第4話 新しい未来を願って、少女は姿を消した
ある日カメリアは、字の練習がしたいとねだって、たくさんの便箋とペンなどを用意してもらった。
夜な夜なの魔法の練習と合わせて、こっそり皆へと宛てた手紙をしたためていく。
バレないように、日中は父や母を始めとして使用人たちにもカモフラージュのための手紙を書いて、感謝の言葉として渡していた。
――悩んだけれど、本当のことを書いた方が、お父様は探さないでいてくれるかもしれないもの。
ぽたり。雫が落ちて、便箋に染みを作る。
いけないと、カメリアは手を止めて涙を拭った。せっかく書いた手紙が、渡せなくなってしまう。
書き終えた手紙に天が味方をしたのか、翌日どんよりと暗い、雨の日だった。
夜、寝たふりをやめたカメリアは、静かに起き上がった。
まず、カメリアはチェストの二重底を外して、手紙の束を回収し机に並べた。
父、母、アイリス、その他には、関わりのあった者達へとまとめている。
――時間差で、少しは冷静に見てくれると良いわね。
そして一通のみ、カメリアは日頃の装飾品を入れる小箱へと忍ばせた。死に戻る前の、前世を書いた手紙だ。
そこからさらに、手紙と一緒に仕舞っていたお手製ナイフを取り出す。
魔法が使えると分かった時点で、カメリアの心に余裕が出来た。
当初の計画を大幅に変更することが出来たのだった。
その一つがこのお手製ナイフ。
男装するには先ず、髪を切らなければいけない。けれど刃物の入手は困難で、諦めていた。
魔法の練習をかねて、手のひらよりも小さい石に風を当てて鋭く削って作った。
思ったよりもハマってしまい、石製のナイフは鏡面になるほど滑らかな仕上がりだ。
――ふふ、良い出来よね。
さらに以前調達し損ねた古布だが、手紙の隠し場所を探した時に偶然見つけた。
チェストに、着なくなった古い服が入ってあったのだ。
――着替えはいつも、メイド達任せだったものね。盲点だわ。
今のカメリアの家出を止められる人間は、ここにはいない。
家出した直後、時間稼ぎのために隠蔽する必要もなければ、見つからないように、こそこそと動き回る必要もなくなった。
チェストから、サイズアウトした寝巻きと外套を出して、寝巻きに着替えた。
外套は、ベッドの上に広げて置く。そこに、以前執事からもらった硬貨を数枚乗せた。
机に置いたお手製ナイフを手にとって、反対の手で一つにまとめた髪へと当てる。
――さようなら、令嬢のカメリア。
首の辺りから、ナイフを左右に動かして、ざっくりと長髪を切った。
カメリアの頭が、すっきりと軽くなる。
カメリアの手に残った髪の束とナイフを、硬貨と一緒に外套へとくるんだ。
とことこと、カメリアは包んだ外套を抱え、窓に向かって歩いていく。
ゆっくりと扉を開けて、濡れるのも構わずにそっと外へと出た。
ざあざあと雨は降り続けていて、吹き抜ける風は少し冷たい。
暗く広がる空は、止む気配がなかった。
雷の心配もなさそうだ。見上げた空に一つ頷いて、カメリアは音を立てずに窓を閉めた。
両手を窓に添え、カメリアは俯き額をあてると目を閉じて、別れを告げた。
「さようなら。お父様、お母様、アイリス。皆、大好きよ」
その小さく震える声は、降りしきる雨に拐われて誰一人として聞くものはいない。
頬を伝う温かなものは、雨に溶けてなくなった。
そっと窓から手を離す。ふわりとカメリアの身体が、宙へと舞い上がった。
猛練習した風魔法だ。初めて飛び上がった空は、とても広かった。見下ろした屋敷の小ささに、カメリアは口だけを動かした。それが、音になることはなかった。
――カメリア・ジェンティアンは、今日で居なくなる。
明け方まで続く雨の日に、忽然と一人の子どもが姿を消した。
◇◆◇◆◇◆◇
お父様へ。
この手紙をお読みになる頃には、私は屋敷を離れていることでしょう。
ジェンティアン家の血筋から、私の名を除外していただきたく存じます。
どうか、私を探すことに手を煩わせぬようお願いいたします。
突然のことで、驚かれることと思います。
しかし、これ以上貴族としての役割を果たすことができない自分を、受け入れざるを得ません。
十年の間、父母のもとで育てていただき、心から感謝しております。
この幸せな日々を忘れることはありません。
本当に、ありがとうございました。
カメリア・ジェンティアン




