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14.ロリエルフ魔法使いと伝説の武闘家と その2


 破邪の剣。


 サキュバスの隠れ里を襲撃した神官が持っていた、サキュバスやその奴隷のアンデッドこの世から消し去った剣と同じもの。


 先史時代の偉大な神官が作り、世界にも数振りしかないといわれる。邪悪な魔力を消し去る『光の魔法』を操る聖なる剣。サキュバスだけでなく、絶対不死をほこるアンデッドにとってほぼ唯一の天敵といえる武具だ。


 頭の上に乗せた触手スライムがぞわぞわ動き出す。身体の奥底で、何かが目を覚ます。サキュバスという種族の生存本能が、目の前の剣を持つ者を滅ぼせと命じている。触手が、剣とウリセスさんに向けて伸びる。


「お、おねがいです。剣を鞘にしまってください。そうでないと、私……」


 自分の身体の中から、目に見えない黒いものが噴き出している。私の血に含まれる邪悪な魔力が、黒い粒子となって周囲の空間を覆う。そして、剣が発する光の粒子が、『黒』に食われていく。





「この腐れエルフが!!」


 ものすごい音と共に扉を蹴倒す勢いでお父さんが店に突入、私とウリセスさんの間に割って入ってきた。


「てめぇ、ミウに何をしやがる! もし冗談のつもりなら、冗談にならねぇ。冗談じゃなく本気でミウにその剣をむけたというなら、……本気でぶっ殺すぞ」


 お父さんはものすごい剣幕だ。正拳の構えをとってウリセスさんを睨みつける。身体全体から発するオーラで、周囲の空気の色が変わっている。こんなにおそろしい父さんを見たことがない。これこそが、ドラゴンの魔王を倒したという伝説の武闘家の姿?


 しかし、そのお父さんと昔から仲間だったというウリセスさんは、まったく動じることはない。相変わらず無表情のまま、お父さん越しに私をみている。


「あらら。もちろん私は本気。ミウちゃんの商人としての適性を試させてもらったのよ」


 エルフが、はじめて表情をかえる。妖しくニヤリとわらったのだ。


「なにぃ?」


 ウリセスさんは、破邪の剣を懐の中にしまい込んだ。降参とでもいうように、小さく両手を上にあげる。


「これが価値のある特殊な剣だと、よく見破ったわね。気づかないふりして一山いくらの安値で買い取れたものを、……ホント正直者ねぇ。ミウちゃん、あなた商人の才能あるわよ」


「はぁ? なに言ってんだ、おまえ?」


 お父さんが、あきれ顔でウリセスさんを睨む。そんなお父さんを無視して、ウリセスさんは座り込んでいる私に手を差し出した。


 私を試した?


 おそるおそるウリセスさんの手をとると、彼女は私をやさしく引き起こしてくれた。






 ミウに破邪の剣をむけたエルフは、店の奥のテーブルに座り、睨みつける俺を無視してじっくりと時間をかけてお茶をすすっている。そして、客の対応をしているミウに聞こえないよう、俺の耳元でささやいた。


「あーあ。苦労して手に入れた破邪の剣だったのになぁ……」


 ウリセスは、俺にだけに見えるよう、懐の中から再び剣を抜いてみせた。だが、それはもう光の粒子を放つことはない。刀身が半分から折れているのだ。


「……おまえがミウに剣なんてむけるからだ。本当はいったい何を試したかったんだ?」


「ミウちゃんの魔力を試したかっただけなのよぉ。でも、封印のメガネをかけたままのミウちゃんが、まさか無意識に発した魔力だけでこの剣を砕いちゃうとは、さすがの私も予測できなかったわ」


「ふん。ミウの力については俺が一番よくしってるよ。で、……お前はなんのためにわざわざ来たんだ? 何か俺に言うことがあったんだろう?」


「そうそう。えーと、神殿がミウちゃんを捜しているわ。気をつけた方がいいかもね」


「……頭の良すぎるおまえはいつもそうだ。結論しか言わねえ。頭の悪い俺にもわかるよう、丁寧に説明してくれないか?」


「はぁ。タケシがバカなのはよーく知ってたはずなのに、久しぶりなんでつい気が緩んじゃったわ」


 なんだとぉ!


 顔を赤くして怒る俺を無視して、ウリセスはひとつため息。そして、ゆっくりと続きを語る。


「私達四人はかつて、人類の未来のため必死に戦ったわ。そしてドラゴンの魔王を倒した。人類は平和な世界を、ついでにあなたは美しい妻と愛の結晶の息子を勝ち取ったはずだった。……ここまではよろしい?」


「お、おう。俺の事は放っておいてくれ」


「でも、平和な世の到来と共に、人々は祈らなくなってしまった。困ったのは神殿よ。で、彼らは、新たな敵を必要だと考えた。自分たちの権威付けのためにね」


「七年前のサキュバス一族の騒動のことか? 神殿のくされ神官達は、ただ邪悪な一族だというだけで、隠れ里でひっそりと暮らしていたサキュバスとその奴隷のアンデッドを光の魔法と破邪の剣を使ってこの世から消し去りやがった。同じ事が、また引き起こされるというのか?」


「そうよ。破邪の剣を砕くほどの凄まじい邪悪な魔力をもつサキュバスが、よりによって王都に存在するんですもの。とうぜん神官達は存在を検知しているでしょうね」


「……神官どもが、ミウの存在を知っているというのか?」


「気づいているでしょうねぇ、当然。ミウちゃんの魔力は別格すぎるわ。でも、今の神官達のレベルでは、かろうじてサキュバスの存在は検知できても、それがミウちゃんとまではわからないはず。……今のところはね」


 七年前の事件では、高レベルの神官の多くが、サキュバスとその奴隷のアンデッドによって返り討ちにあった。現在、神殿の主力をしめる神官は、その生き残りと新入りの若造だ。魔力よりも政治力にたけた者ばかりだ。


 俺は、おもわずほっとひといきいれる。そんな神殿など俺たち親子にとって恐くはない。しかし、ウリセスの話には、まだ続きがあった。


「でも、王都でのサキュバスの存在は、神殿にとって権威回復のための千載一遇のチャンスなのよ。さっそく、サキュバスとアンデッド抹殺のための勇者召喚を計画し、王室からの資金援助のもと、巨大な魔法陣を数年がかりで作りはじめたらしいわよ」


「……なぁ、七年前も不思議に思ったんだがな。神殿のトップは大神官だ。あのお堅い大神官が、本当にそんなことをするのか? たしかにあのジジイはうっとうしいほど生真面目で口やかましかったが、曲がったことは嫌いな一本筋がとおったジジイだった。あのジジイが、ひっそりと隠れて暮らしているサキュバスまで狩り出そうとするとは、俺にはどうしても思えないんだが」


「タケシ、あんた本当にバカなのね。大神官が何歳だと思っているの? 私達といっしょに魔王討伐に行ったとき、彼はもう魔力が尽きかけていたわ。そのうえ、あんたみたいな脳みそが筋肉でできてるバカが敵に向かって突出して傷つく度に治癒魔法をつかって、補助魔法をかけて、彼がどれだけ無理をして魔力を消耗したと思ってるの? ……エルフの私からみればまだまだ若造だけど、しょせん人間でしかない彼の寿命はもう長くないわ。とっくの昔から、彼は実質的に隠居状態。神殿は統制を失い、若い神官達を押さえきれていないのよ」


「そうだったのか……」


「今の神殿にとっては、定期的に王都にサキュバスやアンデッドが現れることが必要なのよ。だから、彼らは常にサキュバスの生き残りを捜しているわ。そして、見つかったサキュバスは、できるだけ派手で残忍な方法で殺そうとするでしょうね」


「この俺がいるかぎり、神殿の連中なんかにミウを渡すわけないだろう」


「神殿は召喚用の魔法陣を作り始めたっていったでしょ。異世界から勇者が召喚されても、同じ事が言えるかしら?」


 俺は黙る。異世界から来る勇者というのは、この世界の法則を越えた存在だ。俺はそのことを身をもって知っている。


「ミウちゃんの魔力は、まだまだ増大するわ。あんな魔封じのメガネでは隠しきれないほどにね。そのうえ、そろそろ誰か男の子を好きになっちゃって、精気を吸って自分の奴隷にしてしまうかもしれない。そうしたら、さすがにすぐ見つかるわよ。……あなた、ミウちゃんの父親を気取っているのなら、そろそろ覚悟を決める必要があるわね」


「覚悟だと?」


「そう、覚悟。あなたがミウちゃんをつれて王国を出るか。そうでなければ、神殿が手を出せないところにミウちゃんを隠すか」


 はぁ。俺はひとつ大きなため息をつく。俺がミウを守ってやるのは可能だろうが、あの娘は責任を感じて自分から出て行ってしまうだろうなぁ。せめてノブの奴がミウを守れるようになるまでは、王都で家族いっしょに仲良く暮らしたかったんだが。


「しかし、神殿が手を出せないところというと、……冒険者ギルドで匿うとか、か?」


「うーん、さすがにギルドがサキュバスを匿っちゃまずいんじゃないの? それ以外なら、……王家や有力貴族に側室として差し出すとか?」


 ウリセスのこの言葉を聞いたとき、俺はどんな顔をしていただろう。


「たとえばの話なんだから、そんな怖い顔しないの。……そういえば、魔王を倒して王都に凱旋したとき、あなたちと王様が意気投合しちゃって、自分に子ができたら王家の子と結婚させる、なんて約束してたじゃない。あの王様ちょっとへんだから、約束おぼえてるかもよ。実際、勇者の娘は王家に嫁いだし」


「バカ言うな! 俺の娘も息子も王家なんかにやれるかよ!」


「本当に貴族きらいなのね、あなた。そうそう、ミウちゃんはいま王立学校の幼年部よね。少なくとも王立学校の中にいる間は、たてまえ上は王の庇護の元と同じ事よ。嫁に出さなくても、このまま全寮制の高等部にいれてしまえば、さすがに神殿もしばらくは手の出しようがないんじゃない?」


 でも男子校だもんねぇ。さすがに無理かぁ。……ウリセスはまだ続きをしゃべっているようだが、俺の耳にははいらない。


 そうか、その手があったか。高等部を卒業するまで六年間の猶予があるなら、さすがにあの甲斐性なしのノブもなんとかするだろう。逆に、それまでにどうにもならないようなら、もともとミウとはいっしょになれない運命だったと諦めればいい、か。

 

 


 

 

2015.04.01 初出

 

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