第22話 幸せな夢と始まる地獄
小さな手を、モジモジと前で交差させる。
周りの令嬢は皆、年上でしっかりと自己紹介をしていた。
回ってきたカメリアの順番、未熟なカーテシーで名乗りをすれば――。
『カメリア・ジェンテ、アンですっ』
――噛んじゃったぁ!
思いっきり失敗をしてしまう。
恥ずかしさで顔から火が出そう。マナー違反と分かっていても、羞恥でカメリアは手で顔を隠してしまう。
『ジェンティアン嬢っていうんだ。可愛い花の名前だね。
……僕の国では、竜胆って言うんだよ。
他国の言葉と言うものは、不思議だね。発音が違うのに、全く同じものを指すんだ』
『ジェンティアンはお花なの? お花の名前、皆、違うの?』
恥ずかしさはどこへやら、持ち前の好奇心が勝って、膝をついて目線を合わせてくれた彼に、カメリアは気づけば質問をしていた。
『そうだよ。言葉は国によって、違うからね。何も花に限った話じゃないよ。本当に、いろいろあるんだ』
『それはとっても素敵ね。私もっと語学のお勉強、頑張るわ。そうしたら、もっとお話出来るかな?』
手で握りこぶしを作って、息巻くカメリア。
令嬢としてはアウトだろうに、彼はそれでも笑ってくれた。
『出来るよ。僕の国の言葉で、君と話が出来るのも楽しみにしている。
ミレットとアスフォデルは、元々は一つの国だったと言われてるから。
花の名前を子どもにつけるところとか、習わしや言葉も繋がっているから、覚えやすいと思う』
初めて出会った彼との会話が楽しくて、夢中になって話をした。
彼はお茶会の会場となった、王城内のガーデンパーティーを利用して、花の名前を二か国語でそれぞれ教えてくれた。
『僕の名前、ロータスって言うのもね。蓮って花から来てるんだ。面白いよね』
気がつくと他の令嬢はおらず、カメリアと彼の二人になっていた。
彼は手で蓮を模して、こんな花なんだと教えてくれた。
『はす、ロータ、ス?』
『発音が難しかったら、ロスでいいよ。母上も父上も、ロスって呼ぶから。僕もカメリアって呼んでいいかい?』
『お母様はリアって呼ぶわよ? だから大丈夫!』
にこにことしてカメリアが答えれば、彼はとても嬉しそうに微笑んだ。
『リアは可愛いね。僕、リアが大好きだよ』
カメリアの手を取って、彼は顔を赤らめ、はにかみながら言う。
『可愛いリア、君に一目惚れしちゃった。いつか必ず迎えに来るから、待っていてくれる?』
『リア、待ってるよ』
無邪気に答えるカメリアに、彼は目を丸くした。
『ふふ、幼いリアが約束を忘れないように、僕も頑張るよ』
愛おしいものを見るように目を細めた彼に、まさか言葉通りそこまで本気だったとは、当時の幼いカメリアは知らなかった――。
◇◆◇◆◇◆◇
目を開けたリンは、肩の鈍い痛みに顔をしかめた。
じっとりと濡れて張りつく感触から、傷口が開いたのかもしれない。
――せっかく痛い思いして、縫ってもらったのになぁ。
じゃら、と金属の擦れる音がする。リンの両手に鉄の手枷が嵌められ、上の方で固定されいた。
――懐かしい、夢。みてたのになぁ。
「お姉ちゃん、大丈夫?」
リンの目の前に数人、木で出来た手枷を嵌められただけの子どもたちがいる。手枷の先に鎖はついていない。
相手が子どもだから、そこまで警戒がないのだろう。
そのうちの一人の女の子が、心配げに声をかけてくれた。
口にも布が当てられて、声を出すのも億劫だったリンは、それに頷き返す。
リンの身なりは、ジニアが贈ってくれたワンピース姿のまま。
髪は短くとも、完全に女の子として周りが認識出来るのだった。
――着替えとけば、良かったな。
女の見た目は、それだけで過去の無力なカメリアと重なってしまう。
ふうと静かに息を吐いて、リンは立ち上がった。手枷の位置が近くなる。
リンは伸びきって痺れた腕と肩をほぐし、緩くなった鎖と繋がった壁とを観察する。
――そう簡単には、取れそうもないか。
せめて魔法が使えたら、とリンは思うけれど、捕まる際に封じられたままだった。
ちらりと視線を下げる。座っている子どもたちが一様に、リンを見て不安そうにしていた。
「今度こそ」
布のせいでくぐもった、リンの小さな呟き。
子どもたちもここも、リンは知らない。
考えるとズキズキと痛む頭が、思い出すことを拒絶している。
かつて断罪されたカメリアが、処刑されるまで過ごした場所がここだった――。




