第29話 全て残らず焼きつくそう
ずしりとした重さを感じて、ライラックが視線を下げれば、目蓋を閉じて眠る彼女が映った。
「おやすみ。目が覚めたら、悪夢はもう二度と起こらない」
そっと額に口づけをする。どうか彼女が少しでも良い夢を見れますように。
彼女の浅い呼吸と顔色の悪さが、気がかりではあるけれど、ライラックには、今どうしても、片付けなければならないことがある。
それは彼女が言った、要救助者だけじゃない。
この施設の全容全て、ライラックは誰にも見せる気がなかったからだ。
不祥事の証明は、ミレット王国の王族さえ生きていれば事足りる。証人も罪人も物証も必要ない。
――リアがそうなったかもしれない可能性など、誰一人として知らなくていい。
地下の通路、そこから見える開いた扉と開いてない扉。
その違いを、ライラックは知っている――鍵の有無だ。
「見ていなくて、良かった」
ライラックは一瞬その瞳に熱を混ぜて、静かに微笑んだ。
首の枷は腹立たしかったが、あれがなければ彼女のことだ、全ての扉を開けていただろう。
どちらが良かったなどと、言うつもりもなかったが。
――そもそもこの国が、馬鹿げたことをしなければ。
氷塊が落ちたように、しんと冷えたその思考。ライラックは、アスフォデルの若き冷酷王として気持ちを切り替えた。
彼女の傷にその揺れが伝わらないよう、一つ目の鍵の扉を魔法を使って蹴破った。
室内を忌々しげに見つめ、ライラックは吐き捨てた。
――何度見ても、胸くそ悪い。
「……安らかに、眠れ」
壁際と中央、三つの棚が並び、そこかしこに並べられた瓶の数々。
ライラックの呟きに呼応して、風が吹き荒れ、どこからともなく火の手が上がる。
棚が倒れ、瓶が次々と落ちて割れた。中身が床へと広がりそれすらも包み込んで、ごうごうと部屋が燃え始める。
それは本来なら国の宝として、守らなければならなかったはずの数多の命の残骸。
――塵も残さず燃え尽きろ。
部屋に背を向け、ライラックの足音だけが通路に静かに響く。
二つ目の鍵の扉も同様に蹴破って、同じように室内を荒らして火をつける。
そこには円柱の水槽が幾つもそびえ立ち、中に何かが蠢いていた。
人の狂気が生んだ、成れの果て。
通路に所々倒れている男。彼女が倒したのであろう、それら。
ライラックは一切の視線を向けることなく、その生死に関わらず、通りすぎざまに雷撃を放ち、灰も残さず消し去っていく。
「あー?」
次の扉を蹴破れば、檻の向こう、手を伸ばす白い服の子どもたちがいた。
首には例外なく枷が嵌められた――ミレット王国の魔法使いたち。
「うー?」
「ああー」
「《人に危害を加えてはいけない》」
檻の前へと進み、ライラックへと手を伸ばす彼ら彼女らに、ライラックは特殊な音階で命令を下す。
「あー!」
「《ライラック・ロータス・アスフォデルの命に従え》」
「う!」
言葉を失った子どもたちに、一歩下がるようライラックは言い、檻を破壊した。
「階段を上り、人間を守って待機しろ」
ひょこひょこと扉の外へと出ていく子どもたちは通路を進み、それぞれに階段を上っていった。
子どもたちの将来はすでに、大国グラジオラスに一任してある。
今はとりあえず、暴走さえしなければそれでいい。
ライラックはそれからも通路を回り、取捨選択をしていく。
「……帰ろう、リア」
建物から彼女が守ろうとした、その全てを救い上げ、ライラックは振り返らずに森を後にする。
その背後、地中から吹き出る火柱が天を貫き、煌々と辺り一帯を照らしていた。
数日燃え続けたかの地には、建物も植物も何もなく、ただ巨大な穴が空いているだけだった――。




