第27話 もう離さないと決めている
立ち塞がる壁も、兵も、全て邪魔だ。
目の前を隔てるそれらは、全て吹き飛ばし、ただ前へと進む。
やっと彼女の、痕跡を見つけた。ずっと探していた、彼女をようやく。
休息を取らずに突き進んだせいで、目的の森に辿り着く頃には、馬は疲弊していた。
これ以上走らせるよりも、降りて走る方が早い。
馬から降りれば、ジニアとか言う少年が追いついていた。
――骨はあるか。
疲労困憊の彼にさっと目配せし、馬を任せた。
森をじっと見据え、踏み込む足に瞬間的な加速を掛ける。過ぎ去っていく木々の合間から、白いフードのマントがちらついた。
いちいち相手をするつもりはない。指を鳴らして、ちらつく影の方向へと雷撃を放った。
雷撃に打たれた木が轟音を立てて倒れ、燃える。
そこかしこで火の手が上がり、繰り返すうちに、白い影は見えなくなった。
目の前に見えた建物、その窓から僅かな青がちらついて――消えたとたん、ブツリと、頭の中が真っ白に染まった。
目の前を、青白い閃光が埋め尽くす。
爆発が轟き、ガラガラと崩れる瓦礫と立ち込めた煙の中から、青を見つけ、身体が前へと駆け出した。
抱きしめた温もりに、生を実感する。
強張った身体に、その意思を実感する。
「っ! ……ああ。――っリア!」
――生きてる。良かった、間に合った。生きていてくれた。
「リア、リア。リア!」
彼女の胸に顔を埋めて、何度も名を呼んだ。ずっとずっと呼びたかった、その名前を。
ぎゅうっと抱きしめて、彼女の異変に気がついた。
抱きしめる力を緩めて、彼女のその首にあるものを見つけ、剣呑に目を細める。
――なんてものを、またつけてくれるんだ。コイツらは。
「リア。少し我慢して」
首の枷を握り、思いのままに熱と電撃を手に宿らせる。バチバチと枷全体に火花が散り、手で触れた部分を溶かし破壊した。
装着者の自由と魔法を封じ、無理に外せば起爆する仕組み。
構造を知っていれば、後は、起動条件よりも早く、壊せばいいだけの代物だった。
解放された首に手を当て、咳き込む彼女。
ジャラと音を響かせた、彼女の手にそぐわない無粋な手枷も、熱で溶かし破壊する。
彼女の全身を見れば、ボロボロだった。
「ごめん、リア。遅くなって。
顔をよく見せて、目は? 耳は? 怪我以外におかしなところは、ない?」
――ああ、人任せにしなければ。
頬には裂傷。両腕には焦げた火傷。手の骨は幾つか砕けているだろう。手の甲の内出血と裂傷が、ここでの苦戦を裏づけていた。
誰かを庇ったのか、報告にあった矢傷だけでなく、その背中には火傷が広がっていた。
全身に擦り傷と打ち身が無数にあって、痛々しい。
――私が、不甲斐ないばっかりに。
かつて幼く愛らしかった令嬢は、身一つで我が身を犠牲に戦う、立派な兵へと成長していた。
「けほ……、あの、アス、フォデル陛、下?」
見つめてくる瞳に嬉しくて微笑めば、彼女はただ不思議そうに、眉を寄せた。
ジェンティアンの別名、竜胆からリンと名乗っただろう彼女。
その心に僅かでも思い出がと、期待したけれど彼女の反応から、それは無いことが分かる。
けれど、それでもいい。そんなことは些細なことだ。
――良かった。この瞳に光があって。
涙で濡れる彼女のルビーの瞳は、昔と変わらず綺麗に輝いているのだから。
――たとえ、リアが覚えていなくても。その心に私がいなくても。
ツキリと胸に僅かな痛みを感じながら、彼女の頬の汚れを優しく拭う。
その瞳に、少しでも自分が映るようにまっすぐ見つめて優しく語りかけた。
「ロス。ロスだよ、リア。覚えてない? ライラック・ロータス・アスフォデル。それが私の正式名称だ」
泣きたい気持ちを抑え込んで、彼女に微笑んで見せた。
自らの上着を彼女へとかけて、サッと抱き上げる。
――早く、治療を受けさせなければ。
「陛下! 奥にまだ、救護対象者が。それに、汚れて、しまいますっ」
「構わない。働きに見合った褒美を受けとるべきだ。……リア、君にはただ、私の無償の愛を受け取ってほしいけど、ね」
真面目な彼女は、国王に抱かれることを良しとしなかった。
それに寂しさを抱きながらも、抱き抱えるその手に力を入れた。下ろすつもりは微塵もない。
「さぁ、部下の功績に華を添えよう。ここのことは全て把握している。なに、心配は要らない」
だから気丈に振る舞おう。彼女が陛下と呼ぶのなら。




