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19.王家の兄と妹と その2



「……それでは、えーと、どんな品物をお探しですか?」


 イヴァンちゃんが、恥ずかしそうに答えてくれる。


「あ、あの……、お母様がお病気で、保養のため別邸に引き込まれているのです。なかなかお話しできないお母様を、元気づけてあげられるような魔法の贈り物を見繕っていただけないかと……」


 なるほど、お見舞いね。


 この世界では、一般庶民にとっては医療も治癒魔法も遠い存在だ。だが、いいところのボンボンならば、必要な魔法薬の入手は可能だろうし、神殿の治癒魔法の使い手だって呼べるだろう。こんなお店にわざわざ足を運ぶということなら、彼らが喜ぶものはポーションや薬草などではない。


 なかなかお話しできない相手の心を癒やす物、か。えーと……。そうだ!


 「少々おまちくださいね」


 あれは、ちょっと高いところにおいてあるはずだ。


 脚立にのぼり、必死に手を伸ばす。下から見上げられるショートパンツの脚や腰への視線がちょっと気になるけど、どうせまだまだお子様ボディだし、そもそも私は男の子と思われてるはずだから、……気にしたら負けだ。


「お兄様。ジロジロ見上げるのは失礼ですよ」


「あ、い、いや、男にしてはやけに白くて細い脚だと思って」


 ん? 下から何やらこそこそ話が聞こえるような気がするが、……あった、これだ! が、手が微妙に届かない。脚立を移動させて、もう一度その上に乗って……、もうちょっと。


 ぐらり。


 しまった、脚立の足元が安定していなかったか。


 きゃっ。


 脚立が倒れる。その上の私も体勢が崩れる。必死に動かした脚の下には何もない。商品だけは護らねば。とっさに両手で抱きかかえる。そのまま身体が後ろにひっくりかえっていく。


 やば、頭から落ちる……。メガネがふっとぶ。


 しかし、私の身体が床にたたきつけられることはなかった。落下の途中で、逞しい腕によって抱きかかえられたのだ。とっさに視線をあげると、キラキラ輝くおぼっちゃんの不機嫌そうな顔のアップが目の前に。


 近い。顔が近い。目が合う。なんてきれいな瞳。……って、寝技かけられた時も似たようなこと言ってたな、私。でも、何回見たって、至近距離からみる美青年は目の保養だ。


「どどど、どうも。もうしわけありません」


「いや。君が無事ならいい……」


 何故か殿下の顔が赤い。美少年を間近にした私の顔もたぶん赤い。やばいやばい。おちつけ。


「い、い、い、いつまでもかかえていると重いですよね。い、い、いま降りますから」


「あ、いや、重くない。武術の授業の時にも言ったが、むしろ君は軽すぎる。もっと筋肉をつけた方がいいな」


 うるさい。よけいなお世話だ。


「お願いです。おろしてください」


 ふと周囲を見渡すと、主の身を心配した護衛の騎士様達が色めき立っている。このまま抱かれていたら、逮捕されてしまいそうだ。脚をばたばたして、なんとかおろしてもらうことができた。


 これは、さっさとご無事に帰ってもらわないとやばいかもしれない。足元から眼鏡を拾い、ひとつ深呼吸。よし、落ち着いた。腕にかかえていた商品は無事だ。





「えーと、おさわがせしました」


 あらためてイヴァン姫に向き直る。と、姫も顔を赤くしている。なんだ?


「い、いえ、お兄様とミウ様、ふたりの男性が見つめ合う姿が美しかったもので、つい見とれてしまいました」


 は? 姫は私を男の子だと思ってるはずだから、……これが『腐』ってやつか? 姫は腐女子なのか? 私はイヴァン姫が腐女子だなんて設定つくった覚えないぞ。


 いや、ここだけの話だけど、私もそーゆーの決して嫌いじゃないけど、……まさか女性である自分がそーゆー目で見られる対象になるとは想像もしなかった。てっいうか、姫の脳内ではどっちが攻めでどっちが受けなんだ? まさか私が攻めじゃないだろうな! ……じゃなくて。


「ごほん! こんなのは、いかがでしょう?」


「鏡?」


 まだ顔を赤くしている姫に、タブレット型の手鏡をわたす。


「神官様が使う魔法の鏡のようなたいそうな物じゃありませんし、派手な攻撃アイテムでもありません。でも古代魔法をつかった珍しい物なんですよ」


 イヴァンちゃんが、手元の鏡をしげしげと眺めている。


 お、興味をもってくれたかな。たしかに珍しい物だからねぇ。


「これは魔法の力であなたの声と姿を記録して、いつでも再生できる鏡です。これが説明書になりますが、まずはやってみましょう。魔力は……お持ちのようですね。私は魔法がつかえないので、イヴァン殿下、私の後について同じ呪文を唱えてください」


「待て!」


 護衛の騎士様がさけぶ。腰の剣に手をかける。あやしげな平民のあやしげな魔法を、王族の至近距離で発動させるわけにはいかないってか? ……まぁ、そうだろうな。そこには気づかなかった。さすが、高貴な人の護衛は違う。


「かまわない。続けてくれ。……護衛の彼に悪気はないんだ。許してくれ」


 あら、殿下が助け船を出してくれた。やっぱりいい男じゃないか。おお、しかも私に向けて微笑みかけてきた。天使の微笑みだ。


「で、では、続きを……」


 古代言語でかかれているマニュアルを読みながら、私が録画の呪文を唱える。続いてイヴァン姫が同じ呪文を唱える。すると、彼女の手元の鏡が淡く輝いた。


「さあ、お母様にお見舞いの言葉をどうぞ」


「えっ? えっと……、お母様、はやく良くなってね」


 戸惑いながらも、女の子が鏡の中の自分の姿に向けて話しかける。数秒後、鏡の輝きが元に戻る。


「これで終わり。再生は誰でもできます。こうやって……」


 私が鏡の表面をぽんっとたたくと、ふたたび鏡面が淡く輝いた。そして、真ん中に象が浮かび上がる。目の前の女の子の姿だ。だが、今の姿が反射しているのではない。


『えっ? えっと、お母様、はやく良くなってね』


 さきほど録画された映像が、鏡の中に再生されたのだ。


 わぁ! イヴァンちゃんの可愛らしい歓声が、店の中に響く。


「お母様は、いつでもあなたの顔をみて、声が聞けるのよ」


「ありがとうございます!」


 満面の笑みとともに、何度も何度も頭をさげるイヴァン姫。さすがいいところのお嬢さん。かわいらしいなぁ。となりの殿下も、うれしそうな顔をしている。


 わたしもおもわず微笑む。そんな私の視線に気付くと、彼はひとつ咳払い。あ、ちょっと赤くなった。そして、また不機嫌そうな顔もどる。ああああ、もったいない。ずっとさっきの笑顔でいればいいのに。


「ありがとう。妹もよろこんでいる。あらためて礼をさせてもらう」


「えっ、礼なんて。お代さえいただければ……」


 それなりに高価な商品だが、殿下なら支払いは問題ないだろう。なんといっても王族だし。






 と、鏡を護衛の騎士さんに手渡したイヴァンちゃんが、私の両手を握った。さっきまでの恥ずかしそうな表情ではない。しっかりと正面から私の顔をみつめている。なに?


「ミウ・イーシャ様。私のお母様はもともと平民の出です」


 はぁ。


「お母様はタケシ・イーシャ様と共に魔王討伐を成し遂げた英雄ロビール家の出身です。つまり、私は王家の人間ですが、同時に英雄の孫でもあるのです。私はそれを誇りにしています」


 は、はぁ。そうですか。英雄の子ということなら、一応私も同じだ。お父さんと血はつながっていないけど。


「ですから、やはり英雄の血を引くミウ様とは、常々お会いしたいと思っておりました。とはいえ、いかに王家とイーシャ家のお約束を果たすためとはいえ、陛下から突然今回のお話をうかがった時は、正直申しあげて不安がなかったわけではありません。……でも、ミウ様が優しそうなかたで安心しましたわ」


「はっ?」


 困惑するばかりの私をよそに、ジョアン殿下が横から口をはさむ。


「陛下は英雄タケシ・イーシャの息子なら安心だとおっしゃられたが、私はちょっと頼りないのが気にいらないな。いまだ宮中では反対する大貴族も多い中で妹を任せるのだから、もう少し身体を鍛えてもらわねば困る」


 はぁぁ? 『妹を任せる』ってなに?


「これは私とミウ様の問題です。お兄様には関係ありません」


「わ、私は、おまえの事を心配して……」


 はぁぁぁぁぁぁ? こ、このご兄妹は、いったいなにを言い出したんだ? だれか説明して!




 

次回以降毎日更新は難しくなると思います。

週に一二回の更新を目指しますので、気長にお付き合いいただけると幸いです。

これからもよろしくお願いいたします。

 

2015.04.05 初出

 

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