15.孤独な殿下と平民と
学校のお昼休み。私とノブは食堂で昼食だ。
この学校の昼食は、基本的にビッフェ方式。食べたいものを食べたいだけトレイに並べて食べるあれだ。
実は、週に一度だけ、お貴族様に必須の礼儀作法を学ぶ場という位置づけで、みんなでいっしょにフルコースを堅苦しく食べる日があったりする。王宮にも勤めたことがあるというシェフさんが作った豪華な食事はたしかに楽しみではあるのだが、座り方から始まって、ナイフとフォークの使い方やら、スープの飲み方、口の拭き方、食事の合間の小洒落た会話の内容まで厳しく指導されながらの食事は、私達のような平民にとってはなかなか疲れるのだ。
だから、私はやっぱりビッフェ形式の昼食の方が好きだ。気楽だしね。
だが、ビッフェといっても、あなどってはいけない。やっぱりお貴族様がメインの学校であるから、あちらの世界で私が通っていた大学の食堂なんかとは比較にならないほど豪華なのだ。
「私達だけこんなに豪華なもの食べちゃって、ひとりでお店番しているお父さんに申し訳ないなぁ」
お父さんの顔を頭に浮かべながら私がトレイの上に載せるのは、うちで私がつくるご飯の食卓には決して並ぶことのない高級食材ばかりだ。
「気にすんな、ミウ。どうせあの親父は、いまごろ店さぼってスラム街のあやしげな店にいって、ひとりであやしげな美味いもの食ってるに決まってる。それよりもミウ、おまえ、そんな量で足りるのかよ? 俺の半分以下じゃないか」
「あんたが食い過ぎなのよ。それも肉ばっかりじゃないの。野菜も少し食べなさい。私は、あんたの健康が心配だよ」
「俺は肉を食わなきゃ生きていけない体質なんだよ。おまえこそ、そんな小食だからどこもかしこもさっぱり発育しないんじゃないのか?」
「なんだとぉ! それはどういう意味だ、こら。ノブのくせに生意気だぞ!!」
……てな調子で、一見すると楽しいお食事風景であるが、しかし私達姉弟が校内で孤立しているのは相変わらずだ。二人の他に、いっしょに食事をするようなお友達はいない。
さて、空いてる席は……。
トレイを持ちながら、二人が座れる席を捜す。それも、できるだけ周囲に沢山空席がある方がいいな。平民と相席だと、お貴族様も気分が悪いだろうし。
お貴族様という人種は、小学生相当のお子さまでもしっかりとヒエラルキーが決まっているらしく、みんないつもだいたい似たような席に似たような面子で固まって座っている。
そんな中、誰とも群れず孤高の存在が目に入った。ジョアン殿下だ。
金色にキラキラ光る天使のような彼の席の周囲には、例によって誰もいない。お上品な子ばかりが通う学校とはいえ、それでも学生らしい喧噪に包まれた食堂の中、殿下の席の周囲だけがポツンと無人の空間になっている。
偉すぎるってのも、難儀だねえ。
私の足は、自然に殿下の方向に向かった。なぜなのか。自分でもわからない。
「お、おいミウ、どこに行くんだよ」
校内ならば、平民である私達は貴族の階級なんて無視しても問題にならんじゃないかな、たぶん。学校の外では絶対に許されないことだろうけど。
「ここ、よろしいですか? 殿下」
ノブだけではない。食堂にいる全ての生徒がざわついたような気がした。
不機嫌極まりない表情をしながらも、実に優雅に堂々と食事をしていた殿下が、顔をあげる。私達を見て、一瞬おどろいたような顔をする。
ほほお、美青年はびっくりした顔もかわいいのねぇ、やっぱり。
「ああ、かまわない」
しかし、殿下の顔はすぐにいつもの不機嫌に戻る。そして、食事を再開する。
私達が席についても、沈黙の時間が流れる。テーブルを覆う気まずい空気。
「例の件はまだ決定ではないはずだが、君の家に宮内庁から連絡があったのか?」
唐突に、殿下が口を開いた。
「例の件? 宮内庁?」
なんのことやらわからない。私は首をひねるしかない。
「ふむ。陛下がお決めになる前に私の口から伝えることはできないが。しかし、今の時期に私に近づくと、大貴族達から痛くもない腹を探られることになるぞ。君の実家の事業にも影響が出かねない」
うーん、やっぱりわからない。
「……宮中の政治の話はさっぱりわかりません。私は平民ですから。でも、私と殿下は武術の授業のペアじゃないですか。難しいこと考えずに一緒にたべません? その方がきっと美味しいですよ」
そう、あれからも武術の授業のたび、私は殿下とペアを組まされているのだ。そして、毎回投げ飛ばされてるのだ。……なぜか殿下はあれいらい寝技をかけてこなくなったけど。
「ミウ、おまえいつのまにこんなや……つ、じゃなくて殿下とお友達になったんだよ」
「武術の授業で熱い拳で殴りあってるうちにいつのまにか友情が芽生えてしまった、てな感じかな」
なんだよ、それ。
あきれ顔のノブ。それとは対照的に、おお、殿下が笑っているじゃないか。うん、やっぱり美男子は笑顔の方がいいよ。
「じゃあ、ノブ。あんたは学校に友達いないの? 私以外と話しているの見たことないけど」
「ふん、俺は貴族達なんかと友達になりたくないね」
に、にべもない。あんた、殿下の前なんだから、ちょっとは口をつつしみなさい。
と、おそるおそる殿下を見てみると、……苦笑している。
「……で、でもさ、殿下もそうだけど、あなたの年頃くらいの男の子は、友達とバカやったりするのが必要なんじゃないの? もっと青春を謳歌しなきゃ、もったいないよ」
「まるで年上のような口のききかたをするのだな、ミウ・イーシャ」
「俺はそーゆーのはいいんだよ」
目の前の男の子二人は、どちらも素直じゃない。いや、でも、それもこの年頃の男の子らしくて、可愛いといえばかわいいんだけどさ。
「それを言うなら、ミウだって俺と、……殿下以外に学校で話をする相手いないじゃないか」
「私はいいのよ。あまりいろんな人と親しくなると、いろいろとバレたらヤバイしね。……あ、もしかして、あんた、私の事を気遣ってくれて、それで自分の友達つくらないの?」
えっ?
ノブが、びっくりしたような顔で私を見る。まさか図星じゃないでしょうね。
「そうなんでしょ。だめだよ。私のことなんて気にしないで、あなたは友達つくりなさい!」
姉としては、本当に心配なのだ。
ノブ・イーシャという子は、私が作ったこの物語の設定では、孤高の冒険者だ。誰ともつるむことなく、ひとりで人生を切り開いていく逞しい男の子だ。
しかし、この世界に転生し、イーシャ家に拾われた私は知っている。本当のノブは、とっても人懐こくて、やさしい男の子。本心では、友達が少なくて寂しいんじゃないのかなぁ。
「ば、ばか野郎。俺は、お前さえいれば、他に友達なんて……」
なぜか最後まではっきり言わず、顔を赤くしてその場で下を向いてしまうノブ。
「……ふむ。君たちはつくづく不思議な兄弟だな。会話だけ聞いていると、まるで姉と弟のようだ」
しまった。殿下が横に居たんだった。
どうやってごまかそうか、慌てて考え始めたところでふたたび殿下が口を開く。
「すまない。けなしているつもりはないのだ。私の周囲に君たちのような家族はいないのでな。ところで、いい機会だから質問させてくれ、ミウ・イーシャ。君は幼年部を卒業したら、高等部に進学するのか? それとも、推薦されているアカデミーに進むのか?」
え?
アカデミーは、王立学校の中でも私とノブが通う幼年部の上の高等部のさらに上、王国の最高学府だ。あちらの世界でいえば大学にあたるが、教育の場というよりは科学や魔法などの真理を研究する者が集う象牙の塔。貴族も平民も関係なく、王国全土から集められた天才的な平民があつまる場だ。まったく興味が無いといえば嘘になるのだが、この世界に生まれ変わってまでそんなに研究したいかというと、うーん、という感じだ。
「確かに君は、攻撃魔法も治癒魔法も才能皆無、礼儀作法もダンスもせいぜい平均点。武術や剣術、馬術にいたってはお話にもならない、王立学校創立以来の酷い成績だ。ドラゴンの魔王を倒した伝説の英雄、タケシ・イーシャ殿の血を継いでいるとはとても思えない」
ぐっ。この人は、先生でもないくせにどうしてこんなに私の成績に詳しいんだ?
「君については詳しく調べさせてもらった。しかし一方で、政治経済歴史地理等々の教科は平民でありながら王家や上級貴族の子弟達をさしおいて成績トップ。一部の教員からは『平民のミウ・イーシャには空気を読むことを教えるべきだ、彼自身のために』との声すらでているほど、らしい」
そ、そうだったのか。空気を読むことは、あちらの世界にいた頃から苦手だったからなぁ。
「……特に、科学や数学の成績はぶっちぎりだ。王立学校創立以来の天才として、宮中にすら君の名前は知れ渡っている。この才能を活かさないのは王国にとって損失だとの声すらある。幼年部から高等部を飛び級してアカデミー入りというのは異例ではあるが、前例がないわけでもない。君なら問題なく入学を許されるだろう」
どうしよう。この場だけでごまかして、あとから面倒なことになってもイヤだしなぁ。ここはすっぱり断った方がいいか。
「えーと、辞退させてもらうつもりです。もともと私は高等部にも進むつもりありませんでしたし」
「えっ、そうなのか?」
殿下よりも、横にいたノブがびっくりしている。ポカンと口を開けて、食べかけのフォークまで落としちゃって、大げさだなぁ。
「学校よりも、自分で商売をやってみたいなぁ、なんて。……ノブ、あんたは進学しなさい。イーシャ商会の跡取りなんだから」
「バカ、お前が行かないのに、学校なんて馬鹿馬鹿しくていってられるかよ。それにおまえ、まさか幼年部卒業したら家から出るつもりじゃ……」
ノブが私の両肩をつかむ。私の身体を無理矢理正面に向かせる。そして、私を問い詰める。口から大量の唾と食べかけのものを盛大に飛ばしながら。ちょっ、顔が近いって!
「ミウ・イーシャ、君の家の事情に口出しするつもりはないが、跡取りというなら長男のミウじゃないのかね?」
えっ? ああ、そういえば『イーシャ家の長男』は私ということになっていたっけ。
またしても慌ててごまかそうとする私、しかしノブは横に居る殿下のことなど既に意識から消えてしまったようだ。
「ミウ、俺といっしょに高等部に行こうぜ。なっ。頼む。店なんてどうでもいいんだよ。どうせ親父の道楽で始めた商売なんだから」
「ちょ、ちょっとノブ、あんたはなんでそんなに私の進学に必死なのよ。高等部って全寮制よ。さすがに十八才まで私が男の子ばかりの寮に住むのは無理でしょう」
言ってしまってから気づく。ああ、しまった。やばい。またしても、殿下がいるのに聞かれてはいけないことを口走ってしまったような気がする。
「大丈夫だ。俺が保障する! おまえなら十八才になったって、絶対にバレないで男子校に通えるから」
「なにぃ! ちょっと、ノブ、それはどういう意味よ!!」
「おちつけ、ミウ・イーシャとノブ・イーシャ。他の生徒もこちらを見ているぞ」
はっ。
気がつくと、食堂にいるすべての生徒がこちらに注目している。
どどどどどうしよう、変なこと口走っちゃった。
「君たちの話の内容には理解しがたい部分が何点かあったが、これについては別の機会にあらためて説明をしてほしい。それとは別にミウ・イーシャ、アカデミーはともかく、君はせめて高等部には進学するべきたと思う。これは王家の一員としての私の希望だ。頼む」
は? 私の進路に王家がなんの関係があるの?
2015.04.02 初出