03.冒険者親子と拾い子と
あの日、川に流されてきた少女、ミウをみつけたのは、ほんの偶然だ。
俺は、商人ギルドから王都近郊の街道に出現するモンスター退治の依頼を受けていた。依頼をこなすため、五歳になる息子ノブをつれて、街道沿いを転々とキャンプ暮らしをしていたのだ。
依頼に関しては、期限を大幅に残して終了してしまった。適当に時間を潰して、そろそろ王都のギルド本部に帰ろうかと考えていた頃だ。たまたま、王国の交易を支える大河の支流の河原でキャンプ中、夜もふけようかという頃合い、人などいるはずもない深い深い森の奥の方向に、真っ赤な炎が見えた。
そういえば、神殿の連中が王国に潜伏するサキュバスやその奴隷の内偵をしているらしいと、冒険者ギルドの情報屋が言ってたな。
さきほど感じた不快な感触は、神官ども得意技『光の魔法』だったのかもしれない。ついに森に隠れ住むサキュバス達を追い詰めたというところか。
人里を離れ、森の中でひっそりと暮らしている者達まで、わざわざ狩りたてなくてもよかろうに。神官達の、邪悪な者を根絶やしにしようというあの情熱は、いったい何によって支えられているのだろう。
やれやれ、これからは俺たち親子にとっても王都が住みにくくなるかもしれないな。
ため息をつきながら、さっさと寝てしまおうと支度を始めたその時、川沿いで用をたしていたノブが何か叫んでいるのに気づいた。
女の子が流されてきたって?
さて、どうしたものか?
目の前に寝かされている女の子を見ながら、俺は途方にくれてしまう。
とりあえず、水は吐かせた。濡れた服も取り替えてやった。たき火の近くだから、寒くもないはずだ。このまま寝かせておけば、数時間後には眼が覚めるだろう
だが、気を失っていてもわかる。この途方もなく膨大な、そして極めて邪悪な『魅了』の魔力。
森の奥に視線を移せば、いまだに空の一部が赤い。こんな夜中にもかかわらず、街道もなにやら騒がしい。騒々しくウロウロしているのは、下っ端の神官の連中か。
と、いうことは、……この娘の正体は明らかだ。
本来ならば、助けてやる義理などない。やっかいごとをわざわざ引き受けて、神殿を敵に回す必要もない。そんなことはわかっている。
だが、少女の寝顔に、どことなく忘れられない女性の面影がかさなる。それに、息子のノブが、この娘を助ける気まんまんだ。もし俺がこの娘を見捨てるつもりならば一戦も辞さないという迫力で、彼女の前に仁王立ちしていやがる。
おまえ、こんな短時間でこの娘の『魅了の魔力』にやられちゃったの? 我が子ながら、単純すぎるんじゃないの?
……まぁ、いいか。
どうせ俺たち親子だって普通の人間じゃない。たとえサキュバスの少女が家族になっても、いまさらどうということはない。まだ子どもだしな。ちょうど、そろそろ冒険者稼業も卒業して、王都で商店でも始めようかと思っていたところだ。
あの聖なる光の魔法を使いこなす偉大なる大神官様も、王国の神官が総出で討伐にくりだしたあげく取り逃がした獲物が、まさか自分の足元の王都にいるとは思わないだろう。一度でいいから、あの生真面目でお堅い大神官の爺さんの鼻を明かしてやりたいとは、ずっと思っていたんだ。
うん、そうだ。男の子のふりして育ててやれば、神官どももこの娘がサキュバスだとは気づくまい。
悪いことを企むようにニヤニヤ笑い始めたおやじの顔を、ノブは不思議そうにながめていた。
2015.03.22 初出




