01.現実逃避とモラトリアムと
いっそ就職なんてやめて、幼い頃からの夢だったプロの作家を本気で目指してみようかなぁ?
そんな事をぼーっと考えていたら、つい長風呂になってしまったかもしれない。お湯から立ち上がった瞬間に、視界がブラックアウトした。
やば、貧血?
確かにここ数日、寝不足が続いていたのだ。ご飯もしっかり食べているとはいいがたい。
私は就職活動中の大学生。歳山美羽。
世間一般では、女子大学生はお気楽な立場だと思われているかもしれない。だが、レポートやバイトに追われる中での就職活動。これがなかなかうまくいかず、肉体的にも精神的にも少々追い詰められていた。
もともと、ちょっと他人と話すのが苦手だった。決してコミュニケーション好きな方ではない。できればなるべく他人と関わりなく生きていきたいと思っている。
もちろん、この世の中、それでは食べていけないことぐらいは理解している。ゆえに、就職面接の場では、そのあたりの本音は隠して、できるだけ社交的な雰囲気を醸し出しているつもりではあったのだが。
だが、面接官たちにとっては、そんな世間知らずの女子学生の心うちなどお見通しだったのだろう。受ける会社は、ことごとく最終面接で落とされた。
冷静に考えれば、特定の会社がたまたま自分を必要としていないだけなのだが、「ご健勝を心からお祈り申しあげます」のメールがここまで続くと、世の中から自分の全てが否定されたような気がしてくる。そろそろ自尊心も折れてしまいそうだ。
いっそ就職なんてやめて、幼い頃からの夢だったプロの小説家を目指してみようかな?
それはまったくの夢物語というわけでもない。なんと、私は一冊だけとはいえ小説を出版したことがあるのだ。
昨年の夏休み、あまりに暇だったのでつい妄想・煩悩を全開で書き連ね、勢いで公開してしまったネット小説。
たまたま運良く出版社の目にとまり、少女向けライトノベルとして出版されたそれは、自分でも信じられないことにそこそこ売れたらしく、編集さんは続きを書かないかと言ってくれている。
でも、大学を卒業して作家一本で食べていく自信は、正直言ってなかった。就職活動をしながら続編を書くのがしんどかったというのもある。なにより、その物語のヒロインが、実は私は好きではないのだ。
突然異世界に召喚され、偶然得たチートな才能で周囲からちやほやされる薄幸のヒロイン。召喚時に託されたはずの、悪役サキュバスやアンデッドから世界を救う使命を果たすことなく、周囲の美男子をことごとく巻き込んでの逆ハーレムの日常系。
たしかに、ライトノベルにありがちのストーリーだと一言で済ませられないこともないのだが。しかし、世間に流されるままでただただ生ぬるい日常を続けるヒロインの姿は、今となってみればまるで現実の自分の事のようで、とんでもなく恥ずかしい。その続きを今さら書けと言われても……。
一方で、物語のキャラクター達に申し訳ない気持ちがないわけでもない。
いつまでたってもサキュバスとの最終決戦が始まらないまま、だらだらと日常が続いたあげく『二巻につづく』で放置されている彼らは、今どんな気持ちなのだろう? 優柔不断なヒロインに惚れている男の子達は、いつまで生殺し状態で我慢しなきゃならないのだろう?
そして、ヒロインと並びもうひとりの主役ともいえる悪役。作者の私としては、ヒロインよりもよっぽど好きな魅力的なキャラクター。同胞をすべて殺された悲しみの果て、人類と神をひたすら憎み、ただ世界への復讐のためだけに永遠に生きるあのサキュバスの魔女は、いつまで世界を憎んでいればいいのだろう。
彼らに、ちゃんと結末を用意してあげたい。……そう考えると、作家になろうかなぁ、という思いに天秤が傾いたりもする。
とりとめもなく、そんな事を考えながら湯船につかっていたら、つい長湯になってしまったのだ。
やば、貧血?
そう思う間もなく、意識が暗転した。
しばらくは毎日投稿できると思います。よろしくお願いいたします。
2015.03.22 初出