第23話 ライラの怒りの向かう先
「……」
ジニアは後ろに手に組み微動だにせず、目の前をまっすぐに見返した。たらりと、冷や汗が頬を伝う。
ジニアの目の前に、長身のそれは見目のいい淡紫の髪に金の瞳の男が、腕を組んで立っている。
不機嫌を隠しもせず、視線だけでジニアを刺せそうなほどだった。
――ライラック・アスフォデル陛下。
先王が存命の中、立太子せずに異例の即位を果たした若き王。
即位後からの内政改革はかなりの強引さで、その噂は市井にまで流れた。
それと同時に行われた大規模な徴兵は、市井ではさまざまな憶測を呼んだ。
けれど、ここ数年はそういった不穏な様子もなく、アスフォデル国内は現王の采配にも慣れ、落ち着きを取り戻しつつあった。
軍内部でも、即位時に不正が一斉摘発されたとあって、陛下に対する支持が上がっている。
行政も軍も、陛下の采配で結果としてかなりの質向上へと繋がったのだ。
数日前にアスフォデルの軍で配られた、ミレットで作られたという人相書。
ジニアはそれを見て、すぐにリンだと思い至った。
ジニア以外の誰も、魔法使いの少年二人という先入観で、気づいていなかったけれど。
――やっぱり陛下絡みなのか。ミレットの貴族ってだけが、理由なのか?
あの後、リンによって墜落させられたジニアは、火の玉を投げて威嚇してきたウィローと、まず話し合いを試みた。
――リンは、俺に絶大な信頼を寄せすぎだ。
リンとの関係を示すものが何一つ無い中で、ジニアはどうやってウィローの味方と証明すればいいというのか。
アスフォデルの隊服を身にまとっていても、ミレット出身のウィローに通じるはずもない。
ウィローの体力切れを待つしかない鬼ごっこは、なかなかに骨が折れた。
攻撃の意思は無いと剣まで放って、両手を上げて、ジニアは話を持ちかけた。
そうしてウィローが持ってきたのは、リンから預かったという報告書の束だった。
『リンが捨て身なのは、これのせいか?』
ジニアに渡されても、提出先が分からない。触りの事情だけは、リンから聞いていたが肝心なことは聞けていなかった。
ジニアは仕方ないと覚悟を決めて中身を読めば、なんとも胸くそ悪い内容だった。
夜明けを待って下山したのだが、この下山も一筋縄ではいかなかった。ここを行き来していたというリンがおかしい。
急斜面に何度もヒヤリとした。人が拠点にするところでは絶対にない。
――人目を避ける、で言えば優秀か。
駐屯所へ行けば、医務室で会った男がそれはもう怖い笑顔で出迎えてくれた。
ウィローとリンの書類を渡して謝罪をすれば、ついてこいとジニアが通されたのが、この部屋だった。
ウィローは、女性隊員がどこかへ連れていった。
「――っ」
アスフォデル王は手を無造作に払い、ジニアへと青白い稲妻を放った。ジニアは内心驚くも、動かずに耐えてみせた。
ジニアの真横の壁が、焦げて煙をあげていた。
不用意に動いていたら、逆に当てられていたかもしれないと思う。
「ちっ」
避けないジニアに、アスフォデル王は忌々しげに舌打ちした。
リンの書いた報告書に目を通し、それを部下へと投げつける。
そうして、指示とも呼べない命令をアスフォデル王は下した。
「俺はもう出る。あとはアスター。お前が指揮を取れ、必要なら父上も使え」
「ライラ、せめて誰か連れてって下さい!」
出掛けるのだろうアスフォデル王は、壁に立て掛けていた剣を手に取った。
そのまま出ていこうとする王に、部下がせめてと、素で声をかけている。
「お前、名前は」
「は。ジニアです」
「来い。ついて来れるならば」
すれ違いざま、ジニアに向けてそれだけ言うと、アスフォデル王そのまま立ち去った。
――軍規違反の俺に選択肢はない。なにがなんでも、ついていくしかない。
ジニアは迷うことなく、王の後ろを追いかけた。
「あー、もう。そこ、前王陛下と宰相に政務、丸投げで伝えてきて。
事前の取り決め通り、全軍に通達も急いでね。騎士団長に指揮任せるから、整い次第ミレットに出発する。ああ、あとここの女性軍医連れてくから。
宣戦布告は、僕が持って乗り込むとして。
……こりゃ、ライラと競争だなぁ」
ジニアが後ろを一度振り返ると、残された部下が髪をかきむしりながら、関係各所に慌ただしく指示を出していた。
その手際の良さに、ジニアは思い出した。
アスフォデル国は、ミレット王国を攻めるつもりだった、というリンの言葉を――。




