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16.あるエルフとある人間の家族と




「ほんと、ミウちゃんの入れるお茶、美味しいわぁ」


 基本的に人混みが嫌いな私が、ここ数ヶ月間も大都会である王都にとどまっているのは、古くからの友人の愛娘が入れてくれたこのお茶を飲むためだ。


 私はエルフだ。基本的にエルフという種族は、人間を信用していない。人間側も同様だ。私の生まれたエルフの国は、この王国と敵対はしていないものの、決して友好的に付き合っているというわけでもない。最小限度の交易はあるものの、積極的な交流はほとんどない。わざわざ王都を訪れて人間と付き合うエルフなんて、両手で数えるほどしかいないのだ。ましてや、冒険者として人間と一緒に魔王討伐に参加したり、その仲間と家族ぐるみで何十年も付き合うなんて物好きエルフなんて、私くらいのものだろう。


「ありがとうございます、ウリセスさん。この世界のお茶を美味しくいれるため、けっこう練習したんですよ」


 体の前でお盆をかかえながら「えへへへ」と笑うのは、かわいらしい男の子、……のふりをした女の子、ミウちゃん。


 そんなミウちゃんが入れてくれたせっかくの美味しいお茶なのに、まったく味わうことなしにズズズズと音をたてて一口で飲み干してしまったデリカシーのない男が、ミウちゃんの血の繋がらない父親、タケシ・イーシャだ。


 かつての私の冒険者仲間であり、ドラゴンをも一撃で吹き飛ばす頼もしい最強の武闘家、……だったはずなのだが、いつの間にかただのおじさんになってしまった。特にやばいのが、お腹まわりと、決して本人の前では口に出せないが、頭頂部。年月というのものは、かくも残酷なものであるのだな。特に寿命の短い人間にとっては。


 とはいえ、血が繋がらないといっても、愛娘が褒められたのがうれしくて、だらしなくまなじりを下げてニヤニヤにやけている様子は、……それほど酷くもないか、な? それどころか、ちょっと羨ましい。家族がいる生活ってのも、案外いいかも。


 私を産んだ両親の家を出てから数百年、私は一度も家族というものをもったがない。そもそも、エルフは家族という概念自体にほとんど思い入れがない。強いて言えば、数十年前、共に命がけのドラゴン魔王討伐にでた、タケシを含む四人の仲間が、家族みたいなものだったかもしれない。


 ならば、私がこのイーシャ家に心地よさを感じてしまうのも、自然なことなのだろう。





「そういえば、ウリセスさん。私の魔封じのメガネなんですが、どうも魔力が漏れてるらしくて、……調整していただけますか?」


「あらあら。ちょっと貸してみて」


 ミウちゃんがメガネをはずして私に手渡す。


 うわっ! ミウちゃんの真っ赤な瞳を生で見ちゃった。やばい。女性で、エルフで、そして王国最強の攻撃魔法使いを自負している私をして、一瞬くらくらしてしまうほど強力な魅了の魔力。たしかミウちゃんはまだ十二歳くらいだったよね。


 実は、ミウちゃんは人間では無い。サキュバスだ。まだ子どもなので本性はあらわしてはいないが、これほど強力な魅了の魔力をもっていると、大人になったら大変だろうなぁ。


 一般的にサキュバスといえば、男の精気を吸い取る悪魔の一種だと言われているが、男をとっかえひっかえ取って食う者ばかりではない。もともと魅了の魔力以外の武器をまったく持たず、繁殖力も弱いサキュバスは、人間よりも非常に弱い種族だ。正体がばれると、迫害され、殺されるしかない。


 故に、自分の子を無事に育てるため、慎重に選んだ男ひとりだけを虜にし、一生をかけて愛する者も少なくない。きっとミウちゃんは、そうするだろう。


 きっかけは魅了の魔法であっても、そして魔力によりアンデッド化され、ただサキュバスを守るためだけに生かされる存在となったとしても、そんなミウちゃんの奴隷にされた男は、幸福だといえるんじゃないかな? サキュバスに精気を吸われるのは、究極の快楽だと言われるしねぇ。






「うーん、ミウちゃんの魅了の魔力、強すぎるのよねぇ。魔封じの力を強化するけど、メガネだけで完全に封じるのは無理かも。男の人とは、あまり面と向かわないよう気をつけて。……まさか、もう誰か魅了しちゃった? 神官に目をつけられたとか?」


 王国において、いや人類社会において、サキュバスは迫害されている。特に神殿の神官達はサキュバスを目の敵にしており、見つかり次第まちがいなく殺される。だから、ミウちゃんは男の子のふりをしてまで、男子校である王立学校に通っているのだ。


「大丈夫、だと思います。私、学校でも友達つくらないようにしてるから」


「まぁ、ノブ君がついてるからそんなに心配してないけど、気をつけてね」






 現在ミウちゃんの一番身近に居る男の子といえば、ミウちゃんの隣の席でバリバリお菓子を食べているノブ君だ。タケシの実の息子で、世間的にはミウちゃんの弟ということになっている。


 でも、誰が見たってわかる。まだ幼年学校の年齢なのに、この男の子、すでにミウちゃんを見つめる目がやばい。ばればれだ。……もしこの先ミウちゃんとノブ君がひっついたりしたら、タケシはどんな顔をするのだろうか。


 いや、その前に、絶対にノブ君にはライバルが出現するだろう。あのミウちゃんだもの。ライバルの男の子があらわれないわけがない。ノブ君はそれをどうやって排除するのだろう。それともあきらめるのだろうか。


 なんにしろ、こんな美少年が、自分の魅力をまったく意識していないサキュバスに翻弄される姿なんて、滅多にみられるものじゃない。





「ねぇ、ノブ君。あなた、彼女とかいないの?」


 ちょっとした悪戯心。純情で鈍感な血の繋がらない姉弟をからかってみたくなったのだ。


「えっ、いねぇよ。いるわけないだろ」


 興味津々で弟の顔を覗き込むミウちゃん。そのミウちゃんの顔をチラチラみながら、ノブ君が必死になって否定する。全身全霊の否定だ。


「あら。でもノブ君もてるでしょ。ハンサムだし、その歳で冒険者だし、エリート王立学校の生徒だし、一応名前だけ英雄のタケシの息子だし、お金持ちのイーシャ商会の御曹司だし。……平民だけじゃなくて、貴族からのお見合いの口だってたくさんあるんじゃないの?」


「ばか野郎。俺みたいな半人前に、そんなものが有るわけないだろう。ないよな、親父」


 タケシに助けを求めるノブ君。だが、元英雄は、自分の息子にも優しくはなかった。


「あるぞ」


 えっ? ノブ君と、そしてミウちゃんが声を合わせて驚いている。


「うちのバカ息子はまだ半人前だからと俺がはなしを止めているがな。是非ともイーシャ家の息子のどちらかと見合いをと言う話なら、掃いて捨てるほどある。中にはびっくりするほど名門貴族の姫からの話もあるぞ」


「うそだぁ」


「こんなことで嘘をついてもなんの得もないだろう。いくら俺でも、相手によってはいつまでも話を止めておけるわけではない。おまえ、高等部を卒業するまでに自分で身の振り方を決めないと、適当なところで話をまとめてしまうからな」


 タケシが、ミウちゃんとノブ君、二人の顔を見ながら言う。ノブ君が冷や汗を垂らしながら、助けをもとめるようにミウちゃんの顔を見ている。


「ええええ、ノブすごーい。弟がもてもてだと、私も姉として誇らしいよ」


 ああ、ミウちゃんは全然わかってない。呑気に弟の見合い話を聞いて喜んでいる。ノブ君、真っ白な灰になっちゃって。前途多難だなぁ。




 やっぱり、この家族がこれからどうなるのか、気になる。気になって、目をはなせない。この家に居たい。……しばらくは、冒険者稼業をお休みして、ここに居候でもしようかな。



 

 

2015.04.04 初出



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