスライムが支えてやらなくても、殿下が自らの力で瓦礫から脱出できるのならば……。殿下に、さっきの狂った騎士と同じくらい非常識な力を与えてあげられるのならば……。
いかん。いかん。いかん! やばい。こんなことを考えてはだめだ。殿下は未来のある王族の箱入り王子様だ。人間をやめさせるわけにはいかない。極限状態で私の中にいるサキュバスの本能が目覚めつつあるのか?
だけど、だけど、もしかして、本当にここから脱出できる可能性があるのならば……。このまま二人で死ぬよりは……。ほんの少しでも殿下を生かす可能性があるのならば……。
「で、殿下。これからヘンなことを聞きます。わらわないで冷静に答えてください。……このまま人間として死ぬのと、私の奴隷のアンデッド、……人類の裏切り者として生きるのとでは、どちらがいいですか?」
な、に?
一瞬、ミウが何を言ったのか理解できない。
「ミウ、それは……」
「こ、言葉どおりの、……意味です」
こうして会話しているのも苦しいのだろう。ミウの顔に先ほどまでの笑顔がない。それでも、正面からまっすぐに見つめる真っ赤な瞳。そのまま吸い込まれてしまいそうだ。
なんだ? なんだ? これはなんだ? 魅了の魔法なのか?
「あまり時間がありません。……どちらが、いいで、す、か?」
考えるまでもない。国民を導く王族が、魅了の魔法などにたぶらかされるわけにはいかない。ましてやアンデッドになど。
……しかし一方で、なにがあっても生き残ることも、王族の使命だ。義務だ。 い、いや、まて、もしかしたらこんな思考こそが、すでに私の脳が魅了の魔法に侵されている証拠かもしれない。しかし、しかし、しかし……。
目の前のこの娘、ミウにならば、……いいのではないか?
一瞬の躊躇。
ガクン。
身体にかかる瓦礫の重量が、さらに増す。息をするのも苦しいほどだ。密着するほどの距離の先、いつのまにか青白くなっているミウが悲しそうに微笑む。
「殿下。ごめんなさい。もう限界みたいです。……他に方法が思いつかないの。人間じゃないものにしてしまってごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。本当に、ごめんな、さ、い」
ボウ
呪文? 真っ青な唇がわずかに動く。同時に、小さな魔法陣がミウの額の前に浮かび上がる。ほのかに輝く金色の明かりの中、ミウが瞳を閉じる。そして、唇が近づく。
ああ、私はミウに精気を吸われるのか。
わかっていても動けない。拒否できない。魅入られたように、……ちがう、私は自分の意思でミウの唇を受け入れるのだ。
びくっ。
目の前で、ミウの耳が動いた。
「ノブ?」
直後、衝撃とともに凄まじい爆音が耳をつんざく。身体全体にかかっていた圧力が、一気に軽くなる。誰かが外から瓦礫の山を吹き飛ばしたのだ。
「ミウ! そこにいるのか?」
もの凄い勢いで瓦礫が排除されていく。外の世界に通じる穴が開けていく。
ミウの背中の上を塞いでいた最後の大きな石材が、一撃で蹴り飛ばされた。ちょうど力尽きた触手が、ミウの頭の上に小さく収まっていく。形成されかけた魔法陣がゆらゆらと消えていく。
「ミウ!」
そして、目の前にひとりの少年が現れた。ノブ・イーシャ。瓦礫の山の中、腕力だけで人ひとりが通れる穴を掘り進んできたのか。
決して広くはないが、しかし三人の人間が存在できるぎりぎりの空間の中、ノブ・イーシャ優しくミウを抱き上げる。
「……ノ、ノブ。来てくれた、ん、だ、ね」
目の前で私ではない男に抱き上げられたミウ。私ではない男の首に力なくすがりつくミウ。私ではない男の名を呼ぶミウ。
なんだ、この感情は? まさか、嫉妬? 私は、ノブ・イーシャに嫉妬しているのか?
「ミウ、……ひどいケガじゃないか」
「平気。ちょっと休めば、すぐになおる。それよりも、殿下を……」
ミウの全身から力が抜けた。気を失ったのだ。
「お、おい、ミウ。しっかりしろ!!」
「君の顔をみて、張り詰めた気が緩んだのだろう。出血も酷い。早く医務室、いや王宮に運んだ方が確実に……」
ガンっ
私の声を遮るように、ノブの片足があがる。そして、ミウを両手で抱き上げたまま、倒れている私の胸を踏みつける。
「おい、殿下。お前のせいなのか? お前がミウを傷つけたのか?」
「……そうだ。ミウは私をかばってケガをした。償わせて欲しい」
ノブの足に体重がかかる。王族であるこの身体を踏みさんと力をかける。先ほどまでの瓦礫よりも強い圧力。本当に潰されてしまいそうだ。
「あんたの護衛はまだ瓦礫の外にいる。瓦礫の山の中、ここまで潜り込んで来れたのは俺だけだ。このまま、あんただけ瓦礫に潰されて死んだことにしてもいいんだぜ」
恐ろしいほどに冷めた目が私を見下ろしている。人間とは、ここまで冷たい表情ができるものなのか? い、いや、そもそも、この少年は人間なのか? ノブの身体をつつむ、この凄まじいオーラはなんなのだ。 本当にミウと血がつながっているのか?
生物としての本能的な恐怖。全身から冷や汗が噴き出す。しかし、ひるむわけにはいかない。
脳裏に浮かんだのだ。つい何秒か前の光景が。眼前の少女の顔が。切なそうな表情が。真っ赤な瞳が。小さな唇が。鈴の音のような声が。甘い匂いが。なめらかな肌が。まだちょっと堅い胸が。細い腰が。ミウの何もかもが。ここで引いてしまったら、あれをこの手にいれることは一生できなくなる。それがわかる。だから、目の前の化け物じみた少年の視線をまっすぐに受け止める。
「わ、わ、私の事などどうでもいい、はやくミウを助けるんだ。……ミウには普通の神官の治癒魔法は効かないのではないか? 王宮には邪悪な血を持つ者すら直せる特殊な魔法使いがいる。私にまかせてくれないか?」
「てめぇ! ミウの事をどこまで知って……。おまえ、まさか……、い、いやなんでもない。まだ吸われてないみたいだな。よかった、……じゃなくて、まずはミウの手当だ。しかし、あんたの手は借りない。王国一の邪悪で強力な魔法使いが知り合いにいるんでね」
ノブ・イーシャの顔が上を向く。同時に、まったく前触れもなく轟音。そして衝撃波。数秒後、すさまじい砂埃がおさまると、一気に空が見えた。ノブの身体を包む金色のオーラが爆発的にふくれあがり、天井部分の瓦礫を外側にむけて吹き飛ばしたのだ。
そして、ふたたび私の目を見る。さきほどまでとはうって変わった表情。なんだ? 私をみるその目は、哀れみの目なのか?
「殿下。瓦礫の下でミウと何があったのかは知らないが、自分の立場を考えろ。あんた王族だろ? 王家の血を継ぐ者だろ? あんたにミウは無理だ。あきらめろ」
なんだと。
「ミウと俺はしばらく家に帰る。ミウの傷が治るまでな。わるいが学校と寮にうまく話をつけといてくれ!」
返事をする間もなく、ノブが消えた。ミウを抱きかかえたまま、空に向けて飛んだのだ。ノブの全身をくるんでいたのは、黄金のウロコ? 背中にあったのは金色の巨大な翼? こいつも十分ばけものだ。
……化け物のくせに、王族である私に対してあきらめろ、だと? ふざけるな! 相手になってやる!!
2015.05.17 初出
しばらくは週一くらいのペースでの更新になると思います。今後もよろしくお願いいたします。




