第5話 二度目の人生、男として生きる
「リンー。これ、干場に持っていって」
「はーい」
青空の下、十一歳になったカメリアが、たくさんの洗濯物を抱えて運んでいた。
散切り頭だった髪は、綺麗にベリーショートへと揃えられ、リンと名乗り男の子として過ごしていた。
『親に売られそうになって、逃げてきた』
家出をしたあの日。国境の山奥で数日間、カメリアは衣服を泥水につけたり、髪を汚したり平民に見えるよう不衛生に装った。
そして、隣国の教会へと身を寄せたのだった。
――ミレット王国には孤児院が王立の一つだけだったのに、この国は多いよね。
治安の良いところを選んだからか、リンが愛想良く過ごせば、生活面では一通りなんでもこなせるようになった。
あれから一年。リンとして呼ばれることにも慣れ、生活に馴染んだと思う。
教会を卒業する時には、リンは市井で普通に暮らしていけそうだ。
「――新しい国王様、どうしちゃったのかしら」
「冷酷王、でしょう? 少し前まではとても良い方だったのに。
やっぱり若すぎるのよ、だって十五歳でしょう?」
「また、何かあったの?」
洗濯場のシスターたちが、噂話をしていた。
王に関する噂を聞くのは何も初めてではない、教会の外でもリンは時々耳にするからだ。
新王の戴冠式も、教会の子どもたちと一緒に、遠目に見ていた。
流れるような淡紫の髪に、整った顔立ちの美丈夫だった。
――存在感がすごかったなぁ。
周りの騎士に囲まれれば、背が低く子どもの名残りが感じられた。
けれど、民衆に応えるでもないその表情は、おおよそ血の通った人間には見えなかった。
「おや、リン。アンタ男なのに、本当に噂話が好きだねぇ」
「そう? 教会を出たら自立しなきゃだし、時勢は大事でしょ?」
「まぁ……それだけ賢いからこそ、親元から逃げて来れたんでしょうね。
普通は荷物だけ置いたら、男の子はさっさとどっか行くものよ」
とぼけて答えたリンは、いつもこうして噂話の話に混じっていく。
情報収集は外交の基礎、前世からの癖のようなものだった。
――死ぬ前は、隣国の王が替わるなんてなかったのに。
死に戻る少し前、外交先で会った王は病に侵されてはいたが、まだ現場に立っておられた。
――だって王様、まだ生きてるよね?
六年前の今なら、病は発症していないか、もっと後のはず。
現時点で、王位を譲ったなど起きていなかった。
「どうして変わったんだろ?」
「ん? どうした。リン?」
ボソリとしたリンの呟きは、シスターたちには聞こえなかったらしい。
「王様が、どうかしたのかなって」
「ああ、今回はどうやら、徴兵を大々的にかけるらしいよ」
「即位してから、人事をごっそり変えたっていうしねぇ。人手不足かねぇ」
「それがなんでも、どっかの同盟を止めて、宣戦布告するんじゃないかって言われてるよ。商人が言ってたからさ」
シスターが口々に言いながら、洗濯の手を止めて話に夢中になっている。
「ええ、内だけじゃなく、次は外に向かうの?」
「戦争なんて、もうずっとなかったのに、どうなるのかしら。なんで誰も止めないのよ」
リンは洗濯物を干しながら、聞き耳を立てていた。
その頭の中では、周辺国家の地図が広がっていた。
――どこ、どこの国との同盟を、破棄するの? いいや、攻めるとは決まってない。まだ、噂だ。
母国を含め、周辺国は同盟を組んで交易を行い、争いとは無縁だった。
過去、カメリアとして各国とはそれなりに知り合いもいた。
どこに攻めこもうと、他人事とは思えない。
――お父様、お母様。
もし、生家が戦争に巻き込まれたら。カメリアが家出して、死を回避した意味がなくなってしまう。
握りしめた洗濯物に、皺が刻まれた。
いけないと、リンはその服の皺を魔法で伸ばす。
「ねえ。その徴兵、僕も志願出来るかな?」
リンの口から出たのは、生存とは逆の行為、家族を守りたい一心の、決意の現れだった。
――だって、流されるままだと、大切なものを守れない。
◇◆◇◆◇◆◇
ざわざわとざわめく兵舎で、リンは支給品の訓練服へと袖を通す。
『えらくちっさくてひょろいなぁ、やってけるのか? 坊主』
『教会からの推薦状は提出したでしょ。後ろもつかえてるから、役人なら早く手続きして』
教会では、品行方正にリンは過ごしてきたから、すぐに許可が出た。
募集場の手続きでは、駆り出されただろう役人がからかってきたくらいで済んだ。
誰も、リンが女だとは気づかなかった。
「着替えた者から、順に食事を受け取れ。その後、午後から部屋割り、規則説明、訓練とする。以上!」
指揮官がそう宣言し、部屋を出ていった。
リンも手際よく着替え辺りを見渡す。貴族や商家のような身なりのいい者は居らず、平民の寄せ集めだった。
――噂を聞いていたら、普通は志願しないよね。
戦争に駆り出されるための、徴兵かもしれない。それは命の危険と命の略奪の世界。
長らく平和な生活を送っていた国民たちには、ハードルが高いだろう。
それでも志願するのは、生活に困った者たちや訳ありの者たちくらいのものだ。
「うわ、これだけかよ」
「食えるだけ、ありがたいだろ」
そんな食事への不満も、方々からわずかに聞こえた。
――食べられるだけ、贅沢でしょ。
リンの持つトレーには、パンとスープ、水がのせられていた。教会よりは幾らか質素なメニューではある。
けれど軍行などになれば、満足な食事の方が難しい。席について、リンは黙々と食べた。
貴族牢に入れられることなく、劣悪な地下牢に入れられたカメリアにとっては、十分贅沢な食事だった――。




