20.入学と入寮と二人部屋と
「ふむ。来たか、ミウ・イーシャ。よろしく頼む」
「こ、こ、こちら、こそ、よろしくおねがいします、……ジョアン殿下」
王立学校の高等部の入学式の日。私に割り当てられた寮の二人部屋。イヤな予感を感じつつドアを開いたら、そこにはキラキラした同級生が待ち構えていた。
いつも不機嫌な表情をしてる彼にはめずらしく、天使のようなにこやかな笑顔を私に向けている。
どうしてこうなった?
「すまん。ミウ。王立学校の高等部に進学してくれ」
お父さんが私の前に土下座してこうお願いしてきたのは、王様の侍従長さんと殿下とイヴァンちゃんが我が家を訪れた次の日、幼年部卒業の数ヶ月前の事だった。
よくわかんないけど、おおむかしお父さんが酔っ払った勢いで王様とバカな約束したらしい。
で、信じがたいことに、このままだとイヴァン姫が私の元に嫁いでくるらしい。
いったいなにをどうすれば、そんなバカな事になるのかさっぱりわからない。
そして、王国のすべての冒険者の名誉をまもるため、とりあえず時間を稼がなくてはならない。そのため、私に高等部に進めというのだ。
バカじゃないの!!
まだ言ってなかったけど、わたし、幼年部卒業したら家をでるつもりだったんだけどなぁ。
……いや、問題はそこではなくて。
「な、な、な、なに言ってるのよ! 高等部って男子校で全寮制よ! 男子寮なんて無理にきまってるじゃない! お父さんは、娘のててててて貞操が、心配じゃないの?」
「そりゃ心配だ。心の底から心配だ。だが、ノブもいっしょだ。ノブが守る。ミウはノブが守るとも。守るよなぁ、ノブ」
「おおおおおおおお、当然だ。ミウの何もかも、すべては俺が絶対守ってやるぜ。まかせておけ!」
こ、こ、こ、この、バカ親子が!!
「ミウちゃん、ものは考えようよ。王家の姫の婚約者ならば、まさかサキュバスだと疑う者なんていないわ。それに、王立学校の寮にいれば、神殿だって絶対にあなたに手をだせない。あなたにとって、これほど安全なところはないのよ」
最近うちに入り浸っているウリセスさんが、横から取りなしてくれる。
たしかに、この脳みそ筋肉親子なりに、私の安全を考えてくれたという一面はあるのだろうが。でも別の意味で危ないだろう。男子寮だよ。しかも、私、人間じゃないんだよ。サキュバスなんだよ。そろそろお子様という年齢ではなくなっちゃうのに、男の子ばっかりの中で暮らしたら、……自分でも何しちゃうかわかんないんだよ。
「そのうえ、王立学校ならいい男がいっぱいでしょ。よりどりみどりよ」
そんな事を言いながら、私に向かってウインクするウリセスさん。
ハッキリとは口に出さないが、男子寮の中で精気を吸って奴隷にする男を見繕ってしまえと言っているのだ。
サキュバスに対してそんな事を言うなんて、人類の裏切り者と言われても仕方がないんじゃないのかなぁ、……私がいうのもなんだけどさ。あ、ウリセスさんって人類じゃなくてエルフだったか。
「バカ野郎! ミウは俺が守るって言ってるだろ。ミウの近くに他の男なんて近よらせるものか!」
「あらぁ、ノブ君。学校の中で誰を選ぶのかは、ミウちゃん次第よ。あなた、……自信ないの?」
「ばばばばバカ野郎!! 俺は、俺は、俺は……、俺は…………」
ノブは、私の顔を見ながら、何故か顔を真っ赤にして、そして黙って下を向いてしまった。
いったい何を言ってるんだ、我が弟は? でも、今の私にはノブの事まで考えてやる余裕がない。
「で、でも、姫様と私が婚約だなんて、……イヴァン姫に失礼じゃない! もし私が女の子、そのうえ人間じゃないってバレたらどうするのよ? ていうか、婚約しておいて一生バレないわけがないじゃない!」
「おまえ、高等部の間にイヴァンちゃんにおもいっきり嫌われるようなことをしろ。向こうから断られるような。そして、王家から嫁をもらうに値しないとの烙印を押されてしまえ。一番手っ取り早いのは、そうだな、女癖が酷い男だと噂になればいい」
そんなぁ。
「大丈夫だ。あの王はそう長くない。俺のみたところ、数年以内にはくたばる」
なんてことを言い出すんだ、この親父。不敬罪で縛り首になったらどうするのよ。
「そうすれば、約束もうやむやになる。あの王がいなくなれば、イヴァンちゃんとお前の話なんて、王家の姫を自分の家に嫁に欲しい大貴族達がつぶすにきまってる。どさくさに紛れて退学して王都から逃げればいい」
あっ!
私は大変なことを思い出した。
たしかに、ヒロインが召喚される前後くらいのタイミングで、あの王様は亡くなるのだった。そして、他の王位継承権のある王族も不審な死を遂げてしまう。確かな証拠はないものの、王都に暗躍するサキュバスが関与が噂され、宮中は大混乱に陥る。そして、ジョアン殿下が王太子になるんだ。
確かに、そのどさくさに紛れて逃げ出せば、いろいろなことがうやむやになるかもしれない。でも、……私が王家の人々を殺しちゃう、の? そんな……。
でも、先のことはともかく、結局どうやっても目の前の高等部入学の問題からは逃げられそうにない。そもそも、命の恩人のお父さんにここまで頼まれたら、私は断れるわけがないのだ。王家の件については、あとから考えよう。
入学、というか入寮にあたっては、お父さんが王都の政界財界に張り巡らせたあらゆるコネをつかって、ノブと同じ部屋になれるよう工作をしてくれたはずだった。
たとえば、王立学校の偉い立場の貴族のひとりが、うちのお店に多額の借金があったらしい。それを帳消しにした上、さらにもの凄い金額の賄賂を支払ったそうだ。
ノブが同室なら安心というわけでも決してないのだが、……というか、ある意味かなり危ないことになっちゃいそうな気もしないでもないのだが、それでも私の正体を知らない男の子よりはましだろう。というわけで、ちょっとだけ安心していたはずだったのだが。
入学式、当然のように入学試験総合トップであったジョアン殿下の新入生代表の挨拶は、そりゃあ凜々しくて格好よかった。
豪華に着飾った王族様やお貴族様の父兄に混じって、紋付き袴もどきのちょっと妙な服で決めていたお父さんは、……格好よかったということにしておこう。ついでに、なぜかその隣に神妙な顔をして並んでいた、エルフの正装を決めたウリセスさんが文句なしに美しかったのは確かだ。
で、入学式のあと、すでに荷物が運び込まれているはずの私に割り当てられた部屋に入ってみると、……なぜか同室の殿下が待っていた、というわけだ。
あ、あれ? 私の同室はノブじゃなかったの?
寮は二人部屋だ。
一応、勉強部屋兼寝室のスペースはふたつに別れているが、入り口とシャワーとトイレとは共有だ。
この部屋で殿下と一緒に暮らすって?
そもそも、普通は貴族と平民が同じ部屋なんてないんじゃないの? しかも、相手は王族だよ?
その時わたしは、ポカンと口をあけてルームメイトの顔を見つめていた。そんな私の心中など無視して、殿下が何故かにこやかな笑顔で言い放つ。
「心配ない。まだ宮廷の外にまで公にはなってはいないが、イヴァンをイーシャ家に嫁がせる準備をすすめるよう正式なお沙汰があった。大貴族達はいまだ反対しているが、陛下の勅命だ。逆らえる者などいないだろう」
いや、そーゆー問題じゃなくて。
「本来、君はノブ・イーシャと同部屋になる予定だったようだが、私の一存で変更させてもらったのだ」
たしかにこの国の体制は絶対王政であり、あなたは王位継承権をもつ王族だけどもさ、もうちょっと民意ってものを意識してもいいんじゃないか?
「高等部の在学中は君と私は同室だ。妹にふさわしい男として、みっちり鍛えてやる」
2015.04.12 初出
2015.04.12 ちょっとだけ修正




