23.乗馬に必要な力と技と
馬は人を見るという。
騎乗する者の技量を見抜き、馬は露骨に態度を変えるのだ。
王立学校の生徒の過半数は貴族や騎士の子弟だ。身だしなみのひとつとして、幼い頃から乗馬の技術を身につけてきた者がほとんどだ。
貴族だけではない。平民だって、商人や冒険者などこの時代のこの世界で生きて行くため否応なく馬に乗らざるを得ない者も少なくない。
要するに、ミウやノブの同級生のほとんどは、技量はともかくとして、馬に乗ることができるのだ。しかし……。
「先生、馬が、馬が、……曲がってくれません」
私だって馬に乗ったことがないわけではない。跨がるだけならば、お父さんやノブと一緒に何度か馬で遠出したこともある。しかし、なるべくひとりで馬には近づかないようにしていたのだ。恐いし。蹴られたことあるし。
幼年部にも乗馬の授業はあった。しかし、身体を使う系の教科は全て赤点の私に、先生も完全に諦めモードだった。教えるだけ時間の無駄と、ほとんどの場合ノブと二人乗りで一緒に馬場を何周かまわっただけで許してもらうことができた。
しかし、いま目の前に居る高等部の馬術の先生は、ちょっとばかり厳しいようだ。
もともとは王都の治安を守る若い騎士様だそうだ。彼は、王族様もいるこのクラスの授業をうけもったことで、必要以上に張り切っているらしい。
「ミウ・イーシャ。全ての面において王国臣民の手本になることこそが、王立学校学生の義務、王室への恩返しだと思え。平民だからといって、乗馬をおろそかにすることは許されんぞ」
そうは言ってもさ、……人には向き不向きってものがあるんだよ。
実習開始直後、まずはひとりで馬に跨がるのが一苦労だったのだ。
決して体格の良くない私の目の前にいる馬、こいつのでっかいこと山のごとし。この巨大な生き物の背中に、誰の力も借りず一人で登れというのか。
登頂アタックと断念を何度か繰り返し、勢いをつけて脚を蹴り上げ、やっとのことで初登頂成功。……かと思ったら、なぜか私の顔が馬のおしりの方向に向いていたこともあった。
笑いすぎだノブ。そこの殿下、こんな時だけしかめ面の頬を緩めるな。
やっとのことで前を向いて跨がった後もまた大変。強面の先生が付きっきりで引いてくれる間は、当然だが馬もちゃんと歩いてくれる。おそるおそる言われたとおり操縦する私に、馬も従ってくれる。しかし、ちょっと先生が離れた瞬間から、馬は操縦不能になった。私の言うことなどまったく聞いてくれないのだ。
くっそー。こいつ、どうして曲がってくれないんだ。
手綱を引いても、膝でけっとばしても、馬は知らん顔して正面を向きまっすぐに歩き続ける。そして、立ち止まったかと思うと、その場で草を食い始めやがった。
私が乗っているこの馬は、温厚で素直な性格のお婆ちゃん馬のはずだ。先生なりに私に気を遣ってこの馬を割り当ててくれたのだろうけど、……せめてこの馬がオスだったなら、メガネを外して言うことを聞かせることもできただろうに。スライムは両性具有、じゃなくて雌雄同体だから奴隷化できたけど、やっぱりほ乳類のメスは無理みたいだなぁ。
「ミウ、大丈夫か?」
近寄ってきたのはノブだ。こいつは私とちがって、馬をさっそうと乗りこなしている。王立学校の厩舎で一番大きくて真っ黒で見るからに荒々しい雰囲気の馬、通称「ブラックキング」を堂々と乗りこなしている。くっそ、くっそ、羨ましいなぁ。格好いいなぁ。
「そんなに緊張しているから馬になめられるんだよ。俺を見習ってもっと力を抜けよ」
なによ偉そうに。自分がちょっと乗馬できるからって。
しかし、えらそうに言うノブだが、こいつの場合は乗馬の基本がなにもできていない。動きがぎこちないというか、馬との一体感がまったくないのが、私からみてもわかるくらいだ。
なのに、この王立学校の馬場の王として君臨し、数多くの乗馬自慢の貴族のボンボンを振り落としてきた伝説のブラックキング様が、ノブにはまったく反抗しない。
なぜなら、ノブの身体から噴き出す圧倒的なオーラに怯えているからだ。たいまんの戦いに限れば今や王都の冒険者の中でも最強クラスを誇るノブからみれば、モンスターでもない普通の馬ごときとは根本的に生物としての格が違う。ノブにさからったら命がいくつあっても足りないというのが、馬にも本能的にわかるのだろう。
強面の馬面が、怯えきっている。視線が泳ぎ、ノブの一挙一動にビクビクとびびりまくっている。そりゃブラックキング号も素直に言うこと聞くだろうさ。でも、私にそんな乗り方ができるわけなかろう。
「ミウはまず基本から身につけるべきだ。ノブ・イーシャの下品な乗り方は参考にならない」
もうひとり寄ってきた。殿下だ。
「なんだと、こら、……じゃなくて、いまなんとおっしゃいました、殿下?」
こらこら、喧嘩しないの。
殿下が乗っているのは、美しい白馬だ。王室専用の優美な馬を、実に優雅に乗りこなす貴公子。
殿下の乗り方は教科書どおり、きちんと基本ができている。姿勢から動きのいちいちが実に美しい。馬も喜んで従っている。
一歩あるくたび、純白の馬のたてがみと殿下の金髪が風になびいてキラキラ光る。おもわず見とれてしまう私。そんな私をノブが睨んでいるが、でも格好いいのは仕方がないよね。
「君も今後は王室の伝統儀式に参加する事もあろう。妹を任せるからには、乗馬くらいできなくては困るな」
……妹君を任されないよう、なんとか嫌われる方法を考えているのです。
「無理、私にはとても無理です。こんな授業でさえ馬が全然言うことをきいてくれないし」
「ならば、特訓してもらう。放課後、私が直々に教えてやろう」
……やぶ蛇だったかぁ。
放課後。ふたたび王立学校の馬場。私と殿下は厩舎の前に立っている。この人、本当に私に馬術をおしえてくれるつもりらしい。
王立学校は敷地はとにかく広い。幼年部からアカデミーまでの校舎、寮、そして魔法演習場や実験農場もある。その中でも馬場と牧草地はもっとも広い。授業以外の時間はほとんど人がいないせいもあり、とてもここが大都会である王都の中だとは思えない。
「へぇ、馬以外にもいろいろ飼ってるんだ」
厩舎の建物だって、ひとつじゃない。ちょっと覗くだけでいろんな動物がいるのがわかる。
「ああ、アカデミーの研究用の動物やモンスターもいるぞ。時間があったら見学するがいい」
なるほど。あそこに見えるあれは、……ちいさなドラゴン?
「あれは飛竜騎士が乗る小型の飛竜だ。ドラゴンよりもかなり小型のトカゲモンスターの一種だな。本物のドラゴンは人間が飼い慣らせるようなものではない。英雄である君の父君や私の祖父が命をかけて戦った相手をしらないのか?」
意外そうな顔をする殿下。
「……すいません」
だって、私の物語にはお父さんの過去もドラゴンもでてこなかったんだもの。
「放課後までもうしわけない」
殿下が声をかけたのは、厩舎の飼育係さんだろうか。私みたいなメガネをかけた女性が、白い馬を用意してくれている。
「いいえ、殿下。……この子も殿下に乗ってもらえると喜んでいますよ」
ふわふわした雰囲気のかわいらしい女性だ。私達より年上、たぶん二十歳くらいかな。
たしかに、校内で教務や事務の女性はみたことがある。アカデミーの研究員には女性もいるらしい。でも、馬の世話している女性がいるとは知らなかった。
「俺の馬も頼むよ。あの黒くてでっかい奴がいいな」
「ノブ・イーシャ。なぜ君がここにいるのだ?」
「俺はミウの保護者だからな。当然だ」
「どうした、ミウ。私といっしょに馬に乗るのがイヤなのか?」
白い馬の前、まずは二人乗りで基本を教えてやろうと殿下が言いだした。
「えっと、イヤじゃないのですが、……えーと、そう、ひとりで乗った方が実践的なんじゃないかなぁ、なんて」
男の人と密着するのが恥ずかしい、なんて言いづらいよね、やっぱり。
「ミウ、こんな奴に習うことない。俺が手取り足取り密着してその身体に教えこんでやる。こっちに乗れ」
あいかわらず怯えて耳を伏せてビビりまくっているブラックキング号の上で、ノブが叫ぶ。
なんか表現がいやらしいけど、そっちの方がいいかなぁ。ノブとなら一緒に乗りなれてるし。
「ノブ・イーシャの乗り方は参考にならないと言っただろう。言うことを聞かないと教員に圧力をかけて赤点にするぞ」
き、汚い。なんてきたない手をつかう。きたないぞ、王族。
「妹のイヴァンに恥をかかされては困るのだ。頼む」
「……わ、わかりました、殿下。お願いします」
「力を抜け」
そう言われましても、無理です。
背中に殿下の胸板を感じる。息遣いが聞こえるほど密着しているのだ。全身の筋肉に力がはいり、こわばるのも仕方がないのです。
「もっと馬を、……いや、とりあえず今は私を信用するんだ。信じて身を任せろ、自然体になれ」
はぁ。深呼吸して、全身の力を抜く。
軽やかな刻まれるリズム。白馬のたてがみがなびく。心地良い風。耳をすませば、小鳥のさえずり。
たしかに、ちょっとロマンチックかも。
「殿下は、本当になんでもできるんですね。羨ましいです」
「……本気で言っているのか?」
声にちょっとだけ怒気がふくまれている。
「も、もちろん本気ですよ。……私なにかまずいこと言っちゃいました?」
「……私は、幼年部からずっと、君たち兄弟にコンプレックスを感じていたんだがな」
「はっ?」
なんでもできて、美しくて、王家の王子様であるあなたが、なぜ私達に?
「確かに私はかろうじて総合成績でトップだが、座学の教科では君にまったくかなわない。武術や剣術ではノブ・イーシャの足元にもおよばない」
私の場合は転生チートの反則技だし、ノブだって普通の人間が勝てないのはしかたない。なによりも……。
「殿下、王族に期待されているのは、帝王学というか国民を率いる能力であって、たかが学生時代の成績で全教科一位である必要はないでしょ」
「その通りだ。しかし、兄上はすべての面でトップだった。王家の血と英雄の血の両方を引いている私に、兄上以上の成績を期待する者がいるのも仕方がない」
うーん。そういうものなのかねぇ。
「今、私と私を支持する者達は、宮中の勢力争いにおいて兄上や大貴族連合に遅れをとっている。陛下が退位、すなわち父上が即位するまでに逆転できなければ、……私はもちろん母上やイヴァンも無事で済むとは思えない。確かに学生時代の成績など私達兄弟の争いに直接関係はないが、とはいえ不利な材料はひとつでも減らしておきたかったのだ。私の面子にかけて」
そ、それはもうしわけありませんでした。
いつの間にか、馬が脚をとめている。殿下がひとつため息をついた。
「すまない。こんな愚痴を言うつもりはなかったのだ。わすれてくれ。……君の前では、私は弱みばかり見せてしまうな」
よくわからないけど、王族様も楽じゃないことだけは理解しました。
「いいですよ。愚痴くらいいくらでも聞いてあげます。私達はルームメイトじゃないですか」
これでも精神年齢だけは君よりもかなりうえのお姉さんなのだよ。青少年の悩み事くらい、いくらでもきいてあげよう。
「……本当にすまない。恥をかいたついでに、もうひとつ頼みがある。私は宮中の争いから逃げられないが、せめてイヴァンだけでも守ってやって欲しい。そのためにも、できるだけ早く君の家に嫁がせたいのだ。頼む」
え、えええええ?
そんな重たい話をいきなりされても、私、どうすればいいのよ?
2015.04.26 初出




