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30.王子様とサキュバスと その4




 ふたたび悲鳴があがったのは、ほんの数秒後のことだった。私と殿下を襲った騎士が取り押さえられたはず場所だ。


 期せずして見つめ合った形になっていた私と殿下が振り向く。と、同時に、騎士が飛んだ。テロリストの騎士ではない。警備の騎士が三人、狂った騎士によって力づくで吹き飛ばされたのだ。


 一旦制圧し、武装解除したにもかかわらず、あの精鋭の護衛達から力ずくで逃げ出したというのか?


「なっ?」


 しまった、私の魅了の魔力が弱かった?


「で、殿下、お逃げください。奴はサキュバスに奴隷化されたアンデッドです。この人数では制圧は困難です」


「サキュバスだと? あの騎士は、サキュバスに操られた人類の裏切り者だというのか?」


 人類の裏切り者……。





 何人もの騎士が斬りかかる。自由の身になった狂った騎士は、自分の身体が傷つけられることをまったく厭わず、剣のかわりに杖を構える。天に向け、魔力がこめられた杖を掲げる。


「ま、魔法陣。奴はもともと魔導騎士だったのか」


 魔法を使うことのできる騎士を通称魔導騎士とよぶ。王国騎士の中でも超エリートである魔導騎士が、よりによってサキュバスの奴隷にされていたというのか。


 魔導騎士の掲げる杖から、眩しい光の粒子が吹き上がった。光は複雑な金色の文字をかたちづくり、上空に環をえがく。そして、環の中心に強烈な閃光。


「自爆魔法だ。みんな逃げろ!」


 も、もしかして、コントロールを失ったら自爆するよう暗示されていた?


 すこしでも魔法陣から距離を取ろうと、私を抱いたまま殿下が走り出す。目の前の図書館の中に逃げ込もうとする。しかし、間に合わない。


「ミウ! 何やってる、早く逃げろおお!」


 私達を襲った異変に気付いたノブが、正門の方向からもの凄い勢いで突っ走ってくる。だが、これも間に合いそうもない。


 魔法陣の中心から輝く光球が湧き上がり、そのまま巨大な爆発となった。





 とっさに何がおきたのか、自分でもわからない。自爆魔法が爆発する瞬間、無数の触手が私と殿下の身体を包み込んだことだけはおぼえている。


 同時に、至近距離で大爆発が起きた。目の前の巨大な石造りの図書館が、木っ端みじんにバラバラになった。膨大な量の破片が、私の背中の上に降ってくる。





「おい、ミウ・イーシャ。大丈夫か? 目を開けてくれ。ミウ!」


 誰かが私の名前を呼んでいる。近い。至近距離だ。


 うっすらと目を開けると、……天使がいた。輝く金髪のもの凄い美青年。


「ああ、天使様。天使様がいる。ひょっとして、ここは天国?」


「何をバカな事を言ってるんだ。ミウ・イーシャ、しっかりしろ。怪我はないか?」


「え、……ああああっ? ででで殿下? いったい何が?」


 息が吹きかかるくらいの至近距離に、殿下の顔がある。私が殿下を押し倒している? 咄嗟に離れようと腕に力をいれても、……まったく身動きが取れない。


「こここ、これは? この状況はいったい……?」


「至近距離の爆発で、建物が崩壊したらしい。君と私は大量の瓦礫の下敷きだ」


 うっすらと記憶が蘇る。私は殿下に抱きかかえられたまま、爆発の直撃を喰らったんだ。そのまま殿下が背中に倒れ、私が上から覆い被さってしまったのか。とっさに触手で護ったつもりだったけど、崩れ落ちた建物の瓦礫に閉じ込められということか。


 私と殿下は、おそらく石畳の上に横たわっている。殿下が仰向け、その上から私がうつぶせで重なる形、要するに抱き合うような体勢だ。私の背中の上には、大量の石材の山。二人がかろうじて潰されていないのは、二人を包むように触手を展開し、なんとか重さを支えてくれているスライムのおかげか。


「すまない。偶然とは言え、君を盾にする形になってしまった。怪我はないか?」


 おお、こんな状況なのに、ちゃんと私の心配をしてくれる。さすが王子様は紳士だ。大きな破片はほとんどスライムと私の背中にあたって殿下は無事みたいだ。……大丈夫、さっきは醜態をさらしちゃったけど、今度はおねぇさんが君を護ってあげるから。


「え、ええ。私は、……大丈夫です。たぶん。ちょっとでっかい破片があたったみたいで背中が痛いけど、スライムのおかげで……、あっ、きゃん!」


 最後まで言えなかった。ちょうど私の左胸の下にあたるところで、何かが動いたのだ。


「で、殿下、て、て、手が、胸に!」


 殿下は私を抱き上げた体勢のまま爆発の直撃を受けた。いま、私の身体は殿下の上にのしかかり、上半身だけでなく顔と顔が触れるほど密着している。よくよく見れば、二人とも上着が半分ほど破けている。お互いにところどころ白い肌が露出している。そして、おそらく殿下は、咄嗟に私の身体を支えようとしてくれたのだろう。左の手の平が、ちょうど私の胸に……。


「わーーー。す、すまん。わざとではないぞ、たまたまだ。抱き上げたまま一緒に倒れたから、たまたまこの位置に手があったのだ。本当だ! 信じてくれ! 許してくれ!!」


 叫びたいのは私の方なんだが。だが、パニクっているのは私も同じだ。こーゆー時、咄嗟になんと言えばいいのかわからない。


「……い、いや、そんな事よりも、やっぱり君は、……女性だったのか」


 あー、やっぱり。バレちゃった。そりゃバレちゃうよね。いかに薄い胸とはいえ、さすがに中学生相当の年齢になれば、まったく無いわけではない。やばいなぁ。これからどうしよう。


 それだけじゃない、お、お、お、お、乙女の胸を直に触られてしまった。やっぱり胸にサラシでも巻いておくべきだったか。ああ、殿下も顔を真っ赤にしているよ。顔と顔が正面に向き合っているのに、必死に視線をそらされる。そんなに気にされると、かえってこっちも恥ずかしさ倍増なんだけどな。


 もぞもぞと必死に手をずらそうとする殿下。しかし、二人の身体は密着しており、さらに上から大量のレンガの重さがかかっている。動ける空間などない。


「ひゃんっ! ふ、不可抗力ですから、許します。許しますから、……ん、あっ、だめ、……じゃなくて、もう手を動かさないで! お願いですから!」


 しまった! おもわずおかしな声を上げてしまった。一生の不覚。……恥ずかしすぎて、死んでしまいたい。


 もう殿下の顔をまともに見られない。ま、まままさか、こんな状況で変な声をあげるイヤらしい女とか、思ってないよね? ね? ね? それとも、ま、まさか、胸が小さすぎてあきれている?


 元は立派な成人女性の私が、こんなお子様の前でなんという失態! あああ、背中の怪我と出血のせいか興奮したら気が遠くなってきた。いっそこのまま気を失ってしまいたい!!





 ジョアン殿下は、自らの身が置かれた状況に、当惑し、混乱し、弱り果ていた。目の前の切羽詰まった問題に、解決策が見いだせない。


 どうする? 目の前の少女、ミウ・イーシャに対して、私はどう対応すればいい?


 自分は女に節操のない兄上とは違う。父上とも違う。ダンスなどをのぞけば、こんなにも至近距離で女性と接したことなど生まれてはじめてだ。


 どこも動かすことはできない。レンガの重さのせいなのはもちろん、全身の筋肉が緊張のあまり完全に硬直しているのだ。その一方で、全身すべての神経が、異常なまでに敏感になっている。五感すべてが、密着した目の前の少女に集中している。


 目の前にあるのは、涙に潤んだ大きな目。かなり前からメガネはしていない。吸い込まれそうなほど真っ赤な瞳の中心に、自分の顔が映っている。瞳と同じくらい真っ赤に染まった頬が悩ましい。吐息の甘い匂い。手に触れるなめらかな肌。折れてしまいそうなほど華奢なのに、ほどよく柔らかい腰。荒い呼吸の度に小さく動く胸。身体にかかる彼女の体重の圧力すら、心地良く感じている自分に驚く。


 もし両手が動くのなら、このまま抱きしめてしまいそうだ。だが、だが、だが、私は王族の一員だ。そのような恥知らずなことは許されない。


 そもそもミウは、妹の許嫁だ。……ん? ミウが女性だとしたら、イヴァンの輿入れの件はどうなるのだ? 普通に考えれば話はなかったことになるのだろうが、王家とイーシャ家の約束はどうなる? まさか、ミウと私が……?


 暗黒の空間に、無言の時間がつづく。沈黙に耐えられない。なにか、ミウになにか話しかけなくては。





「で、殿下。あのー」


 ミウの方から話しかけてくれた。私の心の中がわかっているのか?


「な、な、ななんだ?」


「ちょっと事情がありまして、私は男の子だということにしておいていただきたいのですが……」


 二人だけの秘密ということか。


「し、しかし、イヴァンになんと言えば……」


「イヴァン様と陛下には、私とお父さんで直接お詫びにいきます。許していただけるかどうかはわかりませんが」


「わかった。……なに、心配はいらない。陛下の元には私がいっしょにいってやろう。イヴァンは……ミウの事が気に入っていたようだが、きっとわかってくれるだろう」


「た、た、助かります」




 なんだ? 目の前のミウの呼吸が、すこしづつ荒くなってきたような気がする。


「気にするな。ミウは私の命の恩人だ。私達がここに埋まっていることはみな知っているはずだ。すぐに掘り出してくれるだろう。この触手はそれまでもつか?」


「わ、私の魔力、……じゃなくて体力があるうちは大丈夫だから、……殿下は心配することありません」


 そういうミウの額から脂汗。いつのまにか顔色も青い?


 ここに至って、自分はやっと気づいたのだ。ミウの腰を抱いている右腕。ミウの腰と、スライムに挟まれる形で固定されている私の右手にべっとりとまとわりついている、この生暖かい感触。これは、血?


「ミウ。君は、ケガをしているのか? 背中の傷から出血しているのではないのか? 触手の体力はもつのか?」


「大丈夫だって言ってるでしょ! 助かりたかったら、お坊っちゃんは黙っておとなしくしてなさい!」


 ミウ……。





 なんと声をかければよいのかわからない。どれくらいの時間がたったのか。沈黙を破ったのはまたもやミウだった。


「で、殿下。これからヘンなことを聞きます。わらわないで冷静に答えてください。……このまま人間として死ぬのと、私の奴隷のアンデッド、……人類の裏切り者として生きるのとでは、どちらがいいですか?」


 な、に?



 

 


2015.05.10 初出


 

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