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22.起こす者と起こされる者と

 カーテン越しの朝日の中。熟睡している私の肩を、誰かの手がやさしく揺する。


 ん? もう朝? 誰が起こしてくれているの? でも、もう少しだけ寝かせて。


 まるで母親のようなやさしい気配に、つい甘えてしまう。





 しかし、肩をゆする手の力が、徐々に強くなる。それでも起きようとしない私にいらだつかのように、手の感触が肩から首に向けすこしづつ上に昇ってくる。ひんやりした手が首筋をすべる。


 んっ


 その微妙な感触に、堅く閉じた唇からおもわず声がもれる。


 それに味をしめたのか、まるで私の肌を舐めるように、それは私の首から上を這い回る。そして、私の両まぶたに触れると、……一気にまぶたを無理矢理開きやがった。


 眩しい!


 開ききった瞳孔が、唐突に朝の光に晒されたのだ。





「わ、わかったから。起きる起きる。もう、なんて起こし方するのよ!」


 私を起こしてくれたのは、ベットの脇にいた触手スライムだ。


 やはりこいつは人間、というかほ乳類、いや多細胞生物とは根本的に感性がちがう。寝ている人間を起こすため、無理矢理まぶたを開く奴がどこの世界にいるというのか。


 どうせペット兼ボディガードにするなら、もっとモフモフしたオオカミみたいなモンスターの方がよかったかなぁ。ファンタジーラノベの女性主人公のペットって、大抵そんな感じだし。


 しかし、そんな事を考えながら私がボーッと惚けていたのは、ほんの数秒間だ。ふたたびスライムが動き始める前に、しっかり目を覚まさねばならない。


 これまでの経験から言って、このままボーッとしていたら、スライムが今度は私の鼻の穴に触手を突っ込み、無理矢理わたしの脳みそを覚醒させようとするはずだ。そんな拷問みたいな技、いったいどこで覚えたんだろうね。




 それはともかく。


 ふと目に入るのは、いつもとは違う天井。


 ああ、わたし、寮に入ったんだっけ。壁一枚だけ隔てて殿下が寝ているんだなぁ。


 こんな可憐な美少女が、こんなヌタヌタでデロデロの触手と一緒に寝て、触手が身体を這い回って起こされるなんて、冷静に考えてみればかなりやばい図柄だよね。決して殿下には見せられない。さっき変な声だしちゃったけど、殿下に聞こえなかった、よね?


 寝間着かわりのティーシャツとスエットを脱いで、手早く制服に着替える。






 私と殿下の寝室兼勉強スペースの間には、壁一枚しかない。しかもドアはない。共有スペースからお互いのベットが丸見えだ。


 これではあまりにも風通しがよすぎる。女の子であることを隠している私は、安心して着替えることすらできない。故に、殿下にお願いして、私のスペースの入り口にあまったシーツを暖簾かわりにかけてもらった。


「この学生寮は、教育の一環として学生同士の交流を深めるため、わざわざ一人部屋ではなく二人部屋を備えているらしいが。ある意味それを無視する行為だな。いったいなにをそんなに気にしているのだ?」


「え、えーと、私、胸にちょっと大きな傷があって、着替えの時とか恥ずかしいので……」


「ふむ。武道の授業の際に一人で着替えるのもそのせいなのか? 男同士でそう気にすることもないと思うが、……君がそういうのなら気をつけよう。シャワーの時も声をかけてくれ」


「そ、そう言っていただけると助かります」


 いつも不機嫌そうで尊大で偉そうだけど、基本的にいい男なんだよね、殿下。


 ん? 殿下はまだ何か言いたそうな顔をしているぞ。


「あー、その、君と婚約することになるイヴァンは、あまり男に慣れていない」


 はぁ。そりゃ、王家の箱入りの姫ですものねぇ。


「えーと、だから、イヴァンが君の所に輿入れした時、その、……大きな傷とやらで、あまり驚かせないでやってくれ」


 ああ、なるほど。そんな事を心配しているのか。シスコンだねぇ。


 大丈夫、大丈夫、私とイヴァン姫がそんなことになる事はないから。そうなる前に、婚約を破談にするから。……って、この妹想いの殿下に対して、ちょっと罪の意識が湧いてきた。全部お父さんが悪いとはいえ、ホントごめんなさい。





 ……なんてことがあったのが、つい昨日の夜のことだ。


 どうなることかと心配していた殿下との同棲(?)生活だが、初日はこんな感じでなんとか無事過ごすことができた。本格的な寮生活が始まるのは今日からなわけだが、あと何年続くのかね、これ。


 着替えた後、殿下が起きてくる前にと共用スペースの洗面所で顔を洗う。身だしなみを整える。授業開始までまだ時間があるけど、その前に寮の朝食があるのだ。


 しかし、殿下は起きてこない。


 全教科そつなつこなす優等生のくせに、寝起きは悪いのか。さっき殿下のベッドの方から魔法目覚まし時計の音がきこえたような気がするけど、寝ぼけて止めちゃったのかな。


 そろそろ起きないと、朝食に間に合わない。さすがに心配になり、共有スペースから殿下のベッドを覗き込む。


 おおお、遠くからでもわかる。豪華な金髪の美少年が、やすらかな顔で寝ておる。その顔は、まさに天使。なんという美青年。なんという美しい寝顔。起こしてしまうのがもったいない。……というわけにもいかないよね。


「で、でんかぁ、あさですよぉ」


 小声で呼んでみる。


 ぴくっ。


 ちょっとだけ反応があった。しかし、まだ起きない。天使が不機嫌そうに眉間に皺を寄せ、……寝返りをうった。


 きゃっ


 寝返りをうった殿下が、布団を蹴飛ばしたのだ。そして見えた。


 で、で、殿下、パンツ一枚で寝ているのですかぁ。


 おもわず両手で顔を覆う私。王族様のくせに、ノブと同じ格好で寝ているとは思わなかった。


 しかも、……すごい。なんて筋肉質な身体。


 上半身だけなら昨日も見た(見せられた)けど、スライムと格闘になるわ、途中でノブが乱入してくるわで、あまりじっくり見る余裕がなかった。


 比較対象として、私はノブの身体しか知らないのだが。……と言っても、あくまでもノブが口開けてよだれ垂らして裸で寝ている姿を見ただけだよ。


 ともかく、ノブの身体には、服の上からだいたい想像できる程度の筋肉しかついてない。あの子は決してマッチョではないのだ。しかし、そんな身体であるにもかかわらず、ノブは生物として、というか物理法則すら超越したスーパーパワーを持っているファンタジーな存在であるわけだが。


 そんなノブと比較して、いま目の前にいる殿下は、羽布団からはみ出した胸とか、お腹とか、脚とか、これはノブよりもかなりたくましい思う。痩せて見えるくせに、これが細マッチョという奴か。どんだけ自分の身体を鍛えているんだ、この王族様は。


 さすがに人外のノブやお父さんよりも力が強いとは思えないけど、それは人間なんだから仕方がない。でも、ちょっと、……かっこいいかも。両手で顔を覆いながらも、指の隙間から殿下の身体を凝視してしまう私。





 何分間そうしていたのか。そして気づく。おっと、こんな事をしている暇はない。精神だけは大人であるはずの私が、こんなお子様の肉体に見とれていてどうするのだ。それに、このままでは遅刻してしまう。


 まさか殿下を起こすため、触手に襲わせるわけにもいくまい。私が自分でやらねば。


 意を決して、ベットに近づく。なぜか忍びあしになる。私の心臓の音、殿下に聞こえてないだろうな。そして、そうっと耳元でささやく。


「で、でんかぁ。起きてくださぁい。遅刻しますよぉ」


 ん?


 あ、天使がうっすらと目を開けた。


「は、母上。……お元気になられたのですね」


 はっ?





 誰かにやさしく起こされた。


 もともとあまり寝起きが良い方ではない。幼い頃から、そんな自分をいつも優しく起こしてくれたのは、母だ。


 母が違う兄上との苛烈な継承権争い。王族も大貴族もほとんどは敵。私をお飾りの王として祭り上げたい平民の有力者達。こんな事態を招いた責任があるにもかかわらず、おもしろがって見ているだけの陛下、つまり私の祖父にあたる男。そして、優柔不断で自分の子同士の争いに一切口をはさめない、父であり王太子であるあの男。私とイヴァンの真の味方は宮中で母だけだ。


 目を開けると、なぜかその母がいた。


「は、母上。……お元気になられたのですね」


 い、いや、しかし、そんなはずはない。


 徐々に意識がはっきりとしてくる。


 母上は体調をくずし、もう何年も離宮で静養しているはずだ。毒を盛られたとの噂もある。もうそれほど長くないとも……。


 その母がなぜここにいる。私は寮にはいったのではなかったか? ここはどこだ? 今はいつだ?


「殿下?」


 では、目の前に居る、母に似ているこの女性は誰だ? 母と同じ三日月型のペンダントを首から下げたこの女は何者だ。


「殿下、寝ぼけているんですか? 朝ですよぉ」


 徐々に意識が覚醒しはじめる。目の焦点が合ってくる。この女、雰囲気こそ母とそっくりだが、メガネをかけている? いや、この制服は、私と同じ男子校のものじゃないのか?


「ミ、ミウ、イーシャ?」


「お母様でなくてすいません。でも、そろそろ起きなきゃ遅刻しますよ」





「わぁ。わ、わ、わ、私は、何か言ったか? 言ってない。母上なんて言ってない、言ってないぞ」


 その狼狽っぷりがあまりに微笑ましくて、おもわず口元が緩んでしまった。そんなに恥ずかしがらなくてもいいのに。


「ミミミミウ・イーシャ、私が変なことを口走ったことは、ぜぜぜ絶対に内緒にしてくれ」


 私の両肩をつかんで、ぐいぐい揺する殿下。こんなにあせった殿下なんて初めてだ。これはおもしろいものを見たぞ。


 で、でも、でも、そんな裸みたいな格好で間近にせまるのはやめてくれ。私の方も冷静でいられなってしまう。


「わ、わかりましたから、そんなに近づかないで。私は何も聞きませんでした。……あちらを向いていますから、はやく着替えてくださいね」






 食堂にいくと、ノブが待ち構えていた。


「ミウ、こら、おまえなんで朝からそんなに赤い顔してるんだ? おい、殿下も顔赤いじゃないか、いったいなにがあったんだ! こたえろ、ミウ!」


 必死にこちらを睨む殿下の表情がおもしろくて……。


「ないしょ」


「な、なに? おまえ、やっぱり殿下と何かあったのか?」


「なにもないって。……でも、寮生活もけっこう楽しいかもしれないわね」




 

 

2015.04.19 初出

2015.04.26 誤字脱字表現をちょっとだけ修正しました

 


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