第6話 花の思い出と基礎訓練
寄せ集めの雑魚寝で横になれば、泥のように眠りに落ちた。リンは懐かしい夢を見た。
カメリアが、家出をするため屋敷の中を忙しなく動き回っていた時だった。
日に日に、メイド達の目が厳しくなったように感じたある日。
子どもらしく過ごす日も必要だろうと、カメリアは庭に出て花を見て回っていたのだ。
『……りんどう』
ジェンティアンの家紋と同じ植物を、カメリアは見つける。
今は春の終わり。咲くのはまだまだ先で、今は蕾もなかった。
『ジェンティアン嬢っていうんだ。可愛い花の名前だね。僕の国では、竜胆って言うんだよ』
カメリアは、母に連れられた王城のお茶会で、ロスに出会ったことを思い出した。
彼はそんなに年も変わらないだろうに、植物の造形にとても詳しかった。
それに、この国の言葉遣いも完璧だった。
――どうして、忘れていたんだろう。
カメリアは、竜胆の葉に手を添えて、そっと目を伏せた。
他国の来賓を招いてのお茶会で、他国の子どもだという彼と過ごした時は、とても楽しいものだったのに。
『……あ』
気持ちを切り替えて歩いた先に、小さな池を見つけた。
そこには、水面にまっすぐ伸びた蕾がなっていた。
『なんだっけ?』
これも、彼に教えてもらった気がする。大切な記憶だったはずなのに、カメリアはうまく思い出せないでいた。
しゃがみこんで、物思いにしばらく考えていた。
『ありゃ蓮ですね。お嬢様』
『ありがとう。蓮っていうの、そっか』
教えてくれた庭師に礼を述べて、カメリアは繰り返す。
けれどもちょっと、違和感が残ったままだ。喉元まででかかって、言い表せない感情がそこにある。
――腑に落ちないのは、なぜだろう?
『今年も、立派な花を咲かせますよ。楽しみでしょう、お嬢様?』
『あら、どうして?』
その言い方だと、カメリアが蓮に思い入れがあるように聞こえた。
この胸の思いに対する答えを、庭師は持っているのだろうか。
『出過ぎた真似をしちまって申し訳ねぇでさ。野暮なこと言っちまった。忘れてくだせぇ』
『まぁ、気になって夜も寝れなくなってしまうわ。ねぇ、教えてよ』
子どもらしくカメリアがせがんでみれば、庭師はなぜか戸惑っていた。
『……参ったなぁ。悪気は無かったんですよぉ。
お嬢様が三年ほど前に、蓮を植えたいって旦那様にお願いして、この池が出来たんでさぁ。
昨年までは楽しみにしてらしたので、つい。気を悪くしたなら、すんませんねぇ』
『ううん。教えてくれてありがとう』
子どもの興味関心は移ろいやすい、庭師はその事に対して、失言したと思ったらしい。
父にお願いしてまで植えた蓮、カメリアにとってそれはそれは、大切なものだったらしい。
――でも、ならどうして忘れているの?
今のカメリアは蓮を見ても、違和感しか感じない。死に戻ってから、カメリアはどこかおかしくなったのだろうか。
ロスのこともそう。カメリアはきゅっと胸の前で手を握った。
分からないことが、分からなくて辛い。
『ねぇ。この蓮はいつ咲くの?』
『夏の前ですから、まだ先になりますなぁ』
『そう。ありがとう』
咲いているところを見れば、何か思い出せるかもしれない。
カメリアは期待して庭師に訊ねたが、どうやらそれは、叶わないらしい。
――暑い中の旅は危険だもの。夏より前に出なくちゃ。
カメリアはしばらくの間、蕾を見つめていた。けれど、何も思い出すことは出来なかった。
◇◆◇◆◇◆◇
翌日。昨日よりも周りの人数が減っていた。夜まで及んだ訓練に、脱落者が出たのだろう。リンも、あちこち筋肉痛を感じていた。
――懐かしい夢を見たなぁ。
国としては、数が減るのは惜しいかもしれないが、リンにとっては戦力が減って助かるのだった。
――私は、一兵卒では終われない。どこかの国を攻められる前に、のしあがらないと。
万が一の時に、知り合いを助けられるように、敵の懐に潜り込んだのだ。
情報を得やすい場所か、現地に飛び込めるだけの立場を手に入れたい。
早朝からの過酷な訓練。教会での生活のお陰で、大人には劣るがリンは同年代の中では、なんとか追いつけていた。
このまま、魔法を使わずに済めばいいとリンは考えていた。魔法を使える者は、希少なのだ。
国外の失踪した令嬢などと、バレてもいいことがない。これから情勢が傾くのなら、なおさらだ。
普段の生活では必要なく、リンは教会に入ってから、一度も魔法を使っていなかった。
「各自、木剣を持って素振り二百!」
昨日と同じ昼食を胃へと押し込み、午後の訓練が始まった。




