21.同室になるはずだった男と同室の男
ミウが王家の人間と婚約と聞いたとき、俺は仰天した。狼狽した。そして、本気で駆け落ちを考えた。
学校も冒険者もバカ親父も何もかも捨てて、ミウと一緒に王都を出ようと思った。
ミウがなんて言おうとも、力尽くで無理やりにでも連れて行くつもりだったのだ。
しかし、よくよく聞いてみれば、ミウの婚約の相手は王家の姫らしい。姫というだけあってもちろん女だ。ミウも女だ。女同士の結婚など、……最近はそーゆーこともあるらしいし、俺も綺麗な女の子同士のからみに興味が無いというと嘘になるが、しかしこの世界の王家にかぎってそんなことが許されるはずがない。
いったい何をどうやったら、姫とミウの婚約なんてバカな話がでてくるのか。だが、あの調子の良いバカ親父ならばありえる話だ。
どうせ、ドラゴンの魔王を倒して凱旋して浮かれて王と意気投合したあげく、自分の子ができたら姫を嫁にもらってやるとでも約束しやがったんだろう。
……もし親父がミウを拾わなかったら、俺にお鉢が回ってくきてもおかしくなかったわけか。救いようのないバカ親父だな、ホント。
それはともかく。
さすがに、本当に姫がミウのところに嫁に来るはずがない。どこかのタイミングで、絶対にミウが女だとばれる。もしかしたら、人間でないことがばれるかもしれない。そうなれば、お輿入れの話など必然的に破談になるはずだ。
ならば、……その時までの時間稼ぎに、一緒に高等部にいくのも悪くはない。優しいミウは、親父の頼みを断れないだろう。俺もミウと一緒に高等部にいってやる。
高等部で、俺は一日も早く大人になる。ミウが安心して俺を選ぶような立派な大人に、だ。
そして、ミウの婚約が破談になったとき、そのときには、今度こそミウをつれて王都を出て行こう。
王家だろうが、神殿だろうが、そして親父だろうが、たとえドラゴンが邪魔したって、力尽くでもぶちのめし、俺はミウといっしょに誰も知らない場所に行くんだ。
「わ、わかったわ。お父さんがそこまでいうのなら、わたし高等部に行く」
「そうか! ミウ、恩に着るぞ」
土下座して頼み込むバカ親父に、ついにミウが折れたようだ。
……実は、俺は親父にはちょっとだけ感謝していたりする。
あのバカミウは、放っておいたら、幼年部を卒業したら黙って家を出て行ったかもしれない。俺や親父に迷惑をかけないように、なんて考えていやがるのだろう。
バカな奴だ。親父にとって、そして俺にとってお前がどれだけ大事な人間なのか、どうしてわかってくれないのか。
そんな自分勝手で鈍感でアホだけど家族思いでやさしいミウと一緒に高等部に進学できるのは、親父のおかげと言えなくもない、というわけだ。
「でも、ひとつだけお願い。王立学校の寮って二人部屋よね。そ、その、知らない男の子と同じ部屋じゃなくて、なんとかノブと同じ部屋にして欲しいの」
「まかせておけ! 王立学校のお偉方の貴族の中には、うちの店に借金がある奴もいっぱいいる。それをネタにおどしてやれば、部屋くらいどうにでもなるぞ」
でかした親父!
娘に弱いこの親父なら、王都の経済を実質的に牛耳る商人ギルドと冒険者ギルドの顔役としての権力と人脈を駆使し、そのうえ金の力に物を言わせ、全力で王立学校の上層部に工作するだろう。下っ端の貴族や騎士どもなら、親父がなじみにしているスラムの暗黒街のボスから一言いうだけで言いなりだろうし、大貴族だって金には弱い。いまは王国政府のお偉いさんになっている、四英雄の仲間を動かしてもいい。
さすが俺の親父だ。なんて凄い奴だ。今ほど俺はおまえの息子で良かったと思ったことはないぞ。
「えーと、ノブ、よろしくね」
も、もちろんだ。よろしくされてやるぜ!
高等部の間、ミウと同じ部屋で一緒に暮らすのか。……これは、俗に言う同棲というやつじゃないのか。おもわず顔がにやけてしまう。
い、いや、顔に出してはいけない。ミウを安心させるためにも、ここは男らしく、渋く、クールに決めねば。
「ああ。せっかく高等部なのに、またおまえといっしょとはな」
「そんなこと言わないで。あんたといっしょなら安心だし。……おねがい、ね、ノブ」
「……わかったわかった。仕方ないなぁ」
しかし、しかし、うわ、やばい、寮での生活を想像しただけで、鼻血がでそうだ。
なのに、……入学式の後、俺に割り当てられた部屋で待っていたのは、ミウではなかった。
「やあ、イーシャ君。同じ平民同士、ルームメイトとして仲良くやろう」
「……だれだおまえ?」
「ひどいなぁ、僕らは幼年部から同級生だったじゃないか」
「しらん」
俺は、ミウ以外の同級生など、まったく興味はない。
ミウは? 俺のミウはどこなんだ?
俺は寮の廊下に飛び出す。晩飯までにはまだ時間がある。それまでに、ミウを探し出してやる。
「きゃあ! や、やめてください殿下!」
寮の廊下にまで響く甲高い悲鳴。ミウの声だ。
この部屋かぁ!
ミウの声の聞こえた部屋、俺はドアを蹴破り、身体ごと飛び込む。
そこにいたのは、上半身裸のジョアン殿下と、真っ赤な顔して両手で顔を隠しているミウ。
「てめぇ、俺のミウに何をしやがる!」
「うわー、まって、まってノブ。悲鳴をあげた私がわるかった。でも、誤解なのよ、ノブってば」
まさに殿下に躍りかからんとする俺の前に、必死の形相で立ちふさがるミウ。
「誤解ってなんだ! 現にあいつは裸になってミウに襲い掛かろうと……、ん?」
よくよく見れば、殿下の指先から魔法陣が展開されている。攻撃魔法か。標的は、……触手スライムだ。怒り狂い山のように巨大化したスライムが、殿下に向けて何本もの触手を振り回している。
「わ、私が悪いの。カバンの中に入れていたスライムが干からびちゃったからバスタブに入れておいたら、殿下がシャワーをあびようとして……」
「ミ、ミ、ミ、ミウ・イーシャ、こ、これは、このモンスターは、君の、……いったいなんなんだ?」
とりあえず、殿下がミウを襲っているというが誤解だということはわかった。しかし、しかし、よりによってこいつがミウと同室だというのか。この、ちゃらちゃらキラキラした権力の走狗の美形野郎が、俺のミウと同じ部屋で一緒に暮らすというのか。許さん、絶対に許さんぞ。
「えーと、ノブといっしょに冒険者の仕事で捕まえた、ペット兼ボディガードというかなんというか、……絶対に悪さはしませんから、一緒に住んじゃダメ、ですか?」
ミウの顔はまだ赤い。こいつの上半身裸の姿を目の前にしているからだろう。そのまま表情を隠すように頭をさげ、上目遣いに殿下を見つめながらお願いしているのだ。魔封じのメガネ越しに、真っ赤な瞳が覗いている。
「あ、ああ、……わかった。人間に害を為さないのならかまわない。学校や寮の関係者には私から言っておこう」
ミウから視線をそらし、おそらく反射的にうなずいてしまっている殿下。たとえミウを男だと思い込んでいたとしても、ミウのあの眼差しでお願いされて断れる男は居ないだろう。それは俺が一番しっている。
「ノブ、あなたも落ち着いて。私にはこの触手がいるから大丈夫。だから、安心して、ね。入学そうそう騒ぎをおこさないで、自分のお部屋に帰りなさい。……来てくれてありがとう」
「わ、わかったよ」
そう、ミウにこの顔でお願いされたら、俺は絶対に断れないのだ。だが、それでも俺は、これだけは言わねばならない。このキラキラ殿下に言っておかねばならないことがある。
「おい、殿下。おまえ、ミウに何かしたら、王族だろうがなんだろうが、俺は絶対に許さないからな」
「言っている意味がいまひとつ理解できないが、英雄の血を引く者の言うことだ。とりあえず肝に銘じておくとしよう。……王位継承権をもつ私にむかってそんな口をきく人間は初めてだ。これから君たちと家族ぐるみでつきあっていくのが楽しみだよ」
2015.04.19 初出




