第2話 過去にすがることを止めて、新しい未来のために
「お嬢様。少しだけでも召し上がりませんか?」
「……ごめんなさい。食欲がないの」
アイリスが訊ねくれるが、カメリアは首を横に振った。アイリスは頭を下げ、食事を持って退席する。
扉が閉まるのを見届けて、カメリアは息をついた。
――どうして、なの。
数日寝込み、ようやく熱が下がったカメリアは未だ、現実を受け入れられないでいた。
アイリスに、それとなく年齢を聞いて驚いた。現在、死に戻ったカメリアは十歳だったのだ。
――死んだ時は十七歳。七年も前だなんて。
熱が下がったはずなのに、ゾクリとカメリアは背筋が寒くなり両腕を重ねた。
七年後、また恐ろしいことになってしまうのか。
「それは、もう嫌……」
前世枯れ果てた涙は、今世でまた流れるようになった。
カメリアにとって、それがとても辛い。苦しい、痛い、悲しい。そんな気持ちを忘れたままでいたかった。
「カメリア、怖い夢でも見たのかい?」
「……お、父様っ」
アイリスが呼んだのか、様子を見に来たのか、父が部屋に入ってきた。
カメリアは再び、嗚咽と共に涙がこぼれ落ちた。それを手で覆って隠す。
「ずいぶんと怖い夢を見たんだね。父に話してみるかい? 楽になるかもしれないよ」
――楽に?
救済にも聞こえるその響きに、ピクリとカメリアの肩が揺れた。
けれど、カメリアは父の提案を、首を横に振って断った。
これまでのことを打ち明けるのは、カメリアにとって口に出すのもおぞましいことだった。
安易に言えば、現実になってしまうかもしれない。
「いいえ、お父様。怖すぎて、覚えていないの。でも、とても怖かったの」
「そうかい、そうかい。怖かったんだね。カメリア」
そう。カメリアは怖かった。分けも分からないまま、全てが進んでいった。
ぎゅっと父にしがみついて、その温もりに触れた。
前世、カメリアが投獄されてから、身の潔白を主張した父は、家族もろともに連座となった。
そして、カメリアが最後の刑に処される際、彼らの首は晒し首として広場へ飾られていたのだ。
――七年後、また家族を巻き込んではダメよ。だから言えないわ。
大好きな父の顔を見て、カメリアは安堵と共に決意を固めた。
泣いてばかりのこのままでは、ダメだ。それでは、同じことの繰り返しになってしまう。
きっと避けられない運命なのだ。ならば私は、選ばなければならない。
生々しい感覚は、夢ではなく未来に起こったことだと、カメリアは信じて疑わなかった。
カメリアは、ミレット王国に嵌められたのだ。
何をどう嵌められたのか、外交に王太子妃教育、貴族学校とを行き来していたカメリアには、その背景が分からない。
言われるがまま、ただ無為に過ごしていたのだと、カメリアは後悔する。
流されて行き着く場所が、あの日の処刑台なのだとしたら、その背景が分からなければ、また同じことの繰り返しだろう。
けれども十歳に死に戻った今なら、王太子の婚約打診もまだ来ていない。
――家を出なくちゃ。
愚鈍なカメリアには、それしか思いつかなかった。
『発音が難しかったら、ロスでいいよ。母上も父上も、ロスって呼ぶから。僕もカメリアって呼んでいいかい?』
それに命を落とす前に、思い出したのだ。優しい男の子のことを。
もう他の男と婚約などしたくない。捨てられると分かっていて、そんなことは出来ない。
――でも、どうして? 今も、あの子のことをよく思い出せない。
それがとても悔しくて、唇を噛んだ。カメリアはやはり、心がどこか壊れてしまったのだろうか。
けれど、先ずは体力をつけなければいけない。過去に戻ったのであれば、家族には生きていてほしい。
前世十七歳だったカメリアが思考を巡らせた。
「……ありがとう、お父様。お父様に撫でてもらったら、怖い気持ちがどこかに行ったわ」
「それは良かった」
父はそういってそれでもしばらくの間、カメリアの頭を何度も撫でてくれた。
カメリアはきゅっと目をつむり、その愛を享受する。
今は今だけはまだ、この温もりに触れていたい。
――親不孝な娘でごめんなさい。でも、許してお父様、お母様。
◇◆◇◆◇◆◇
「……使えるのね」
夜、皆が寝静まった頃。布団を頭からすっぽりとかぶって、カメリアは両の手を見つめていた。
手の中で、小さな竜巻がくるくると回っている。
死に戻る前、それに気づいたのは、カメリアが十二歳の二次成長期の時。一部の人間に許された特別な魔法という力。
確かめてみなければ分からないが、前世での発現時と比べるまでもないレベルだった。
カメリアは、口許を弧に描いた。
家を出ようと意気込んだけれど、日中はずっとアイリスがいる。
それに邸の使用人達の動きや流れを注視していたが、人知れず抜け出すことが難しいと思ったからだ。
カメリアは誰も巻き込みたくないだけに、不可能に近かった。
けれど、それもたった今解消された。魔法が使えるのなら、カメリアが抜け出すのはとても簡単になる。




