27.王子様とサキュバスと その1
その日、剣術の授業に望む生徒達はみな、いつになく緊張していた。
王立学校における剣術の授業は、普段は基礎体力の育成や型を身につけるための素振りなど、どちらかというとつまらない単調な内容が多い。しかし、今日は違う。初めての実戦形式、クラス一の剣士をきめるためトーナメント戦を行うのだ。
授業の形式が変更された理由は、武闘場の端っこで立ったまま授業を視察している一行にあった。
あれは王太子殿下。名目上とはいえ王立学校の学長であり、私のルームメイトであるジョアン殿下のお父さんだ。王立学校は年に一回、学長による直々の視察が行われるのが恒例だ。今年度、その視察の対象として、我らがクラスの剣術の授業が選ばれたというわけだ。まぁ、どうせ視察するならば、息子の姿をみたいよね。
ちなみに、王太子殿下はあまり派手な事を好まれる方ではないらしい。護衛や随行員も含めて、端から見ればとても王族とは思えないほど地味な集団にしか見えない。良くも悪くも王族らしくないのだ。
そんな中、ただ一人だけ例外がいた。イヴァン姫だ。
王太子様といっしょに、イヴァン姫も視察に同行しているのだ。ドレスはそれほど派手ではないものの、彼女ひとりだけオーラが違う。父親の隣に慎ましく座るたったひとりの少女の存在が、武闘場全体に華やかな雰囲気が醸し出している。さすがは姫様。
武闘場には見学者のための座席もあるのだが、王太子様一行はあえて学生達のそばに陣取っている。折りたたみの椅子を使い、至近距離からトーナメント戦を眺めるつもりらしい。
王太子様からクラス全員にありがたいお言葉をいただいたあと、ついにトーナメントは開始された。
防具に身を固め、木刀を握る貴族の子弟達。彼らの表情を見れば、みんな妙に上気しているのがわかる。王太子様にの前だから緊張しているのだろうか? それとも、すぐそばで微笑むかわらしい姫にいいところを見せたい? なんにしろ、貴族様はいろいろと大変だねぇ。
私がみるに、優勝候補のひとりは、もちろん殿下だ。
もともと剣術の成績は学校でもトップクラスであるうえ、視察に来ている家族にいいところを見せようと気合いが入らないはずがない。
対戦相手にしても、他の生徒との対戦ならともかく、王太子様の目の前で殿下をやっつける事には躊躇するんじゃないのかなぁ。……なんて思っていたけど、私のような剣のド素人からみるかぎり、どうやら大貴族の子弟達は本気で殿下にかかっていって本気で負けているように見えた。もしかして、殿下は大貴族からあまり好かれていない? それとも、殿下が強すぎるだけ?
もうひとりの優勝候補、ノブは殿下とは逆のブロックにいる。
先生が作ったトーナメント表を一目見れば、おそらくなんらかの抗えない圧力、あるいは自主的な配慮があったのだろうことは、私にもわかった。騎士見習いなど剣の腕に覚えがある生徒ばかりが、こちらのブロックに集中しているのだ。
普段は貴族も平民も分け隔てなく扱ってくれるいい先生なんだけど。王立学校の先生って、お気楽な平民には計り知れない気苦労がおおいんだろうなぁ。王族の目を気にしてかガチガチに緊張しながら審判をやっている先生が、ちょっと気の毒になってしまった。……まぁ、私も含めて学園の生徒達が実社会の矛盾とか現実とかを学ぶためには、いい機会かもしれない。
しかし、ノブにはそんなこと全く関係ない。圧倒的な力と技で勝ち上がる。一分以上もった生徒は誰も居ない。鎧袖一触とはこのことか。まったく危なげなく準決勝を勝ち抜けて、これから殿下と決勝戦だ。
私? もちろん一回戦で負けちゃった。
所要時間は約十秒。開始直後に強烈な突きの一撃をくらった私は、数メートル吹き飛ばされ、その場にダウンしてしまったのだ。
まったく剣が見えなかった。私が鈍いせいなのか、それとも相手の剣の腕が良いせいなのか、おそらくその両方なのだろうけれど、なんにしろ敵ながらあっぱれなのは間違いない。
それにしても、防具越しだから命に別状はないけどさ。でも、私の剣術が赤点だということくらい知っているだろうに、あんなに本気で突かなくてもいいのにねぇ。相手は大貴族のボンボンだったから、……もしかしたら普段から生意気な平民を忌々しく思っていたのかなぁ。
しかし、私の試合はそれだけでは終わらなかった。私が負けた直後、ちょっとした騒ぎがあったのだ。
負けが宣告された後、私はその衝撃にしばらく立ち上がれなかった。息をするのもつらかった。そんなぶっ倒れた私の元に、走り寄ってきた人がいたのだ。ひとりはノブ。もうひとりは、なんとイヴァン姫。制止する護衛達や王太子様をも振り切って、イヴァン姫が私の側に走り寄り、抱き起こしてくれたのだ。
貴族達、特に名門大貴族のボンボン達が、なんともいえない顔をして私達を見ている。すでに私とイヴァンちゃんのことを知っているのかな。
「イ、イヴァン姫、ありがとうございます。格好悪いところをお見せしてすいません。……私なんか介抱していると、へんな噂がたってしまいますよ」
これをきっかけに、私に呆れてくれないなぁ。
「かまいませんわ。私はミウ様の許嫁になるのですから」
……なんてすてきな笑顔。惚れてしまいそうだ。
ちらりと見えた殿下の呆れたような視線が忘れられない。あんたが私に呆れても、意味がないんだって!
さて、決勝戦だ。
たかが授業の一環、まったく権威のない非公式の試合。しかし、ノブと殿下の当人達にとっては真剣勝負らしい。
武闘場の中央で向かい合うふたり。授業とはおもえないピリピリとした空気が包む。
いつのまにやら、イヴァン姫は私の隣で観戦している。キラキラ目を輝かせながら、殿下とノブの姿を至近距離から凝視している。
たしかに、ふたりともかっこいい。イヴァンちゃんが見つめるのもよくわかる。
ちなみに、私に突きをくれたお貴族様は、殿下がやっつけてくれた。私が喰らったのとまったく同じような突き、しかし威力は十倍増しで、みごとにかたきを討ってくれたのだ。さすが殿下!
だから私は、どちらを応援すべきか悩む。悩んだけど答えが出ないので、とりあえず二人とも応援してあげよう。
「ふたりとも、頑張れぇ」
「ミウの奴、俺の応援じゃないのかよ。……さて、王子様。家族の前で恥をかかせない方がいいのかな?」
「……決勝の相手が空気を読めない君で良かった。手加減された勝負なんてつまらないからな」
「いうねぇ、殿下。ならば、一撃で叩きのめしてあげるよ」
まるで少年マンガのバトルシーンのように、二人の肉体から炎のようなオーラが噴き出す。息をのむ野次馬。両手を胸の前で合わせて成り行きを見守るお姫様。……だが、審判である先生から、試合開始の合図がなされることはなかった。
王立学校にあらざるべき、信じられない大事件が発生したのだ。
「講堂の前で重装備の騎士が無差別に剣を振るって暴れている? 幼年部の生徒に死傷者だと? どういうことだ、ここは王立学校だぞ!」
学校の警備員が武闘場に駆け込み、王族一行と先生に緊急事態を伝える。当然、授業は中止。王太子様ご一行は、たくさんの護衛に周囲を囲まれながら、敷地の外への避難経路の確認を始める。
殿下とイヴァン姫の側にも、警備の騎士がついた。
「イヴァン、おまえは父上と一緒に校外に逃げるんだ。私は他の生徒共に寮に行く」
全ての生徒は、とりあえず寮に避難することになったらしい。
「騎士様が生徒を襲うなんて。ノブ、……ここは大丈夫だよね」
この時まで、私はあまり事態を深刻に考えてはいなかった。王立学校内で生徒が無差別に襲われるなんて、確かに王都を揺るがす大事件であるが、しかしここには王太子様がいる。ノブもいるし殿下もいる。私のクラスメイト達が危険な目に会うことなど、まさかないだろう。しかし、ノブは同意してくれなかった。
「そうだな。もしかしたら日頃から貴族のボンボンに恨みをもってる騎士がいて、酔っ払った末に無差別殺傷事件をおこしているだけなのかもしれない。……でも、わざわざ王太子一行の視察で警備の厳しい日を選んで、しかもたまたま王立学校に侵入に成功するなんて、これが偶然だと思うか?」
「……思わない」
「そうだ。これが計画的なテロリストの仕業ならば、……いま講堂であばれている奴は囮だ。本命は王太子か姫に決まっている。しかも、悪人の仲間はすでに校内に潜入済みだ」
とっさに武闘場の周囲を見渡す。入り口に、あきらかに違和感ありすぎの人影があった。
「なぜ重装備の騎士が校内をうろついているんだ? あれは、父上の護衛の騎士なのか? 」
殿下が叫ぶ。
全身プレートアーマーに身をくるんだ騎士。おそらく講堂の前であばれているという騎士と同じ格好だろう。
悲鳴が上がったのは、その時だ。
「剣をぬいたぞ!」
騎士とは、王国の常備軍兵士の総称である。その一部は、治安維持のため王都を定期的に巡回している。もちろん要人の子弟があつまる王立学校も警備の対象であるから、ここに騎士がいること自体はまったく不思議はない。今は、王太子様の護衛の騎士もたくさん校内にいるはずだ。
しかし、いま彼らの視線の先で仁王立ちしている騎士は、平時にはめったに見ることのない全身鎧の完全装備だ。それに、よっぽどの事がないかぎり、王立学校の中で騎士が剣を抜くことなどないはずだ。目の前に王族がいるのならなおさらだ。
あきらかに異常な事態がおこっている。もちろん王太子さまや姫の護衛達もそれを認識している。警護対象を守るため、剣を抜き立ち向かう。
正気じゃない。
私達から騎士まではかなり距離があった。しかし、目があった瞬間にわかった。兜の隙間からみえる騎士の両目の瞳は、まったく焦点があっていない。そして燃えるように赤い。よだれをたらし、口元には薄ら笑いが貼り付いている。
反射的に一歩さがる。背筋に恐怖が走る。一目でわかる。あれは絶対に正気じゃない。
騎士はゆっくりと周囲を見渡す。王太子様一行と私達を眺める。そして、焦点が定まらない視線が、イヴァン姫を捕らえたような気がした。
狂気の騎士が、こちらに向けて一歩。もう一歩、騎士は剣を構えたまま、ゆっくりと近づいてくる。
周囲の人間はだれも動けない。武闘場にいる生徒が剣を構えた完全武装の騎士に抵抗できるはずがない。狂人が視線を向ける先には、私やイヴァン姫、殿下が居る。ゆっくりと、しかしまっすぐに、こちらに向かってくる。
「あれは人間じゃない。ミウ、俺の後ろでじっとしていろ。そして合図したら逃げるんだ。あいつは俺がなんとかする。……ついでに姫と殿下もいっしょに逃げろ」
ノブが言い終わる前に、騎士は走り出した。ガシャンガシャン、嫌な音が広場にひびく。全身に鎧をまとったまますさまじい速度で走る騎士。そんなことが可能なのか? なんという非常識な筋力。
姫の護衛が前に出る。騎士の突進を阻止しようと、剣を振りかざす。
しかし、とまらない。あっという間に蹴散らされてしまった。ひとりは体当たりで吹き飛ばされ、別のひとりはすれ違いざまに騎士のパンチをくらう。そのまま首がへんな方向にまがり、ぴくりとも動かない。そして、最後のひとりにむけ、騎士の剣が袈裟懸けに振り下ろされる。
目の前で人が縦にさけた。噴水のように吹き上がる真っ赤な血しぶき。声をだすことも、目をそらすこともできない。
王族の護衛が三人、一瞬で蹴散らされた? そんなことがあるえるの?
と思う間もなく、狂った騎士が飛んだ。鎧の重量をものともせずジャンプしたのだ。物理学とか生物学とかの常識はどこにいった。いったい何メートルとんだのか、あっとい間に距離をつめ、着地したのはイヴァン姫の目の前だ。
な、な、な、なんという身体能力。
真っ赤な瞳が姫を睨む。同時に、上段から剣を振り下ろす。イヴァンちゃんは動けない。すさまじい速度の剣が、少女の脳天を狙って落ちてくる。
「イヴァン!」
殿下の絶叫。とっさに妹に覆い被さろうとするが、間に合わない。私は両手で顔を覆う。目をつむる。もう動ける自信がない。
ギャリンッ!!!
至近距離から、金属同士がぶつかる音。すくなくとも、人が斬られた音ではない。いったい何がおきたのか。こわくて目を開けることができない。
「ノブ・イーシャ、……君はいったい」
殿下の声。イヴァンちゃんは無事なの? おそるおそる目をあけ振り返ると、イヴァンちゃんは真っぷたつにはなっていなかった。震えながら、両目を見開きながらも、ちゃんと二本の脚で立っている。
イヴァンちゃんの前、彼女を守るように立っている人影がある。ノブだ。頭の上で両腕をクロスさせ、腕で騎士の剣をうけとめているのだ。
「へっ、そんな剣じゃ、お袋ゆずりのこの身体は斬れないよ」
ノブの防具の袖の部分が、騎士の剣によりさけている。しかし、ノブの腕は切れていない。皮膚が金色に輝き、剣を弾いている。ほんの数秒間の膠着状態。ウエイトと体格で大きなハンディのあるノブが、徐々に剣の圧力で押しつぶされそうになる。
「うおおおおおおおお」
気合いと共に、ノブの右足が飛ぶ。膝だ。上から剣の圧力を受けたまま、下から鎧の騎士を膝で蹴り上げたのだ。あの態勢から、あんな膝蹴りを撃てるものなのか?
すさまじい蹴りの勢いで、騎士の身体が一瞬宙に浮く。さすがに騎士の剣が緩む。その隙をついてノブがさらに一歩前に出る。そして、右の拳を撃つ。正拳だ。
衝撃波を引きずりながら繰り出される、凄まじい速度の拳。プレートアーマーの腹の部分を突き抜けるほどの突き。轟音とともに、騎士の身体が吹き飛んでいく。
「どうだ! これが親父ゆずりの正拳だ!!」
「ノブ! やったぁ!」
「ノブ様!」
私とイヴァンちゃんのふたりで、おもわず後ろから抱きついてしまった。が、両手に花のノブは、まだ怖い顔をしている。
「あいつはまだ生きてる。いや、初めから死んでいるのか。とにかく、俺が押さえておくから今のうちに逃げろ。……殿下、ミウと姫を頼む」
「……わかった。いくぞ、イヴァン、ミウ・イーシャ」
殿下に手を引かれて逃げるミウと姫が視界の端に見える。だが視線は正面からそらさない。鎧の騎士が、ゆっくりと立ち上がったのだ。
鎧の胸の部分に大穴があいている。しかし、奴の身体ごと貫いてやった穴は、すでに再生し塞がりつつあった。あの拳をくらわせても倒れないのか。人間とは思えないな。
「この邪悪な魔力。おまえ、アンデッドだろ。しかもサキュバスの奴隷だな。……ミウの他にもサキュバスがいるってことか」
2015.05.05 初出




