側妃教育も婚約者の仕事?お断りします。
「イザベル様、聞いてくださる? アシュフォード殿下ったら、ひどいんです!」
アンジェリカが大きな胸をことさらに強調しながら、私に訴えてくる。
「ひどい、とは?」
「セシリアに、髪飾りを贈ったそうなのです! 私は二か月前に小さなブローチをひとつ下さっただけなのに……。しかも、あろうことか、ジョゼフィンにも何か贈られたとのことでして。どういうことなのでしょう?」
また贈り物か、と、呆れつつ、紅茶を一口飲む。
アシュフォード殿下――第一王子は、私の婚約者だ。母上が側妃で、地方貴族のご出身のため、後ろ盾となる貴族がいない。
私の父、ロッチデール伯爵が、側妃様に泣きつかれて、アシュフォード殿下の後見人となるべく私との婚約を整えた。第二王子、第三王子は正妃様のお子だが、私が正妃となる限り、アシュフォード殿下が次期国王になるのは確実だった。
だが、肝心のアシュフォード殿下は、王立学院での成績が良いとはいえず、その上女子生徒に贈り物をしては、取り巻きに加えてばかりいるのが、頭痛の種だった。
「ねえ、イザベル様からアシュフォード殿下に『アンジェリカが泣いている』とお伝えいただけませんか。あんまりですわ!」
しかも、アシュフォード殿下の取り巻きである女子生徒がもめると、なぜか全員私のところへ訴えにくるのだ。特に、子爵家のアンジェリカ、男爵家のセシリアとジョゼフィン、この三人は毎日必ずやってくる。
昼食を食べながら「贈り物で差をつけられた」という愚痴を聞いて、お茶を飲みながら「夜会でダンスの順番を抜かされた」といういさかいの話を聞く。三人のせいで、私と食事をとったり、お茶を飲んだりする生徒はいなくなってしまった。
(またアンジェリカ様たちがもめていらっしゃるの?)
(アシュフォード殿下、やりたい放題ですわね)
(イザベル様も大変だな)
生徒たちがひそひそと囁いている。皆、この状況を面白がっているのだ。
「イザベル」
「あら、ルーカス」
その中でたった一人、私に声をかけてくれる生徒がいる。アイルズベリー伯爵家のルーカスだ。父上が財務大臣で、私の父と仲が良い。幼い頃は互いの家を行き来していて、一時期はルーカスと婚約を……という話も出ていた。父が側妃様に泣きつかれたことで、立ち消えになってしまったけれど。
「僕もお茶を飲もうと思っていたのだけれど、一緒にいいかな?」
「ええ、どうぞ」
ポットのお茶は冷めきっている。私は給仕に頼んで、新しいお茶を持ってきてもらった。愚痴を中断されたアンジェリカはむっとした顔をしたけれど、財務大臣の息子に逆らうわけにはいかない。しばらく口をつぐんでいた。
しかし新しいお茶が来てすぐに「あら、イザベル様!」という声がした。ジョゼフィンが美しい金髪を揺らしながら、私たちのテーブルにやってきた。
「ここにいらしたのね。私も呼んでくださればよかったのに」
ジョゼフィンの耳には、学院には不釣り合いなサファイアの耳飾りがきらめいている。アシュフォード殿下からの贈り物は、この耳飾りだろう。直轄地の税率を上げたばかりというのに、こんな高価なものを贈る非常識さに呆れる。
アンジェリカは耳飾りに気がついたのか、ジョゼフィンを睨みつけた。
「ジョゼフィン、ルーカス様もいらっしゃるのよ。非常識ではなくて?」
「あら、アンジェリカこそ、イザベル様につまらない話を聞かせていたんでしょ」
耳飾りが揺れる。ルーカスがちらりと耳飾りを見て、こっそり苦笑いをした。財務大臣の息子として、当然の反応だろう。
「つまらない話はしていないわ。家の序列から言って、あなたに豪奢な耳飾りを贈るのはおかしい、と申し上げていたの」
「それは嫉妬というのよ。見苦しいわ」
ジョゼフィンはせせら笑い、カップに注がれた紅茶をかき回して飲んだ。けれどその時、セシリアが食堂に入ってきて、私たちのテーブルを凝視していることに気づいた。
「まあ、皆さんお揃いで。嫌だわ、私だけ仲間外れなんて」
セシリアは私とジョゼフィンの間に割り込んで、強引に椅子を引き寄せて腰を下ろした。まとめた髪に、これ見よがしに瞳の色と同じエメラルドの髪飾りが輝いている。ジョゼフィンの耳飾りより明らかに高価な品で、アンジェリカとジョゼフィンはたちまち怒りを露わにした。
「セシリア、失礼よ」
「あら、言いがかりをつけるのはやめてくださいな。イザベル様は何もおっしゃっていないじゃないの」
うんざりして、口を開かなかっただけだ。三人はいつもの言い争いを始め、私は紅茶の味がわからなくなってしまった。カップを置くと、ルーカスが「帰る?」と囁いた。帰りたいが、三人を放置して帰るわけにもいかない。
「……まだ、ポットにお茶が残っているから」
「じゃあ、僕も付き合うよ」
三人の言い争いが収まるまで、ルーカスは私の隣にいてくれた。そのおかげで、いつもより気持ちが苦くならなかった。
「相変わらず、ひどいね」
ポットのお茶が空になり、ようやく三人から解放されて食堂を出た。ルーカスは苦虫を嚙みつぶしたような顔をしている。
「もっとはっきり言ってやればいいのに。あの三人とアシュフォード殿下がやっていることは、不貞だよ」
不貞という言葉の重みに、胸が潰れそうだった。
「……父が、アシュフォード殿下の後見人である以上、私には止められなくて」
「ロッチデール伯爵に、僕から伝えようか?」
「いえ」
慌てて止める。毎日遅くまで執務に追われる父に、余計な心配をかけたくない。
「無理はしないでね」
ルーカスが首をかしげる。形のいい眉がひそめられていて、私を心配してくれているのは明らかだった。
「ありがとう」
図書館で調べものがある、というルーカスと別れて、私は馬車に乗って家へと向かった。母が存命だったら相談できるのだろうか、と思うと、五つの時に亡くなった母がたまらなく恋しくて、涙が出そうだった。
◇◇◇
「イザベル様」
翌朝登校すると、突然クラスの女子生徒に話しかけられた。顔は覚えているが、名前はわからない。
「モーリー子爵家の、デボラと申します。お隣に座らせていただいてよろしいですか?」
アンジェリカたちと違い、控えめな態度で隣の席に座る。教科書は使い込まれてぼろぼろだった。
「お見苦しいものを見せてすみません。兄のお下がりなもので……」
「お下がりを使っていらっしゃるの?」
「ええ。お恥ずかしいんですが、我が家は貧しくて借金まみれで、倹約しなければいけないんです」
「大変ね」
借金まみれでも贅沢をしている貴族が多い中、素直に「倹約」と言えるデボラに感心した。
「もしも新しい教科書と内容が違っていたら、私の教科書を遠慮なく見てちょうだい」
「ありがとうございます」
デボラはぺこりと頭を下げた。
「イザベル様、おはようございます」
アンジェリカとジョゼフィンとセシリアが、一緒に教室に入ってきた。とても不思議なのだが、もめてばかりいるのに、三人一緒に行動していることが多い。今日もそうだった。
「今日はデボラとご一緒なんですの?」
アンジェリカに問われて「ええ」と答えた。ジョゼフィンが嫌味を言う。
「教科書も買えないような家の娘と、イザベル様が一緒にいるなんて」
今日もジョゼフィンは、あの耳飾りをしている。
「デボラのお家が素晴らしいと褒めたばかりよ。きちんと倹約するなんて、なかなかできないことだわ」
ジョゼフィンは「信じられない」とふくれっ面をして、私の前の席に座った。左隣にアンジェリカが、右隣にセシリアが着席する。デボラが肩をすくめたので「大丈夫よ」と囁いて、教科書をデボラからよく見えるように広げてやった。
「おはよう、イザベル」
ルーカスが近づいてきて、デボラと一緒に座っている私を興味深そうに見つめて、小声で尋ねた。
「モーリー子爵家の令嬢と、仲良くすることに決めたの?」
「そういうわけではないのだけれど、話しかけてくれたから」
私の答えに、ルーカスは「そうか」とだけ返して、三列前のいつもの席に座った。
登校してくる生徒たちは、皆こちらをちらりと見る。デボラと一緒にいるのが、そんなに珍しいのだろうか。
「やあ、イザベル。いい朝だね」
「おはようございます、殿下」
授業が始まる直前、アシュフォード殿下が教室に駆け込んできた。そのまま私のところへやってきて、挨拶を交わす。この場面だけを見たら、仲の良い婚約者だろう。だけど殿下はそのままアンジェリカたちのところへ行って、笑顔で「おはよう」と告げる。
「さてと、授業を受けるかな」
殿下の席は、いつも一番後ろだ。授業が始まって五分と経たないうちに、いびきが聞こえてきた。先生もあきらめて、注意しなくなっている。私は自分のことのように恥ずかしく思いながら、ノートを取っていた。
◇◇◇
放課後、私は歴史の先生のところへ質問に行った。思いがけなく先生と話が弾んで、遅くなってしまった。あの三人に捕まらなくて済んだし、今日はいい日だ、と思っていた。
ほとんどの生徒は下校するか、お茶と軽食の出る食堂に行ってしまい、校舎はがらんとしている。廊下を歩いていると、人気のない教室から話し声が聞こえた。
「殿下。本当に私を側妃にしてくださるのですか?」
「ああ、もちろんだ」
聞き覚えのある声だった。教室の中を見ることができない。
「イザベルに教育してもらえれば、側妃になれる」
「イザベル様は、まだ婚約者ですけれど、私が怒られることはないでしょうね?」
「怒るはずがないだろう。イザベルの父は私の後見人だからね。イザベルはもう正妃も同然だよ。側妃の教育は正妃の仕事だろう? 婚約者だって同じことだ。アンジェリカも、ジョゼフィンも、セシリアも、君も、側妃にする。私の母も側妃だから、側妃を大切にするつもりだ。イザベルが正妃になれば、すべてうまくいくんだ」
「本当ですね? 私が側妃になることを前提に借金をしたので、保証してください」
「もちろんだ。一筆書いてもいいよ」
震える肩を、誰かの手のひらが優しく包み込んだ。びくっとして振り向くと、ルーカスだった。
「まさかとは思っていたけれど」
ルーカスは教室の中を覗き込んで、頭を振った。私も勇気を振り絞って、誰がいるのかを確認した。
話しているのは、アシュフォード殿下とデボラだった。
「大丈夫かい?」
耳打ちされて、私は「ごめんなさい」と答えた。声を震わせないようにするのがやっとだった。
「ここにいちゃいけない」
ルーカスは私を全身で包み込むようにして、校舎の入り口まで連れていくと、アイルズベリー伯爵家の馬車に乗せてくれた。そのままルーカスが住む屋敷へ向かう。
「ロッチデール伯爵家の御者には、家に戻るよう伝言を頼んでおいたから」
「ありがとう」
熱いミルクティーを、ルーカス自らカップに注いでくれた。一口飲むと、身体中にじんわりと温かさがしみわたり、ようやく息ができた気がした。
「殿下が、あんなことを考えていたなんてな」
ルーカスがぽつりと呟いた。カップを持つ手がかすかに震えた。
「側妃を迎えたいと思っていらっしゃるのは、うすうすわかっていたの。でも、まさか、私が側妃教育を、だなんて」
言葉が、せきを切ったように流れ出した。涙声で、ルーカスに訴える。
「正妃になった後ならわかるけれど、私はまだ婚約者なのよ。ルーカスの言うとおり、殿下がやっていることは不貞だわ。それなのに『側妃教育』という建前で、我慢しなきゃいけないなんて」
「我慢する必要なんてない」
ルーカスは厳しい声で言い切った。そしてベルを鳴らして執事を呼ぶと「ロッチデール伯爵のお宅へ行ってくれ」と命じた。
「イザベルが泣いている、と伝えて、我が家においでいただきたい、とお願いしてくれ」
「かしこまりました」
執事が去った後、私はとうとうしゃくりあげてしまった。ルーカスがハンカチを手渡してくれる。
「覚えているかい、このハンカチ。君が刺繍を習いはじめてすぐ、僕にくれたんだよ」
あまり上手ではない蔦の模様が、小さく刺繍されている。長い間私の刺繍を大切にしてくれていたのだ、と思うと、胸が締めつけられるような感覚がした。さらに涙があふれて、私はハンカチで何度も涙を拭った。
「イザベル!」
一時間もしないうちに、父が走り込んできた。よほど馬車を急がせたのだろう。父自身も、肩で息をしている。
「何があったのだ」
ルーカスは冷静に、アシュフォード殿下とデボラの会話について話した。続けて、殿下がアンジェリカたちに高価な贈り物をしたり、三人がいさかいをしては私を困らせたりしていることも、全て話してしまった。
「なんということを」
父は言葉を失ったまま立ち尽くしていたが、やがて「イザベル」と声を絞り出した。
「お前を苦しめて、本当にすまなかった。殿下が夜会で他の令嬢をはべらせているのは見かけたが、社交の範囲だと思っていた。まさか側妃候補にして、さらにお前に教育させようともくろんでおられたとは。我が家を馬鹿にするにもほどがある」
固く拳を握りしめた父は、ルーカスに「感謝する」と告げた。
「ルーカスがいなければ、イザベルにずっと我慢をさせてしまったかもしれない。何も知らずにイザベルを正妃にして、側妃を受け入れることも承知して……。そのような苦しみを許容することなど、できるわけがない」
「我が父にも話してください。微力ながら、私もお力添えいたします」
ルーカスはきりりと頭を下げた。いつの間にかたくましくなった背中を、私は泣きはらした目で見つめていた。
◇◇◇
私は学院に病気休暇届を出した。その届が受理されると、父はルーカスの父上、アイルズベリー伯爵と共に王宮に向かった。
「側妃様に、婚約を白紙にしていただきたいと申し入れてきた。ずいぶんとごねられたが、贈り物の話をしたら諦めてくださった。どうやらあの宝石類の出どころは、性質のよくない金らしくてな。私の戒めを全く聞き入れてくださらなかったのだから、後見人も降りるつもりだ」
父はうんざりした顔をして、紅茶にブランデーを注いだ。
「側妃様の本性を見た気がするよ。アシュフォード殿下がイザベルを苦しめたのも、側妃様の影響だろう。正妃様から推薦していただいたのも当たり前、教育を受けたのも当たり前だと思っておられる。あのような女性だとは思いもしなかった。親子そろって、外面は良いのだな」
紅茶を飲んだ父は、深いため息をついた。そして「本当にすまなかった」と頭を下げた。
「お父様、私は大丈夫です。……婚約は、いつ解消されるのでしょうか」
「国王陛下の裁可待ちだ。必ず解消されるから、しばらく田舎でゆっくりしているといい」
「ありがとうございます」
私は田舎の別荘で暮らすことになった。心が砕けそうなほど疲れ切っていたから、王都で噂に晒されるのには、耐えられそうになかった。
田舎は空が高く、空気もおいしい。ようやく息の詰まる日々から解放された。
「イザベル、鱒を釣ってきたよ」
ルーカスも一緒に来てくれて、別荘番の爺やと一緒に釣りに出かけたり、私と一緒に散歩をしたりして、ゆるやかな日々を共に過ごしている。
「こんな日がずっと続けばいいのに」
私がぽつりと漏らすと、ルーカスは微笑んだ。
「そうだね」
鱒は料理人がバター焼きにして、昼食に出してくれた。素朴な料理だが、とてもおいしい。学院で飲む紅茶は、高価なものだけれど味がしなかった。
「昼からは、丘の方に散歩に出ようか」
「ええ」
そんなことを話していると、メイドがやってきて口ごもった。
「あの、アシュフォード殿下がいらっしゃっています」
「アシュフォード殿下が?」
驚きのあまり、声がかすれた。婚約解消はまだ裁可されていないが、まさかこんな田舎にやってくるなんて。ルーカスが「僕が対応しようか?」と尋ねてくれたけれど、首を振って玄関に出た。
そこにいたのは、アシュフォード殿下だけではなかった。デボラも一緒にいたのだ。目を血走らせて、私を睨みつけている。
「イザベル様が正妃にならないとすねているせいで、アシュフォード殿下が困っておられます」
教室で話した時のおとなしさはどこへやら、デボラは金切り声で叫んだ。アシュフォード殿下は眉間にしわをよせて「イザベル」と情けない声を出す。
「君が正妃になってくれないと、彼女たちの側妃教育ができないじゃないか。困るよ」
「側妃の教育は、正妃の仕事であって、婚約者の仕事ではありません」
私は切れ切れに言うのが精いっぱいだった。ルーカスが厳しい目を二人に向ける。
「そんなことを言うために、わざわざ別荘まで来たのですか?」
「そうだ。デボラの家は、早期に側妃になることを前提として、高利貸しから金を借りている。私が保証人になっているから、このままだと私も借金をかぶることになるんだ」
「借金どころの話ではありませんよ」
ルーカスは凛とした態度を崩さない。「どういうことだ?」と、アシュフォード殿下が尋ねた。
「ロッチデール伯爵は、アシュフォード殿下の後見人をやめるとおっしゃっています。どういうことか、おわかりですね?」
「そ、それは」
さすがのアシュフォード殿下も、真っ青になった。借金どころではなく、自分の立場が危ういことに気づいたのだろう。デボラはきんきんした声を張り上げた。
「アシュフォード殿下は、王太子になれないということですか! そんなの、困ります!」
「……私は、困らないわ」
私はようやく自分を立て直して、デボラを見据えた。
「あなたたちは、勝手なことばかり。私の知らないところで側妃教育を押しつけようとしたり、高利貸しから借金をしたり。ご自身の行動には、きちんと責任を持ってください」
「うるさい!」
デボラは大声をあげると、玄関ホールに置いてあった花瓶を私に投げつけた。ルーカスがとっさに私をかばう。鈍い音がした。
「ルーカス!」
ルーカスは左肩を押さえていた。デボラはさらにルーカスに飛びかかろうとして、門番に取り押さえられた。アシュフォード殿下はただおろおろしているばかりだった。
「医者を呼んできて」
私は叫んだ。執事がすぐに外に走り出していった。ルーカスは「大丈夫だ」と微笑んだ。
「痛いけれど、イザベルがしてきた我慢に比べれば、大したことはない」
◇◇◇
デボラは格上の貴族に大けがをさせ、しかも理由が「借金を返せなくなった逆恨み」ということで、遠方の修道院に生涯閉じ込められることになった。事実上の流刑だ。
父は正式にアシュフォード殿下の後見人を降り、私との婚約も解消された。高利貸しからの借金は、すべてアシュフォード殿下が返すことになってしまい、さらに、贈り物を購入した金の出どころをルーカスの父上に追及され、「直轄地から国王陛下に渡すべき税を使った」と白状した。
側妃様とアシュフォード殿下は謹慎することになり、二人に支給されていた宮廷費は、借金と流用した税を返すのに充てられることになった。アンジェリカたちが側妃になるという話はもちろん立ち消えになり、三人は贈り物を返して、逃げるように学院から姿を消したらしい。
私とルーカスは田舎に留まっていた。ルーカスは左肩の骨が折れていた。幸い後遺症はなかったが、馬車での移動に耐えられる身体に戻るには、長い時間がかかった。
医者が毎日来てくれて、私はルーカスが元の身体になれるよう、身体を訓練させる方法を習った。一緒に体操のようなことをして、ルーカスの肩は少しずつ元通りになっていった。
「王都に戻りたくないな」
ルーカスがぽつりと呟いた。季節が巡って、いつの間にか秋になっていた。
「けれど、学院に戻らなくちゃ。巻き込んでしまったばかりに、卒業が遅れて申し訳ないと思っているの」
「そんなことはないよ」
動くようになった左手で、私の髪を撫でてくれる。いつだってルーカスは優しい。
「王都に戻ったら、きっとイザベルには縁談が来るよね」
「あれだけの騒ぎの後なのに?」
「イザベルは、学院でも人気があるんだよ。アシュフォード殿下の婚約者じゃなければ、と言っている男子生徒は大勢いた」
「そんなことないわよ」
ルーカスは苦笑して「控えめなんだね」と首を振る。
「ねえ、イザベル。僕と結婚してくれないか」
「え?」
私は驚いて、目を見開いた。
「王都に戻る前に、婚約を整えたい。ロッチデール伯爵に手紙を出したら『イザベルが良いと言ったら』という返事をいただいたんだ」
「もう、そこまで決まっているの?」
顔が赤くなるのがわかる。ルーカスは慌てた様子で「君が嫌なら」と付け加えた。
「無理強いはしないよ。イザベルの幸せが一番だからね」
私の幸せ。ルーカスが私のことを一番に考えてくれていることが、ただうれしかった。照れくさいのとうれしいのが入り乱れて、感情が昂ぶり、涙がにじむ。
「私、幸せになってもいいのね」
「もちろんだよ。君が幸せにならなくて、誰が幸せになるんだ」
ルーカスに肩を引き寄せられる。目を覗き込まれて、私は泣きながら微笑んだ。
「ありがとう、ルーカス。……あなたと結婚したいわ」
私たちは初めてのキスを交わした。小鳥がついばむような、不器用なキスだった。秋の日差しが、私たちを柔らかく包み込んでいた。




