18.王家の兄と妹と その1
「お父さん達、なんの話をしてるんだろうね」
お父さんやウリセスさん、侍従長さんは、まだ何やら深刻(?)な話をしているらしい。その間、私とノブが店番をせねばならない。
「王家がからむ話なんて興味ないね。……俺、冒険者ギルド行ってくるよ」
ノブは、早々に逃げ出してしまった。
まあいいか。今日は、お客さんがあまり多くない。本を読んだり、夕食の下ごしらえをしたりしながら適当に店番でもするか。と、ふと異変に気づいた。
あれっ?
店内からお客さんの雰囲気が途絶えたのだ。まだ夕方。いつもなら、冷やかしのお客さんでそれなりにお店が混雑している時間帯のはずだが。
うちのお店に足を運ぶお客さんは、冒険者が多い。その多くは、お貴族様などの偉い人間が大嫌いだ。そして、彼らは嗅覚がとても鋭い。
お客さんがお店からいなくなったということは……。イヤな予感がして、店の出入り口から通りに顔を出してみる。
……やっぱり。
やけに立派な馬車が、ちょうど店の正面にとまるところだった。さっきの侍従長さんの馬車よりも、あきらかに豪華かつ頑丈だ。
ドアの上に、なにやら豪華な模様が金色でかいてある。さらに、馬車の外からさりげなく周囲を固める、あきらかにただ者ではない数人の騎士様たち。
お貴族様、か。それも、かなりお偉い大貴族。多数の護衛がつくほどの。
直接お店に来られると対応がめんどくさいんだけどなぁ。しかるべき筋から話を通してくれれば、お父さんがこちらから御用伺いに行くのに。
空を見上げながら嘆く私の姿が見えているのかいないのか、馬車の御者さんが、おごそかに馬車のドアを開く。
高級な馬車ってのは、車内に赤い絨毯がひいてあるんだねぇ。しかも、中から出てきたのは、……キラキラ眩しい、まるで天使のような男の子だった。
一瞬、後光がさしているのかと思った。キラキラ光っているのは、少年の金髪だ。見間違えようもない、あれは同級生。学校一の美青年だ。
「……ジョアン殿下」
馬車のドアと店の間、ほんの数メートルの空間でも、騎士様達がさりげなく殿下をガードしているのが素人の私にもわかる。この人達、きっとこれでもお忍びのつもりなんだろうなぁ。
「急な訪問になってしまいすまない、ミウ・イーシャ」
はぁ。お客さんとして何か購入していただけるのなら、王族だろうか貴族だろうが急な訪問だろうが一応は歓迎いたしますよ、わがイーシャ商会は。
「いらっしゃいませ、殿下。……侍従長さんなら、家の奥でお父さんとなにやら相談していますよ」
「知っている。だから本日、ここに来たのだ。できるだけはやく妹に君を会わせてやりたかった」
妹?
と、美青年ジョアン殿下の後ろから小さな子がでてきた。これまたかわいらしい女の子だ。
歳はノブや私よりちょっと下くらい。豪華な金髪、青い瞳、お人形さんのような文字通りの美少女。あまり派手ではないが、超高級であることだけはわかるお洋服。
そんな美少女の青い瞳が見つめているのは、……私だ。
み、見られている? うつむき、上目遣いだが、確かに見られている。
興味津々? そんなに平民が珍しい? ちがう、もしかして品定めされている? ついさっきも、侍従長さんから同じような視線に晒されたような気がするぞ。
ふと今の自分の姿に思い至る。ハーフのショートパンツにフード付きのパーカー。そして、その上からお店用の前掛けをしているだけ。キラキラ輝く同年代のお坊ちゃんお嬢ちゃんと対峙してみると、ちょっと悲しくなってしまった。
この格好は、男の子のふりをするために仕方がないんだよ! それに、私のフードのなか頭の上にはボディガード役の触手スライムが控えているから、かっこいい護衛の騎士様に守られているあなたたちなんかに負けないぞ、なんて心の中で自分に言い訳をしてみても、……ああ、なんかホント、余計に悲しくなってきた。
「えーと、本日はイーシャ商会にどんな御用でしょう?」
悲しみを無理矢理ふりはらい、顔に営業スマイルを貼り付けて対応する、なんて健気な私。
「まずは妹を紹介させてくれ。イヴァン・サドーレだ」
ジョアン殿下の妹? イヴァン姫?
「はじめまして、ミウ様。イヴァンです」
おそれおおくも王家のお姫様が、平民の私にむかってご挨拶してくれる。スカートの端をつまんでちょっと膝を曲げる、あれだ。
はにかむような仕草が可愛らしすぎるけど、けど、けど、王家の人間に頭下げられた私はどうすればいいんだ? 片膝ついて、剣を捧げればいいのか?
ちなみに、イヴァンちゃんは、確かに私が書いた物語の登場人物のひとりだ。同級生のジョアン殿下の妹で、正真正銘のお姫様。ちょっとブラコンで、数年後に召喚されるヒロインのライバル役だ。お兄様と仲良くなるヒロインに嫉妬したり、逆に自分がノブにちょっかいを出してヒロインをやきもきさせることもある。だけど、とても健気でいじらしくて可愛らしくて、憎めない女の子だ。
「あ、あ、あのう、イヴァン姫殿下、王家のご兄妹がおそろいで、うちみたいなお店にいったい……」
「その様子だと、まだ話は聞いていないのだな。まぁいい。妹が一日も早く君にあいたいと聞かないのでな。……ちなみに、この訪問は公式なものではない。有力貴族達には、私達兄妹の私的な買い物だと思わせたい。勝手な申し出だとは思うが、そのつもりで振る舞って欲しい」
は、はぁ……。あいかわらずわけのわからない事を言う人だ。そもそも、これだけ派手に護衛を引き連れて、私的もお忍びもないと思うけどなぁ。
それよりも、イヴァンちゃんが私を見つめる視線が熱い。熱いぞ。王家の御姫様が、どうしてそんな潤んだ瞳で私を見つめるの?
2015.04.05 初出