1日目 ~待ち望む砦~
荒野の中に、建物がある。
ぐるりと囲む塀。頑丈そうなフォルム。設置された砲頭。戦いにおける拠点、砦だ。
ズシリと構えられたソレは、静かに敵を待っていた。
何も言わずに、ただただ待っていた。
その砦内、広場。
壇上に立つ一人の男の前に、大勢の男たちが集まっていた。10人1列が20。計200人である。顔も体格もそれぞれだが、共通している点が2つある。
1つは服装。皆一様に、黒の軍服に身を包んでいた。胸に祖国・ダマライツの国旗が刺繍された軍服。それはつまり彼らが軍人であることを示している。
やがて、前に立つ優しげな顔の老人が天に向かって右拳を上げた。そして、その手をそのまま胸に持っていき、国旗の刺繍をトントンと叩く。誓うような動作の後、彼はゆっくりと問いかける。
「皆、私たちの使命は分かっているかい?」
おぉぉぉ! と応えるのは200人の男たち。その低い声は地を揺らすように響いた。
その様子を眺めると、彼はそのうちの一人を平手で示し、手招きする。
「それじゃあ……ダーホン。景気づけに1つ、号令してくれよ」
「よっしゃあ! 任しときな、大将!」
口元と顎に白い髭を蓄えた、大柄な男……ダーホン・タダウィンが進み出てきた。堂々とした歩き方である。捲り上げた軍服の袖近くからは、右肩に刻まれた勲章……大きな傷痕が見える。
入れ替わるように壇上に上がり、ギロリと兵士たちを見回す。
彼は、大きく息を吸い込むと、雷のような声で叫んだ。
「ジジィ共! ムダに歳を喰ってきたオマエらに、ようやくやって来た命の使いドコだぜ? 喜べ!」
「って、お前もジジィじゃねぇか!」
「そうだ、そうだ! 孫の前ではバカみたいにデレデレなくせによぉ」
「う、うるせぇぞ!」
張りつめた空気が弛緩する。
爆発するように、ドッと笑いが起こった。
そして、もう1つの共通点。
集まった彼らは……皆、年老いていた。最年少でも45歳。最年長は87歳。
皆、老人である。本隊では、ほぼ使いモノにならなくなってしまった者たちばかりだ。
年老いた者たちが召集され、作られた隊。『老害』。
自らを「老害」と名乗る隊だ。
ダーホンはそれぞれ孫自慢を始め出した老兵たちを見て、笑みを浮かべる。生きるか死ぬかの戦いの前に、誰も「もう孫に会えない」などのような、悲観的なことは口にしていない。
ポジティブな言葉を口にしていれば、しばらくはネガティブな感情は訪れないだろう……ダーホンは長年の経験から、そう確信した。
(良いじゃねぇか。これなら……)
勝てる。
頭によぎったその言葉を、ダーホンは打ち消した。
歴戦の猛将も気づいていた。いや、ここにいる誰もが気づいている。
だから、彼はその考えを捨てた。
それぞれが前向きな言葉を吐き出し、場が落ち着き出した頃。ダーホンは浮わついた雰囲気を締め直すために、改めて雷鳴を轟かせた。
「良いかオマエら、決死の覚悟で挑むぜェ!」
「「オォォ!」」
そんな声を背中で聞きながら、壇から去った老人にして、このフィシミー砦の司令官……バーディ・モッダータは静かに頷いた。
(やはりダーホンに任せて正解だったね。伊達に若い頃から特攻隊長として前線に出てきただけのことはあるよ)
歩き出す前に見た彼らの表情には力があった。バーディが壇上にいた時点では存在した不安が、ダーホンの号令により抜けていたのだ。
死線を潜り抜けてきた男たちの士気は高い。
彼らには若者に対して反応スピードでこそ劣ってはいるが、それらは長年積み重ねてきた「勘」によって充分カバーできるであろう。
仮にこれが、昔のように徒歩での戦闘……鎧を着て、剣を闘わせるものであったならば、この隊が活躍するのは不可能だ。
どんなに歴戦の勇士でも、加齢によって身体が動かなくなる。
ダーホン程の者であったならば大丈夫かもしれないが、一般の老兵には無理がある。
(しかし、現在の戦争は違う……)
砦内を歩きながら、彼は視線を横に動かす。窓の外に立ち並ぶのは機体。甲殻と呼ばれる操縦ロボットだ。
ダルマのように見える武骨なフォルム。手足と機銃が付けられ、背中には白兵戦用の金属棒が備わっている。
甲殻の中でも時代遅れになりつつある機体……〈補甲者〉。それら200機ほどが、パイロットを待ち、並んでいるのだ。
人は、同じ過ちを繰り返す。何度も何度も繰り返し、その度に反省し、また繰り返す。
文明が興る度に、戦争が起こる。それらは、もはや一心同体とも言いだろう。
光があるところに闇があるように、人々が集まれば争いが生まれる。
文明と戦争は表裏一体。人類の進歩は戦争への一歩、なのかもしれない。
そして、今もまた。
新たなエネルギー資源の発見は、奪い合いを生んだ。
ダマライツとヴァハシは、もともと1つの国、オゥドァ王国だった。
しかし、オゥドァの王の死亡と新エネルギー資源の発見により、利権争いが勃発。
大国は、文字通り二分した。
以来、西をヴァハシ、東をダマライツとし、新興二国は日々ぶつかり合っているのだ。
どちらも正義であり、どちらも悪である。
どちらも自らの正義を主張し、相手の悪を主張するからだ。
だから、この戦争は終わらない。
どちらかが勝ち、どちらかが滅ぶまで、この戦争は終わらない。
司令室へ歩くバーディのもとに、新たに老人がやって来た。薄い髪をもつ眼鏡の老人だ。軍服の上にマントのように羽織った白衣は、すでに黒や茶で染まってしまっている。
バーディはフレンドリーに手を挙げたが、男はそれに対してフニャフニャとした敬礼で応えた。
「バーディ司令。甲殻のメンテナンスが終わりましたぞ」
「ありがとう、ラバキカス。少し休んだらどうだい?」
「……まだ整備関係の仕事は山積みなんですよ。それに、こんな状況で能天気に寝るなんて、私には無理ですわ……」
ラバキカス・ヤスマー。整備士も務める将である。彼はボリボリと頭をかくと、眼鏡の位置を直し、改めて自ら整備した機体を窓から見つめた。
「〈補甲者〉、ですか。随分とまあ、旧式を押し付けられたもんですな。敵はほとんどが新型、さらにその内の2機は最新型ですぞ?」
ラバキカスは身震いしてみせた。
敵軍が乗るのは〈装者〉。ダルマ型のこちらに対して、あちらはさらなる速度を求めた、より人型に近い機体である。
さらに、最新型と呼ばれている〈緋甲者〉も控えているという。
性能的に言えば、無謀の戦いだ。
「ああ。それは私が言ったんだよ。ここで機体を無駄にする必要はありません。私たちには旧式がお似合いですし……ってね」
「司令……」
司令室に辿り着いたバーディはそう言って笑った。
そんな彼を見て、ラバキカスは下を向いた。彼の決意に対して、何も言うことができなかったからだ。
現在。ダマライツの戦局はあまり良くはない。
新型の量産に一歩遅れたことを皮切りに、ズルズルと後退しているのだ。
ようやく新型機体の生産面で追いついた頃……つまり希望をもった頃に、無慈悲にもヴァハシで最新型の投入が始まった。
もちろん、ダマライツも負けてばかりではない。
5日後にダマライツで最新型が完成予定なのだ。しかも、それはヴァハシのそれを上回ると目されている。
しかし、後退している現在において、敵軍が追いついてくるのは時間の問題である。恐らく、最新型が辿り着く前に追いつかれ、瓦解してしまうだろう。
そこで、ダマライツ上層部が考えたのは、要所であるフィシミー砦に兵を置き、敵軍の侵攻を食い止めさせること。
ここに、ダマライツの未来がかかっている。
文字通りの死守、である。
では、誰を残すのか?
そんな上層部による臨時会議内で、この老いた司令官は、進言したのだ。悲壮な雰囲気に包まれる会議室に響き渡る、安心感溢れるような優しい声で、彼は告げた。
ーー私たち老兵に任せてくれないかな?
こうして、彼らはフィシミー砦に配備された。
広場では景気の良い声が響き、笑いが起こっている。これから戦争が始まるとは思えないほどの盛り上がりである。
しかし、誰も言わないが、誰もが分かっていた。
自分たちの任務は、時間稼ぎであり、盾である、と。
勝利など誰も期待していないし、有り得ない、と。
そして……自分たちは、この戦いで命を落とす、と。
用意された墓場で、老いた彼らはただただ待っていた。