9話 すれ違い、忍び寄る影
「あ、リンだー!」
「皆、元気だった?」
晴れた日の休日。リンは久しぶりに教会へと顔をだした。
午後の休憩時間を見計らったので、遊んでいた子どもたちが、リンの近くに集まってくる。
それぞれの頭を撫でたり、声をかけたり、リンは大人気だった。
「リンは、変わりなく?」
「変わらないよ、シスターヴァイオレット。僕が優等生なのは、よく知ってるでしょう?」
リンは、ヴァイオレットにいつもの給金を渡しながら、そう挨拶を交わす。
「今日は皆にお土産もあるよ。あとで食べてね」
「わーい。ありがとう!」
リンが片手に持った紙袋を、子どもたちへとアピールすると、とても喜ばれた。
たまの休日。街に買い物と情報収集がてら出掛け、時間があれば教会に行くのがリンの日課だった。
「ヴァイオレット。なにか変わったこと、面白いことあった?」
「そうねぇ。商人が言うには、物価がちょっと上がったそうよ。
なんでも、ミレット王国との国境の治安が悪いらしくって、輸出入にコストがかかるんですって。
うちはリンがかなり入れてくれるから、かなりの助かってるけど、国境が近いほど、経営が厳しい教会も出ててきるみたい」
――ミレットか、なんだか久しぶりに聞いたかも。
それはカメリアの母国の名前だった。
子どもたちの勉強会の準備のために、リンはシスターと教会の中へと進む。
「確かに。街道警備の人員は増えたかも、そういうことだったんだ」
「リン、怪我には気をつけてね」
「ヴァイオレット。僕は怪我しないことで、ちょっと有名になってきたんだよ、任せて」
リンが怪我をして意識を失ってしまえば、性別がバレて一発アウト。
そのため対格差などでキツくなってから、リンは密かに、魔法を使うようになった。
下積み時代に知ったのだが、魔法使いはかなり希少で、ここアスフォデル国の保護対象にもなるそうだ。
必然的に、魔法使いを知る者がそもそも少ない。
リンがちょっと小技で使ったとしても、魔法使いとしてバレるリスクがないのだった。
魔法使いの多くは、念じるだけで自然現象に影響を与えるというのが一般的だ。
リンは風を使って家出をしたし、仕事中にも風で剣筋を僅かに反らせたり、駆ける際に追い風を使ったりしている。
――下積み講義では、アスフォデル王家は、ちょっと変わった魔法使いの血筋だと、さわりを習ったけど。
何事も例外や特例はつきものだろうと、リンは解釈していた。
そして前世の魔法知識は、かなり片寄っていたんだなぁとも。
――保護対象なのかぁ……。私、処刑されたけど。
何が正しくて何が間違っているのか、分からなくなりそうだ。
◇◆◇◆◇◆◇
「頼まれてた従騎士の、候補一覧です」
部下から手渡された資料を、パラパラとめくる。そのうち一枚に、気になる文章を認めて手を止めた。
「……青、髪?」
「ああ、それ。一応上官に確認はしましたが、入隊時は確かに青だったらしいです。ただ今は、青めのグレーの髪色だそうで……そもそも、それ少年ですよ。お探しは、少女でしたよね?」
「……ああ」
短く答えて、名簿の写しをさらに見る。
――リン。教会の孤児院出身、天涯孤独。入隊時年齢十一。体型、細め、小柄。
特徴、力は非力ながら回避に優れ、機動力、立ち回りがうまい。
教養、知性に目を惹くものあり、か……。
「任務を頼む時に一応、お前が直に確認してくれ。孤児院の経歴を特に」
「はぁ。まぁいいですけど。彼らを本当に、潜入させるんで?」
渡された資料を、部下へと差し戻す。
部下は資料を確認しながら、口を挟んできた。
言外に本当にやるのか、やめるなら今だぞと言っているようだ。
「あの国は必ず滅ぼす。それが覆ることはない。数も揃ってきただろう、まだ何か問題が?」
即位して四年、全てを結果で黙らせてきた。
それに今さら異を唱えるのなら、この男も理由をつけて処罰しなければならないだろう。父のように。
――この国だけは。
そう意味を込めて睨み付ければ、部下は肩をすくめるだけだった。
「ないですよ。先見の明が高いのは、即位前から存じてます。なにかよほどの理由があるのだろう、とも。だからこそ、陛下が心配なんですよ?」
「私の心配をするのなら、早く、彼女を見つけだせ。そのためにも、先ずはあの国だ」
――ミレット王国があるかぎり、彼女は幸せにはなれない。




