表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

生きるのが苦手なひとびと

普通に生きてるだけでしんどい状態ですが、それが何か?

作者: 小日向冬子

 このところ、とんとやる気が出ない。

 とにかく面倒臭いのだ。顔を洗うのも歯を磨くのも掃除も洗濯も、いわゆる生きるということに付随する何もかもが。

 で、目が覚めたとわかった瞬間に、ため息をついていたりする。


 でも、動く。

 とりあえず、最低限の日常生活は回す。

 それを怠ったときの苦痛のほうが大きいことはもう充分わかってるし、多少無理して動いているうち気分が上向きになったりもするから。


 若い頃(今がどれほど若くないのかは想像にお任せします)は、こんなレベルじゃなかった。息をすること、意識を保っていること、存在していること。それ自体が、拷問のようだった。

 住む家も食べ物も家族もあった。ネグレクトも暴力もなかったし、進学もさせてもらえた。厳格で多少息苦しい家ではあったけれど、もっと大変な家庭はいくらでもあったと思う。そう、確かに、世間さまがこぞって納得してくれるような、目に見える理由なんて何もなかった。なのにすっかり迷路に入り込んでしまったわたしを、親は「どうして。お前には、何ひとつ不自由させなかったのに」となじった。


 あの頃精神科にかかったら、きっと何かの病名が付されたのだろうと思う。けれど当時その敷居は今よりずっと高かったし、親が言うとおり自分は甘えてるだけだから、病院に行く資格なんかないと思い込んでいた。結果、ますますこじらせた。


 そんなに苦しいのになぜ死ななかったのかと言えば、怖かったから。

 だって、死んだら今より楽になれるっていう保証なんかどこにもない。


 有無を言わさず自分は最初から「生」の世界に属してしまっていて、その境界線を越えるのはすごくエネルギーがいることでなのだと、崖っぷちでつま先立ちになったときに思い知らされた。


 今思うと、本気で死にたかったわけじゃないんだと思う。

 ほんとうは、幸せに生きたかっただけ。

 でも、自分にとってそれは、まるで雲をつかむみたいなものだったんだ。

 いったい何を、どうがんばって、そして何処に向かえばいいのか。そもそもどうして、がんばろうとさえ思えない自分なのかが、なにひとつわからない。

 努力が足りない、ただの甘えだって言われれば、その通りだと自分を責めてますます萎縮する。



 同じ環境でも、辛いと思ってしまう人間と、特に疑問も感じずに適応していく人間がいる。

 その差はいったいどこから生じるんだろう、と思う。


 生まれ持った資質? それまでに積み重ねてきたもの?

 では、もうひとつさかのぼって、そもそも何かを積み重ねる意欲を持てるかどうかって、どうやって決まるの?


 端的にいえば、特別な理由もないのに生きるのが辛いと感じてしまうことや、世界が針のむしろみたいに思えることは、わたしのせいだったの?


 こういう話をすると、他人はたいてい屁理屈だとか、しんどいことから逃げるためのただの言い訳だ、そんなこと考えてる暇があったらもっとがんばれ、とか言う。

 でも、そうじゃないんだ。

 わたしはただ純粋に知りたかっただけ。

 自分が他人と違ってしまっていることが、本当に責められるべきことなのか。



 そんなことを、ずっと考えてきた。

 

 そして、ほんの少しだけ手に入れた、自分なりの答え。



 わたしがこうなのは、自分のせいじゃない。だから自分を責める必要はない。

 でも、だからと言って、ほかの誰かがどうにかしてくれるものでもないのだ。

 そこにあるのは、どんな理由であれ抱えてしまっているものは自分の手でどうにかするしかない、という厳然とした事実。


「あんたは何も悪くないよ。

 でも、そういう自分を背負って生きるしかないんだから、腹をくくりな」


 それが今、わたしが辿りついたいっぱいいっぱいのところ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言]  なんか、強く共感です。  ここにいる、それだけで息苦しい……、  そんな状況です(T_T)  特別酷い生活ではない、  友達がいて、普通の食卓があって……。  それでも、なぜか、  苦し…
2016/08/15 19:06 退会済み
管理
[一言] 同じことを思って生きていました。今もそうです。 ただただ、「良いものを読ませて頂いてありがとうございました」とそう思います。
[一言] 人並みから大きく外れない範囲で、出来る限り自分にとって一番心地よいと思う選択をする。時には衝動的に欲求に従ってしまって、後悔をすることがあっても、それも自分の飢えた部分にとって必要だったと、…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ