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10.授業と退屈と



「あー、先日提出してもらった科学のレポートの採点結果は、掲示してある通りです。各自確認しておくように」


 はるか遠く、黒板の前で白衣を着た先生が、なにやらしゃべっている。


 ここは幼年部といっても、一応王立学校は王国のエリート教育の場というのが建前なので、授業はそれなりに厳しくて実践的だ。あちらの世界の小学校のように手取足取り優しくはない。ゆえに、小学六年生相当の年齢であるにもかかわらず、科学の授業では王立アカデミーの研究者が先生として出てくるし、平気でレポート形式の宿題などがでる。


 その他、武術や剣術や馬術では本物の騎士様が、お貴族様の生活に欠かせないお作法やダンスの授業では宮廷につかえる本物の執事さんが先生として現れたりもする。しかも、みなさんスパルタ教育だ。たとえ貴族でも、(あくまでも建前上は)甘やかされることは決してない。


 とはいっても、さすがに元の世界で理系大学生だった私にとって、今日の数学の先生のお話はちょっとばかり簡単すぎる。魔法の存在をのぞけば、基本的にこの世界の物理法則や各種数学定理は元の世界と同じだ。さらに、日常の言葉だけでなく、科学用語や計算記号も元の世界と同じなご都合主義の世界なので(さすがに固有名詞は通じないが)、異世界からきた私もまったく問題はない。ゆえに、授業中はちょっと退屈である。ついつい思考が別の世界に飛んでしまう。せっかくだから、私がこの世界に来てからの事を整理してみようかな。





 この世界での私の実の両親、サキュバス一族とその夫が神官達に殺されて、私がイーシャ家に拾われたのが七年前。お父さんが王都で商会を始めて、ノブと私が王立学校に入学したのが、その数年後のことだ。ここまでが過去の出来事。


 次に、未来に起こる出来事。


 まず、神殿への復讐にもえるサキュバスの生き残りと、彼女が作り出したアンデッドが王都を跋扈、王国最大の危機が訪れる。それに対する切り札として、異世界から特別な力をもったヒロインが召喚される。これは、今から数年後に起こるはずだ。なぜならば、ヒロインとノブが王立学校の高等部で同級生になり、いちゃいちゃラブコメをすることになるはずだから。


 で、ヒロインを召喚するためには神殿は巨大な魔法陣を構築する必要があるわけで、そのためには数年間にわたる準備が必要なはずだから、……まさに今、そろそろ王都にサキュバスの噂がでてきてもおかしくない頃、か。


 ノブやお父さんも、そして私自身も、男子校に入学してまで私がサキュバスであることを隠しているのに、やっぱりどこからか私の正体がばれてしまうということなのだろうか?


 私はまだ誰の精気も吸った覚えはない。アンデッドの奴隷にしたいと思う男性もいない。王宮や神殿に復讐するつもりなんて、まったくないのに。


 そもそも、サキュバスの正体については、作者の私も二巻以降で明かすつもりでまだ深く考えていなかったんだよなぁ。顔も名前もまだ物語にはでていない。だから、わたし以外にサキュバスがいてもなにも問題はない、といえないこともないのではあるが。


 なんにしろ、……王都を舞台にしたサキュバスと神殿の争いが表面化する前に、さっぱりそろそろイーシャ家を出ることも考えた方がいい頃合いなのかもしれない。ノブやお父さんに迷惑をかけないために。ちょうど幼年部の卒業も近いし。でも、……寂しいなぁ。





「ミウ、ミウ、起きろ。先生が呼んでるぞ! 問題に答えるんだ!」


 えっ?


 隣のノブが肘で私をつついている。反射的に顔をあげる。あ、やばい、涙が。


「……ミウ。おまえ、泣いてるのか?」


「え? だ、大丈夫、なんでもないよ」


 眼鏡をはずし、涙を拭く。ふと前を見ると、多くの生徒がこちらを振り返り、私の顔を見ている。あわてて眼鏡をかけるが、みんなこちらを見たままだ。いつも不機嫌そうな顔した殿下まで、不思議そうな顔でこちらを凝視している。


 やばっ


「……ミウ・イーシャ。優等生の君が、寝ていたのかね?」


 黒板の前の先生が、呆れている。


「い、いえ。寝ていません。寝てませんよ。えーと先生の質問は、『三角形の三つの角度の和が百八十度であることはぁ、教科書に書いてある通りであるがぁ、君たちはぁ、本当にそれを厳密に証明できると思うかね?』 ……ですよね? えー、教科書の証明だと、まず、ユークリッド……じゃなくて、えーと、三角形の一辺と、その外側にある頂点をとおる水平な直線をひいてますが、それが本当に一本だけ引けるかどうかが問題で、水平線が複数引けたとしても問題ないし、逆に一本も引けなくってもまったく矛盾のない公理体系が作れたり……」


「ああ、もういい、もういい。君が私の話を聞いていたのはわかったから」


 先生が頭をかきながら、渋い顔をしている。せっかく答えたのに、どうして残念そうな顔しているのかね、この先生は。


「……僕としては、みんなにもっと数学のおもしろさに興味を持ってもらうため、幼年部の範囲を超えたアカデミー最新の数学知識をおもしろおかしく余談として披露するつもりだったんだ。なのに、まさかこの学年で答えちゃう生徒がいるとは思わなかったんだよなぁ。君を指したのが間違いだったよ」


 ……ああ、なるほど。それは申し訳ないことをしてしまった。ごめんなさい。


「ふん。どうせ君のことだから、僕の話なんて聞かなくても事前に予習してあったんだろう? レポートも完璧だったしな。……本人にまだ言ってなかったかもしれないが、高等部を飛び級してアカデミーに入学できるよう、君を推薦しておいたからな。僕としては、是非そうしてほしいと思っているぞ」


 アカデミーに推薦?


「お、おいミウ。おまえ、まさかアカデミーにいっちゃうのか? 俺と一緒に高等部に進学しないのか?」


 となりでノブが、小声で、しかし必死の形相で、私に訴えかけている。


「え、えーと、……考えておきます」


 しまったなぁ。調子に乗りすぎた。目立つつもりなんてなかったのに。


 誇り高きお貴族様のボンボンであるクラスの皆様が、……特に優等生の皆様が、私の顔をじっとにらんでいるよ。



 


2015.03.29 初出


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