旅芸人の歌
昔々、というほど昔でもない時代のお話。とある地方にぼろの衣装を身にまとい、その日暮らしの生活を続ける若者がおりました。彼は旅芸人の肩書のもと全国津々浦々を渡り歩き、各地で集めた情報を歌い聞かせていたのです。歌の内容は都の流行や最近食した甘味の感想など、誰にでも好まれる題材も多く、娯楽の少ない地方ではそれなりに歓迎されたものでした。若者は聞き手である彼らからの投げ銭で、なんとか食いつないでいる毎日であります。
稼げる歌は何かと尋ねられれば、迷いなく流行の食べ物や着物を持て囃す歌が挙げられます。しかし、若者が最も好んで歌ったのは、己が目で見て回った各地の歴史についてでありました。ただの史実から登場人物の感情も巻き込んだ物語まで幅広く。特別な人気はありませんが、内容が長いために続けて歌っていられたので、物好きな聞き手が他の見物人を引き込むこともございます。それにより増えた稼ぎに彼の興味はありませんでした。単に日銭を稼ぐだけならば、前述の通り流行に敏感な若い女性やその連れから恵んでもらう方が手っ取り早いのです。
ではなぜ若者は人々の関心を引きづらい歴史の歌など歌うのでしょうか。好んで歌うとは言いつつも、彼はどうにも歴史に造詣が深いようには感じられません。各地で聞いた様々な伝承を、一言一句そのままに歌い聞かせているようですらあります。それでも聞き始めれば最後まで聞きたくなるのが人の性。なまじ感情をこめて歌うものですから、悲劇を聞けば心を痛める者さえ出る始末。若者の実入りが悪くなりそうであります。
一人の老人が尋ねます。あなたのお話は興味深いが、誰もが歴史を学ぼうとすることはない。わざわざ歌うことに理由はあるのかと。見れば稼ぎも減っているだろうにと。若者は笑って答えます。『未来』の一部になりたいのです。老人にはさっぱりでした。悩んでいる内に若者の姿を見ることはなくなり、風のうわさで別の街をめざしたと聞き及びました。
旅路の途中でも、若者はかまわず歌います。誰に聞かれるわけでもありません。誰に聞かせるわけでもありません。ただただ風の向くまま気の向くままに、変わらぬ歩調で進みながら。その姿は正に旅芸人ではありますが。他人から見れば何も考えぬお気楽者に違いありませんでした。
実のところ、若者には明確な目的がありました。人気のない歴史を語り、その歌を広げることに。それは大変な夢物語でありました。彼がその壮大な計画を思いつくに至った原因は単純であります。このまま浮浪の身として朽ち落ちることに、そこはかとない嫌気が差したのです。己が生きた証をどうにかして形に残したかったのです。つまるところ彼は、小さくとも歴史の一部になりたかったのであります。それでも彼は一介の旅芸人、ましてや彼の歌がこの国一かと言われれば、そんなことは全くもってないのですから。芸の道での活躍はどうにも見込めません。
全国を巡り、少なからず人との関わりを持つ中で、親しい間柄となる人間もおりました。彼らから伝え聞く物語の価値を若者には理解できません。しかし歴史が大きなものであることはわかりました。だからこそ歴史に関わることができれば、生きた証明ができると思いついたのであります。
若者はたどり着いた土地で伝承も物語も気にせず歌い始めました。新しい試みを行うに当たって努力したことは、できうる限り聞いたままに歌うことであります。期待したのはその歌を聞いた者による話の変更であります。彼が勝手に話に落ちをつけたのでは意味がありません。万が一にも『似たようなお話』になってもらっては困るからです。これで彼の策はおしまいです。人は誰しも又聞きの話に尾ひれをつけるものでありましょう。登場人物の名が変わり、舞台の地名が身近になっているなんてことも日常茶飯事です。きちんと調べれば歴史上の事実であっても、わずかの間に巷のうわさに早変わりとなりました。彼はそこに自分の名前が含まれる可能性に賭けたのです。小規模とはいえ歴史への介入、挙句の果てには歴史の捏造とも言える行為です。
彼が無い頭を振り絞り、ようやく思いついた策は穴だらけではありました。けれども問題点について考察することは置いておきましょう。最低限の語り手が必要となりましたが、これは問題ありません。いつの時代もどこの地域にも、うわさ好きや話し好きはいるものです。
結果として、若者の狙いは大きく外れることとなりました。彼が没したのちに大した期間も設けず、この国初となる本格的な歴史学者が誕生してしまったのです。その学者はどこかの誰かさんと同様に、長い期間をかけて全国を巡りました。彼とは違い正しい伝承を収集する目的があったのです。間違った歴史を伝える彼という存在は消えてなくなりました。口伝を集める過程で、学者は奇妙な人物の存在に行き当たります。利益もないのに各地の伝承を伝える若者がいたという証拠があったのです。ついに大作の歴史本が完成した際に、学者は彼の存在を本に書き加えました。たった一人で歴史学に貢献した偉大な人物として。
ただ一つ残念だったことは、本来の目論見とは違う形とはいえ、当初の目標であった歴史に生きた証を残した若者が、誰にも名乗らずに旅をしていた点でしょうか。そう、名無しの旅芸人であった彼は、結局歴史にその存在は残しても、書物にさえ名前が残ることはなかったのです。




