Future
たった一度の出来事で、俺は全てを失ってしまった。
もしもあの時、俺がこうしていれば…。
あんなことをしなければ…。
悔やんでも悔やみきれない。
どうしようもない思いが頭の中で渦巻く。
こうなることを知っていたのなら、俺は失敗しなかった。
俺に未来が見えていたなら、失敗などするはずも無かった。
未来が見えていたなら…。
『ナニヲ、望ム?』
俺は全てを投げ打って、ここに辿り着いた。
富も、名声も、力も、幸福も。全て、失った。
『ナニヲ、望ム?』
どうしても手に入れたかった。
二度とあんな目に遭いたくなかった。
『ナニヲ、望ム?』
俺の願いは、叶えられる。
目の前にいる、神によって。
『ナニヲ、望ム?』
俺が望んだもの。
『ナニヲ、望ム?』
「…未来を。」
俺には未来が見える。ほんの数秒後の未来も、遥か先の未来も。
一人でここに暮らしているが、この力のおかげで、困った目に遭ったことは一度も無い。
どんなに周りの人が驚くようなことでも、俺は驚かない。
どんなに周りの人が悲しむようなことでも、俺は悲しまない。
どんなに周りの人が怒るようなことでも、俺は怒らない。
すべて、知っているから。
俺の目は、これから起こる全ての出来事を知っている。
もうこれで、失うものは何も無い。そう思った。
ある日の朝。いつものように未来を見た。
俺の目に映るのは、普通の日常。そうであるはずだった。
未来の中で、俺は歩いていた。
そして、突然、俺に若い男が肩からぶつかった。
若い男が走り去る。
俺が道にくずおれる。
通り魔、か。
未来の中で、俺は死んだ。
いつ、どこで俺が殺されるのかはわかった。
だから、その瞬間にその場所にいなければいいだけの話だ。
その日の夜のニュースでは、俺ではない、他の誰かが通り魔殺人に遭ったことが報道されていた。
次の日の朝に見た未来でも、俺は死んだ。
交通事故。車に乗っているところを後ろから追突され、車が炎上。そのまま焼死。
未来がわかっているから、回避できる。
その日も俺は生きていた。
次の日も、その次の日も、俺の未来で、俺は死んだ。
どんなに生き延びても、死の影は俺にまとわりついて離れない。
焼死、溺死、事故死、病死。
思いつく限りのあらゆる死のパターンを、俺は未来に見た。
いつからか、それが辛くなっていた。
今日、俺は死ぬのか?
明日か?明後日か?それとも今この瞬間か?
未来なんて見えなければいい。
いつか自分が死ぬ運命にある。それはわかっていた。
それが自分の目に、事前にはっきりと見えるのは、辛かった。
もう、終わりにしよう。
俺自身を終わりにしよう。
俺は崖から飛び降りた。
『望ミハ、叶エラレタ』
『元ノ世界へ戻ルガヨイ』
俺が最初に見た未来。
俺の運命。
あぁ、そうなのか。
俺は俺自身を失ってしまった。