24.学園番長とはじめての友達
王立学校高等部の敷地の中でも、人目につかない建物の裏手の空き地。五人ほどの制服姿の少年があつまり、ひとりの少年を取り囲んでいる。
しかし、取り囲まれた少年に悲壮さはまったくない。余裕たっぷりの表情で、その顔には薄ら笑いすら浮かべている。
逆に、取り囲んでいる側の少年達の表情は、みな歪んでいた。よくよくみれば、周囲には彼ら以外にもさらに十人ほどの少年がいる。しかし、みな気を失っているか、あるいは地面に座り込みすでに戦意を喪失している。取り囲み追い詰めているはずの、たったひとりの少年にぶちのめされたのだ。
「さて、残っている貴族のお坊ちゃまは、あと五人か。時間の無駄だとおもうけど、なんなら剣を抜いても、攻撃魔法をつかってもいいぜ。それとも、校外に待たせてある君たちの家の護衛を呼ぶか?」
外見だけは品のいい貴族の少年達にむかって啖呵を切るのは、ノブ・イーシャ。すでに十人以上を叩きのめしたにもかかわらず、彼はまったくの無傷だった。汗もかいておらず、息をきらしている様子すらない。
対照的に、多数でひとりを取り囲んでいるはずの貴族の少年達は、怒りに顔を赤くしている。同時に脚が震えている。
彼らはみな、下級貴族の子弟だ。王立学校で身分もわきまえずに好き勝手にすごしている生意気な平民のガキを懲らしめようと、二十人ほどでノブを呼び出したのだ。そして、あっというまに逆撃をくらってしまったわけだ。
「こ、こんなことが許されるとおもっているのか? 俺たちは貴族だぞ」
まさか、平民のガキに反撃を喰らうとは思っていなかった。だが、相手がわるかった。
ノブはすでに冒険者のライセンスを取得している。実戦経験も豊富だ。なによりも、あの伝説の冒険者、タケシ・イーシャの息子である。儀典用の剣術や魔法をちょっとかじったくらいの貴族の子弟が百人(誇張ではない)集まっても、少なくとも腕力で負けることなど絶対にない。
「まさか、高貴なる貴族のみなさまが、自分からしかけた喧嘩に負けた恨みを、親に言いつけたりしないでしょう?」
「父上にお願いして、おまえを縛り首にして神殿にさらしてやる!」
腹を殴られ、胃の中の物をすべておう吐させられた少年が、上半身だけおこして叫ぶ。
たしか、こいつの家は、代々神殿につかえる神官だったか。こいつ自身も神官見習いとか聞いたことがある。
「喧嘩の証拠になる傷をつけないよう手加減したつもりだったけど……。口もきけないようにしてやった方がよかったかな?」
ニヤニヤ笑いながら、ノブが少年の顔に視線をむける。反射的に少年がさがる。
「お、おまえだけじゃない。神を恐れぬおまえの家族も同罪だ。おまえの兄も、家族も、みんな捕まえて、縛り首にするぞ」
それまで余裕たっぷりで笑っていたノブの表情がかわったのは、その瞬間だ。鬼のような形相で、少年に近づく。
「く、来るな。何をするつもりだ。やめろ!」
少年が恐怖のあまり恐慌をきたす。怯えて必死にあとずさりする。
「俺の家族を、……どうするって?」
ノブの周囲の空気の色がかわった。全身から金色のオーラが吹き上がる。目の前の少年は、すでに腰が抜けて逃げられない。
「や、やめろ。来るな! 助けてくれ」
「ノブ・イーシヤ。それくらいにしておきなよ」
少年達の環の外に、いつの間にか別の少年がたっていた。小柄な体躯に赤毛にそばかす、愛嬌ある顔の少年が、ノブの顔をおもしろそうに眺めている。
「なんだ、おまえ?」
「まさか、……いくら僕の印象が薄くて君が他の生徒のことに興味がないといっても、ルームメイトの顔を覚えてない、なんてことないよね。僕は君の同級生で同室のテツジ・ラダーニだよ」
かろうじてまだ二本の脚で立っていた貴族の子弟達が、彼の後ろにかくれるように後ずさる。全身から凶悪なオーラをまき散らしている悪鬼のごときノブを前にして、まったく動じていないように見えるテツジが救世主に見えたのだ。
「た、助けてくれ。助けてください。たのむ」
「おまえ、平民だったよな。なのにこいつらの仲間なのか?」
「まさか。この僕を彼らといっしょにしないでくれたまえ」
「お、おまえは平民か? ならば私の命令をきけ。あの無礼な小僧を叩きのめすんだ。はやく、褒美をやるぞ」
自分が不様にもすがりついた相手が平民と知り、とっさに口ぶりを命令調にかえるというには、それはそれでたいしたものだと、ノブはちょっと感心してしまった。かといって、手加減してやる気にはならないが。
「仲間じゃないのなら、そこをどきな。ケガするぜ」
「まぁまぁ、家族のことを言われて激高する気持ちもわかる。君はいつも優しそうな兄上といっしょだものな。でも、少しは落ち着きなよ、ノブ・イーシャ。ここは僕にまかせてくれないか?」
ニコニコ微笑むそばかす顔の少年に毒気を抜かれ、ノブが拳をおろす。
テツジが、足元にすがりつく貴族の子弟に視線をむける。
「えーと、チヤゴ・ウェリン様。お助けさせていただきますよ。あなたのご実家は、わがラダーニ金融のお得意様ですからね。お貸ししている金額は、延滞利息を含めて天文学的な数字になるほどの。……で、この場でお助けしたとして、褒美にはなにをいただけますか? 利息を上乗せしてもよろしいですか?」
絶句する貴族。テツジは、周囲の貴族のボンボン達を見渡して、さらにたたみ掛ける。
「他にも、我が家の金融部門のお得意様がいらっしゃるようですね。それに、我が家が営んでいる特殊なサービスの宿の御常連や、他の店では決して扱わない特殊な商品や薬をお求めになったことがあるお客様のご子息がいらっしゃる。そんな皆様に求められれば、僕としては助けてさしあげないわけにはいきません。……でも、もしここで騒ぎになって学校当局に僕が問い詰められることになったら、なぜ僕がみなさまを助けることになったのか、皆様のご実家と我が家の取引の履歴について、いろいろとしゃべってしまうかもしれません。……それでもよろしいですか?」
まだ学生のボンボンといえど、自分の実家にはなんらかの後ろ暗いところがあることくらい、みな自覚しているのだろう。正攻法ではどうやってもこの平民達にかなわないと悟ったのか、貴族のご子息達は、捨て台詞を残してさっていった。
「やれやれ。僕がいうのもなんだけど、下級貴族のモラル低下の甚だしいこと、王国の未来が心配になるほどだね」
わざとらしく首を振り、ため息をつきながら、赤毛の少年が嘆くようにつぶやく。
「ふん。王都のスラムや暗黒街をしきるマフィアの大ボス、ラダーニ家の跡取り息子が何を言ってやがる。……そんなおまえが、こんなくだらない喧嘩にどうして関わる気になったんだ? 恩を売る気かい? うちの店は非合法の商売に手を貸すつもりはないし、逆にあんたの家が裏でやってるしのぎの邪魔をするつもりもないぜ」
ここまで言って、ノブが一息入れる。そして、テツジの顔を正面からみる。周囲の空気の色がふたたび変わる。
「……一応いっておくが、もし俺の家族に手を出したら、たとえマフィアでも絶対に許さない。俺と親父で皆殺しにするぞ。お前の家族も、子分も、女こどもも関係なく。後先なぞ考えず、スラム街ごとひとり残らずだ」
しかし、赤毛の少年はひるまなかった。
「わかってるよ。伝説の英雄イーシャ家の親子なら、本当にそれくらいするだろうね。……君は、本当にいつもお兄さんのことが一番なんだな。僕は一人っ子だから羨ましいよ」
両手をひろげて首を振るテツジ。ひとつため息をついてから、あらためてノブの正面に向き直る。
「……そんなに警戒しなくてもいいよ。君の父君は魔王すら倒した王国の英雄だ。複数のギルドの顔役にして、王宮や騎士団にすら強力なコネがある。腕力でも絡め手でもどうにかなる相手だとは思ってないよ。うちの子分達にも、イーシャ商会にだけは手を出すなといってあるくらいなんだぜ。だからこそ、君には友達になって欲しい、……じゃ理由にならないかな?」
ああ、……なるほどね。
ノブは納得し、怒気をひっこめた。
確かに、普通の平民がラダーニ一家に近づくはずがないし、一方で貴族が友達になるなんてことも絶対にあり得ない。こいつからみれば、王都の人間は貴族平民関係なく、敵か、共犯者か、獲物かの三種類しかいないのだろう。こいつと友達つきあいできるのは、うちの一家くらいしかないだろうなぁ。このインチキ臭い笑顔の裏に何を隠しているのか知らないが、別に嫌う理由がないのも確かだし。
まったく裏表のなさそうな笑顔とともに、おずおずとテツジが手を差し出す。その手をノブが取る。そういえば、おれ握手なんてするの生まれて初めてだな、と思いながら。
「あ、ノブ。こんなところで何やってたの。捜したんだよ!」
やっと見つけたノブは、知らない男の子となにやら親しげに話していた。……驚きだ。こいつに友達なんていたのか!
「ミ……「やぁミウ。ぼくはノブの同室で親友のテツジだ。どうせ君も覚えてくれていないのだろうけど、同級生なんだよ」」
赤毛のかわいらしい少年が、人なつこい笑顔でこちらに手を差し出す。……もしかして、握手というやつだろうか。
「あ、あのー、えーと、……よろしく」
差し出された手をおずおずと握る。その私の手を、テツジ君は両手がっしりと握り返してきた。
「ミウ、これからよろしく。……わぁ、小さくて柔らかい手だねぇ。女の子みたいだ」
「こ、こら、テツジ、ミウの手を気安く握るな!」
「友達なんだからいいじゃないか!」
うーーん、ちょっとあやしい男の子だけど、ノブに友達ができたのはめでたいことだから、いいか。
2015.04.26 初出




