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12.妄想少年と妄想親父と



薬草摘みの後日談 その1



 ある朝、ノブ・イーシャがなんとなく不安な夢から目覚めてみると、化け物になっている自分に気づいた。


 全身が黒くてぬらぬらでデロデロのスライムだ。しかも、全身を覆う無数のイヤらしい触手が、俺の意思とは無関係に勝手にぬたっている。


 ああ、俺はまだ、夢から目覚めていないということか。俺は、触手スライムになった夢をみているんだ。昨日の今日だからなぁ。


 などと自分で納得していると、とつぜん触手達が動きをとめた。そして、全ての触手が一方向にむかって伸びていく。


 ん? あっちになにがあるんだ?


 スライム本体になった俺が、そちらに視線をむける。そもそもスライムに『視線』などという概念があるか疑問だが、そこはそれ、夢だからそんなこともあるのだろう。とにかく、俺でありスライムであるぬらぬらしたモンスターの視線の先には、迫る触手におびえた表情で立ちすくむ一人の少女がいた。


 ショートカットに銀縁メガネ。全身がとにかく華奢な体躯の少女、ミウだ。


 ゆったりとしたブラウスにひらひらのスカート。めずらしく女の子らしい服装のミウが、目を見開き、自分に向かってうごめくイヤらしい触手の群におびえている。


 こ、こら、触手。おまえら、俺の一部のくせにどうして勝手に動くんだよ。ミウをこわがせるな!


 しかし、触手は動きを止めない。獲物を見つけた喜びに、ぬるぬるねちょねちょ震えながら、ミウに向かって迫る。


 だめだ、ミウ逃げろ。


 少女は振り向き、脱兎のごとく駆け出そうとする。が、一歩遅かった。触手の一本が、細い足首を絡め取る。


 きゃっ


 可愛らしい悲鳴。それを合図のように四方から触手が少女の身体に絡みつく。


 や、だめ!


 手足を拘束され、動きを封じられた少女の身体を、無数の触手が覆い尽くす。


 おまえら、俺のミウに何しやがる! やめろ!!


 服の隙間から侵入した触手が、少女の白い身体を這い回る。


 そ、そこ、だめ、ばか!


 恐怖に震えるサクランボのような唇を、黒い触手が無理矢理押し開く。


「あ、あ、あ、だめ、ノブ、ノブ、……ノブったら、いつまで寝てるのよ、起きなさい!」


「わーーーーーーーーっ!」





 目をあけると、そこはいつもの俺の部屋だった。


 ベットの横には、エプロン姿のミウがいる。両腕を腰にあて、プンプン怒っている。


 一瞬、エプロンしか着ていないのかと思った。もちろん、下にはいつものTシャツとショートパンツを身につけているに決まっている。それでも、細い手足が今日は何故かなまめかしい。


「ほら、はやく朝ご飯たべないと、学校おくれるでしょ!」


 ミウは、俺の毛布をつかみ、はぎ取ろうとする。俺は必死にそれを阻止する。そして叫ぶ、叫ばずにいられるか。


「わかった。わかった。わかったから、はやく出て行ってくれ。頼むから!」


「もう、なによ。せっかく起こしてやってるのに。ちゃんとひとりで起きてきなさいよ!」


 頬を膨らませながら、ミウは部屋を出て行った。エプロンの後ろから、ショートパンツと太ももが覗いている。


 去り際、ミウの頭の上に黒い塊が見えた。こないだのスライムだ。帽子かわりなのか、それともボディーガードなのか、とにかく最近ああして頭の上にのせていることが多い。


 そのスライムから触手が何本か伸びて、先端が俺の方向を向いてゆらゆら揺れている。あの野郎、あきらかに俺を挑発していやがるな。軟体動物、じゃなくて単細胞生物のくせに生意気な!




 しかし、なまいきな触手の先端につかみかかろうとした瞬間、夢の中のシーンが脳裏に蘇る。黒くてぬらぬらした触手が這い回る、白い柔肌の持ち主は……。


 だめだ、だめだ、だめだ、思い出してはいけない。どんな顔してミウに『おはよう』って言えばいいんだ!


 ……俺、しばらくはミウの顔をまともに見れないだろうなぁ。





後日談 その2



 ふんふんふん


 ミウが下手くそな鼻歌を口ずさみながら、晩飯の準備をしている。ぐつぐつ煮立った大きな鍋をかきまわし、たまにお玉で味見しながらご機嫌な様子だ。


 同時に、鍋とは別の方向で、まな板と包丁がリズミカルな音を発している。ミウの両手は巨大な鍋の中をかき混ぜているにもかかわらず、だ。


 よく見れば、包丁を握り野菜をみじん切りにしているのは、ミウの細腕ではない。数本の黒い触手だ。


 触手は、ミウが頭の上にのせている小さな黒いスライムから伸びている。頭の上から伸びた数本の触手が、器用に包丁を握り、同時にまな板の上に野菜を固定しながら、軽快な調子でみじん切りを作り出しているのだ。


 なんでも、先日ミウ達を襲った触手スライムが、ミウに精気を吸われ、魅了の魔法陣の直撃を喰らって奴隷化されてしまったそうだ。何を思ったのか、ミウはそのスライムをそのまま持ち帰ってきたらしい。




「なぁ、ミウ」


 俺はついに我慢できなくなり、ミウに声をかけた。


「なあに、お父さん」


「そのウネウネした触手……」


「えっ、スライムのこと? この子、なんでも言うこと聞くのよ。かわいいでしょ?」


「かわいい? まぁ、見ようによってはかわいいかもしれないが……。とにかく、ウネウネぬらぬらした触手で晩飯のおかずの野菜をみじん切りにするの、止めてくれないか?」


「ええ? どうして? なんでも言うこと聞くかわいいペットなのよ。大きさも変幻自在、力もあるし器用だし、魔法陣を通じて魔力を与えておけば餌もいらないし、たまに精気を吸って欲しいとおねだりするだけで、思いどおりに動くから便利なんだけどなぁ」


 本気で不思議そうな顔をするミウ。


 頭の上では、数本の触手が俺を威嚇するかのようにゆらゆら揺れている。


 ……はぁ。俺はため息をつくしかない。


 まぁ、いいか。どうせミウの魔力は大きすぎる。すこしスライムに消費させた方がいいかもしれない。


「いや、いいよ。ミウがいいのなら、それでいい。好きにやってくれ」


 年頃の娘にガミガミいって嫌われるのもイヤだしな。ここは理解のある親父として振る舞っておくか。





「やったぁ。よかったね、いっしょに居られるよ。……えっ? 精気を吸って欲しい? だめよ、こんなところで。だめだって、……しょうがないなぁ、ちょっとだけだよ」


 ミウがちょっと鼻にかかった声で言うやいなや、一本の太い触手が頭の上のスライム本体から伸びる。ミウは俺に背中を向けている。あの太い触手とミウがいったい何をしているのか、俺からは見えない。


 サキュバスの奴隷にとって、精気を吸われるというのは、究極の快感だときいた事がある。もちろん、サキュバス自身にとっても……。


「お、おい。ミウ、まて! おまえ『精気を吸うって』って、いったい何を……?」


「ん?」


 俺の大声に驚いたミウが振り向く。触手はミウの身体を下半身に向けて這い回……ってはいなかった。まるで丸いリンゴにかじりつくように、丸く膨らんだ触手の途中にミウが噛みついていたのだ。


「どうしたの? お父さん」


 ドングリにかじりつくリスのようなかわいらしい口で、ミウが尋ねる。


「……う、うまいのか?」


 我ながら間抜けな質問だ。その瞬間、俺はそれ以外に、この娘に対して投げかける言葉が思いつかなかったのだ。


「うーーん。もともとスライムって身体の大部分は水みたいなものだから、物理的な味は特にしないんだよね。ちょっと気持ち悪いけど、奴隷にしちゃったの私だから……」


「そ、そうか。しかし味はともかく、そもそもスライムの精気って……」


「精気、というか精神エネルギー? も、人間とは質が違うみたい、……といっても、私まだ人間の男の人の精気なんて吸ったことないんだけどね」


 最後の方は、声が小さくなるミウ。


「もう、変なこと聞かないでよ!」


 そういえば、サキュバスが犠牲者から『精気』を吸うという行為の実態は、もちろん直接的な性交がメインではあるが、そうでなくてもかまわないときく。本来それは、もっと精神的で崇高な行為であるらしい。場合によっては性交を伴わない単純な吸血、あるいは愛情とか慈しみとか精神的なエネルギーを吸う場合もあるという。


 極端なはなし、精神的に繋がっているサキュバスと奴隷は、手を繋いだり、見つめ合うだけでも精気を吸われ、そのかわりに魅了の魔力を与えることができるのだ。あいてがスライムなら、吸血鬼のようにかじりつくのが当然か。


 『触手』から『精気を吸う』ときき、とっさにエロい想像してしまった俺の心は、汚れてるのかもしれないなぁ。


「すまん。本当にすまん」


「えっ? なに落ち込んでるのよ、お父さん」





 ……なにはともあれ、こうしてミウに護衛を兼ねたペットができたのだ。



 

 

2015.03.30 初出


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