28.王子様とサキュバスと その2
狂った騎士をノブが食い止めている間に、私とジョアン殿下、イヴァン姫の三人は、武闘場を逃げ出した。なんとか正門が見えるところまでたどり着く。
ノブは大丈夫だろうか。他の生徒達は、ちゃんと逃げてくれただろうか。あの騎士はまっすぐに私達に向かってきたから、みんな逃げる時間はあった、と思いたい。
周囲を見渡すと、たまたま屋外にいた他の学生達も、正門の方向に逃げてきたようだ。あわただしく駆け回る教職員や野次馬もあわせて、付近はごったがえしの状況だ。
「ノブ様はご無事でしょうか?」
「あの調子なら、少なくとも負けることはないだろう。それに、すぐに警備の騎士団が応援に駆けつけるはずだ」
「ノブなら大丈夫! 絶対に大丈夫。あんなのにやられるはずがない!」
おもわず叫ぶ私。姫に、ではなく自分に言い聞かせる。
「講堂にいるというもう一人の暴れている騎士はどうした? 父上はご無事か?」
正門を守る騎士に、殿下が声をかける。
「校内警備の者が総掛かりで包囲していますが、いまだ制圧できていません。どうやら人間ではないようです。王太子様はすでに校外に脱出、王宮にむかわれました」
ちっ
……殿下、いま舌打ちをした?
「殿下と姫も王宮へ避難を。馬車が用意してあります」
「イヴァンを頼む。私は残って学長に代わってここの指揮をとる。……とりあえず武闘場の狂った騎士はノブ・イーシャが足止め、講堂の騎士は包囲はしているのだな? 絶対に逃がすなよ。生徒達の被害状況は? 医者と神官は揃っているのか?」
「負傷者については確認中ですが、おもに幼年部の生徒十数人が被害をうけた模様です」
「神殿に私の名前で使いを出せ。治癒魔法が使える神官の応援を求めるんだ。それから警備の人数が不足しているのならば、近衛にも出動を要請しろ。王都の騎士をすべてここに回してでも、二人の狂人を制圧するんだ」
殿下は混乱する現場を仕切りはじめた。さすが王族。……もしかしてさっきの舌打ちは、息子や娘、そして王立学校の生徒達をおいてさっさと逃げ出した王太子様に対して?
とにかく、学生ながらに慌てふためく学校職員に的確な指示を飛ばす彼の姿は、ちょっとかっこいいかもしれない。私はちょっとだけ、殿下を見直したのだ。
正門前、イヴァン姫が馬車に乗り込む。
「ミウ様とノブ・イーシャ様は命の恩人です。このお礼は後日かならず」
「私はいいから、お礼ならノブに、い、いえ、その前に、ノブが無事に帰ってくるように祈ってあげて!」
あの騎士は普通の人間じゃない。人間を越えた……、ちがう、人間をはみ出した者だ。どちらかというと、私に近い者かもしれない。いかにノブといえとも、簡単にどうにかできる相手ではないはずだ。できるなら私もノブを助けに行きたい。近衛の騎士とやらはなぜ助けにこないのか。さっさとノブを助けてよ。
あっ
イヴァン姫が何かに気づく。私の後ろの方向、空を見上げ目をまん丸にしている。そして、何かを叫ぼうとして、叫べない。イヴァンちゃんの顔に浮かぶのは、驚愕? ……ちがう恐怖だ。恐怖のあまり、叫ぶことすらできないのだ。
ドスン!
姫の馬車がまさに出発しようとしたその時だ。突如、後ろで、凄まじい音と振動。そして悲鳴。
おそるおそる振り向くと、信じられない者がいた。さっきの狂った騎士だ。全身の鎧が穴だらけ、右腕がもぎ取られているが、たしかにこの騎士には見覚えがある。さきほど武闘場に乱入してきて、そして、……ノブが戦っていた騎士だ。
「武闘場から、……ここまでジャンプしてきたの、か?」
真っ赤な瞳が、私と姫、殿下を捕らえる。よだれを垂らした半開きの口が、確かに笑ったように見えた。
「ノ、ノブ、……は?」
まさか。まさかまさか。全身の力がぬけた。へなへなと、私はその場にへたりこんでしまった。
ガシャン、ガシャン、ガシャン、ガシャン
もうひとつ、イヤな音が迫ってくる。
身体をはって制止しようとまとわりつく警備の騎士達を引きずり、蹴散らし、打ち倒しながら、もう一人の狂った騎士が正門に向け走る。講堂であばれていたという、もうひとりの騎士だ。
学園内で暴れていた狂った騎士が、ふたりとも私達の目の間に来たのだ。
「みんな逃げろ! バラバラの方向に散るんだ。この場に居る騎士は命をかけて生徒を守れ! これは王命だと思え! ……ミウ、立て、私達も逃げるぞ!」
私は動けない。動けるはずがない。
「ノブが、ノブが、ノブが、ノブが……」
耳を塞ぎ、目を閉じて、……もういやだ。これ以上なにも受け入れるものか。
「しっかりしろ! ミウ・イーシャ」
業を煮やした殿下が、私の身体を抱え上げる。お姫様抱っこで、その場を逃げ出す。
殿下の背中越し、走ってきた騎士がそのまま私達を追いかけてくるのが見えた。すぐに追いつかれるだろう。しかし、恐怖は感じない。恐怖だけではない。すべての感情が、私の脳みそからは抜けてしまった。もうどうでもいいや。
ジャンプしてきた騎士は、イヴァン姫の馬車に襲い掛かろうとしているようだ。警備の騎士達が、これ以上の凶行をとめようと、文字通り命がけで挑む。しかし、それでも狂った騎士を止められない。
……普通の人間では無理なのだ。私にはわかってしまった。アレは、アンデッドだ。隠れ里にいた実の父と同じだ。あれは生き物を超越した邪悪な存在なのだ。
母は、父を愛するがゆえ、父の理性を消すことはなかった。しかしあの騎士は、強制的に理性を捨てさせられたのだろう。命じられた人殺しを行うだけの存在だ。
私と同じサキュバスの作り出した者が、ノブを……。それ以上、私は何も考える気にならなかった。
「待ちやがれええええ!」
ぼんやりした視界の中、ふたたび天から降ってきたものが見えた。イヴァンちゃんの馬車の前、まさに襲い掛かろうとする騎士に空中から跳び蹴りをくらわす少年。
えっ、まさか、……ノブ?
「生かしたまま捕らえようと手加減すれば、ちょろちょろと逃げ回りやがって!」
蹴りと同時に、耳をつんざく轟音。立っていられないほどの地響き。すさまじい土煙がおさまれば、蹴られた騎士はその衝撃で地面にめり込でいた。
「ノブぅぅぅぅ!!!!」
生きていた生きていた生きていたぁ。あたりまえだ。あのノブが死ぬわけがない。
弟の無事な姿を確認し、殿下の胸の中、おもわず泣いてしまった。しかし、バカな弟はそんな私になど気づかぬまま、目の前の狂った騎士にトドメをさしにいく。
「よーし、そのまま動くなよ。いま引導をわたしてやるからな、この腐れアンデッド野郎」
ノブが腰をおとす。地面から半身を抜け出そうとじたばたしている騎士の正面、ひとつ息を吸い込み両脚を踏ん張る。
既に私と殿下の位置からはかなり遠目だが、私には見えた。ノブの周囲に集まる光。あれは、すべての邪悪な存在を消し去る光。神官がつかう『光の魔法』と同じものだ。
「かつて魔王との戦いに備えて、親父と大神官があみだした『光の拳』。……俺にだって使えるはずだ」
白い光が拳に集まる。
「うおおおおお」
そして、咆哮と共に目の前のアンデッドに向けて放たれる。
太陽をも越えるまばゆい光。空間が白で満たされる。
視界が戻った時、騎士の居たはずの場所に視線をむければ、そこには半壊した鎧しか無かった。決して滅びることのないアンデッドの肉体が、この世から消えさったのだ。
「どこのサキュバスに狂わされたのかしらないが、成仏しろよ」
肩で息をしながら、ノブが残された鎧を蹴飛ばした。乾いた音をたてて、兜がころがっていく。
「ノブ・イーシャ様、ありがとうございます。ご無事だったのですね」
すぐそばの馬車、扉をあけてイヴァン姫が飛び出してきた。身体ごと、ノブの首に抱きつく。
「ああ、姫様もご無事でなにより。それよりも、ミ……「ミウ様とお兄様が襲われています。早く助けに!」」
なんだって?
姫が指さす方向。もうひとりの狂った騎士が、ミウと殿下にむけ剣を振り下ろすのが見えた。
2015.05.06 初出




