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ひとりぼっちのクヌギ

 クヌギが芽を出したのは、辺り一面スギに囲まれた山の中でした。



「あれ?」



 クヌギは周りを見渡しました。

 ぐるりと一周を見渡しました。

 でも、スギの姿しか見えませんでした。


 近くにいるのも、遠くにいるのも、スギばかり。


 こっちもスギ、あっちもスギ、みんなスギ。



「わたしのお父さんとお母さんを知りませんか?」



 クヌギは近くのスギに尋ねました。



「分からない。君はどうやら、両親と遠く離れた場所に芽を出したみたいだね」


「じゃあ、ここはスギさんしかいないの?」


「ああ。ここには私達スギしかいない。スギ以外の姿を見たのは、君が初めてだよ」


 クヌギはその言葉にショックを受けました。



 大勢のスギの中に、ポツンと一本のクヌギ。



 クヌギはとても寂しく感じました。





◇◆◇◆◇◆◇





 スギが密集しているせいか、昼間も薄暗い山の中。


 日の光が弱いせいで、クヌギはあまり元気ではなく、ひょろひょろとした様子で成長していました。




 クヌギは、ひとりぼっちでした。




 最初、スギ達は初めて見たクヌギに興味を持っていました。

 しかし、だんだん自分達とは違うクヌギに対して、見下し、馬鹿にするようになりました。


 弱々しく育っていくクヌギは、言い返すことも出来ず、どんどん孤独になっていきます。




 クヌギはスギのように、ピシッと真っ直ぐ伸びることが出来ませんでした。


 クヌギの体が少しでも曲がると、周りのスギ達は、まるでお年寄りみたいだと笑いました。


 クヌギは、曲がった体を縮こまらせました。




 クヌギの体から、樹液が出てきました。


 その様子を見て、スギ達は汗っかきだと笑いました。


 クヌギから、樹液が脂汗のようにたらりと幹をつたいました。




 秋になると、クヌギの葉っぱは色を変えます。


 緑から赤へ。

 だんだんと赤く色付いていくクヌギを見て、スギ達は恥ずかしがりやだと笑いました。


 赤く色付いた葉っぱはやがて、ぱさり、ぱさりと落ちていきました。




 春になると、スギ達は一斉に花粉を飛ばします。


 クヌギは周りが見えなくなるような、花粉の霧の中に埋もれてしまいます。


 クヌギはくしゃみが止まりません。どんどん体調を崩していきました。


 そんなクヌギを見て、スギ達は体が弱いからだと、笑いました。


 スギ達の花粉が飛ばなくなるまで、クヌギのくしゃみは止まりませんでした。





◇◆◇◆◇◆◇





 そんな、寂しく、辛い日々が続いていたある日のことです。


 山の中に、一匹のカブトムシが迷いこんで来ました。


 カブトムシは弱っているのか、ふらふらと飛んでいます。



「どうしたんだい?」


「私達に止まって少し休んだほうが良いんじゃないのかい?」



 スギ達が声をかけますが、カブトムシは全く反応しません。



 そんな中、カブトムシがクヌギの近くを通ったときのことです。


 飛び続けていたカブトムシは、クヌギを見付けると、嬉しそうに飛び付きました。



「クヌギさん、樹液を下さい!とってもお腹が空いているので!」


「ど、どうぞ……」



 まさか自分のところに止まるとは思わず、クヌギはびっくりしました。


 そんなクヌギに構わないで、カブトムシは美味しそうにクヌギの樹液を食べています。



「ごちそうさまでした!ここ数日、食事にありつけなくて、大変でした。クヌギさんがいてくれて良かったです。

ありがとうございます!」



 一心不乱に樹液を食べていたカブトムシは、ようやく満足したのか、樹液から口を放してクヌギにお礼を言いました。



「…………」


「どうかしましたか?」



 クヌギの心の中に、初めて感じるものがありました。


 それは、ほんわかとした、少し温かく、不思議と心地の良いものでした。


 クヌギは、その感情に戸惑って、返す言葉が思い浮かびませんでした。



「えっと、その……、わたしって、変じゃないですか?」


「えっ、急にどうしたんですか?」



 クヌギは黙りこんだことを誤魔化すため、とっさにカブトムシに聞いてしまいました。




「だって、スギさんと違って、曲がって伸びています」


「僕の体だって、真っ直ぐじゃなくて、丸くなってますよ」



「スギさんと違って、樹液が垂れています」


「その樹液がなければ、僕はきっと飢え死にしていましたよ」



「スギさんと違って、葉っぱが季節毎に色を変えます」


「おめかしをしていて、綺麗ですよ」




 カブトムシと会話を重ねるごとに、クヌギの心はぽかぽかと温かくなっていきます。


 最初は自分が変じゃないか確かめるための質問は、心の温もりを強めるための方法になっていました。




「スギさんと違って――」


「どうして、スギとばかり比べるんですか?」


「えっ?」



 不意に、カブトムシはクヌギの言葉を遮りました。



「クヌギさんはクヌギさんですよ。スギじゃないです」




 カブトムシのその言葉は、クヌギの心に強く強く響きました。




「クヌギさんはスギと比べることもないし、僕はスギよりもクヌギさんの方が好きですよ」



 気付いたら、クヌギの心は熱いと感じるくらいになっていました。



「……ありがとう、ございます」


「えっ?どうしてお礼をしたんですか?」


「すごく、すごく、嬉しいんです」


「黙ったり、自分のことを聞いてきたり、お礼を言ったり、クヌギさんて、ちょっと変ですね」



 そう言って、カブトムシは笑いました。



「えへへ」



 クヌギもつられて笑いました。

 生まれて初めて笑いました。


 カブトムシもクヌギのことを「変」だと言ったのに、クヌギは辛く感じるどころか、何故か嬉しく感じました。





◇◆◇◆◇◆◇





 カブトムシは、自分と同じようにお腹を空かして困っていた友達を呼んできました。


 カブトムシが呼んできた友達――クワガタ、チョウ、ハチ――も、カブトムシと同じようにクヌギに会うと、とっても喜びました。

 誰も、クヌギのことを馬鹿にしませんでした。



 そして、クヌギと虫達は、楽しく、仲良く、賑やかにお話しをするのでした。



 すると、周りのスギ達が、クヌギに声を掛けました。



「クヌギさん、今まで君のことを馬鹿にしてごめんなさい。私達も話しに混ぜてくれないかい?」


「良いよ。皆で喋った方が、きっと面白いもの!」



 その日、クヌギの周りは、いつまでも笑顔が絶えませんでした。




 クヌギは、たくさんの友達が出来ました。


 もう、ひとりぼっちなんかじゃありませんでした。





◇◆◇◆◇◆◇





 それから月日は流れて。


 クヌギは大きく成長しました。


 虫達もたくさんやって来るようになり、クヌギの周りはいつも賑やかです。



 クヌギのもとにやって来た虫が運んで来たのでしょうか。



 クヌギは、実を付けました。



 秋になると、たくさんのドングリが地面へと落ちます。


 その様子は、まるで、クヌギが嬉し涙を流しているかのようでした。


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