第19話 理由と別れの言葉
「えーと、リンは魔法使いでミレットの貴族で。スパイ?」
「違う。元々、家出してたの。で、アスフォデルが戦争をしかけるかもって、噂で聞いたから、志願したの」
今や隠れ家となった山頂に向かうための、空の逃避行。ジニアに横抱きにされたリンは、死に戻りを伏せて事情を説明した。
ジニアは顔をしかめて、リンに言われたことを噛み砕いているようだ。
『飛行するのに、お前が俺を抱える必要はないんだよな? なら、怪我人らしく俺に抱かれとけ』
追手が来れないことを理解し現状に慣れたジニアが、怪我をしたリンを気遣った形だった。
――ジニアに抱かれると、なんかムズムズする。落ち着かない。
「なんつう、行動力だよ。おかしくない、それ」
「なんでよ。戦争をしかけるって分かってたら、いち早く家族に危険を知らせるなり、安全対策を取れたりするじゃない」
女性でさらに貴族令嬢とも明かしたから、リンの言葉は、幾らか女性として砕けたものに変わった。
ジニアも特に気にすることなく、普通に話していた。
「まず貴族のお嬢様が、考えることじゃないと思うけどな。なに、それも魔法使いとしてのなんか能力なわけ?」
「失礼ね。従騎士は実力よ。従騎士からは、ちょっとズルしたけど」
――死に戻った分の、人生経験も含めてのズルだけど。訓練は実力だもん。
リンは、心の中でそうつけ加えた。
「なんだろう。今さらながらにへこむぞ、俺」
「平民なら、かなりの出世コースだったじゃない、へこむことないわよ」
ジニアは平民として一からのスタートで、従騎士として早い昇格をしていた。それだけでもすごいことだと、リンは素直に思う。
――ジニアの将来、私が潰してしまったかもしれない。
「でもそっか、いつか怪我するんじゃないかってヒヤヒヤしてたけど、そんな心配要らなかったんだな。
で今、怪我してるけど。それは、なんでだよ」
目を伏せて考えていたリンに、ジニアが訊ねた。目が合うと、ジニアは眉間に皺を寄せて、やや怒っていた。
「人相書見たんでしょ? 保護した子がいるの。その時に、ね」
「俺が見たのは、確かにミレットの指名手配の人相書だったけど。軍に指示されたのは、二人の保護だぞ。なんで逃げてたんだよ」
「私が令嬢で訳ありだから」
「それなら、子どもだけを駐屯所に預けるとか出来たろ。お前らしくない、理由になってないぞ」
見えてきた山頂に、ピタリとリンは飛行をやめた。この先、ウィローに聞かせたい話ではなかった。
「アスフォデルが本当に……魔法使いを保護してくれるか、信じられなかった」
「……お前のその国への不信感は、ミレットのせいなのか?」
ジニアは否定せずに、リンに確認をしてくれた。
「今はもう、思ってないわ。グラジオラスに行って調べたもの」
「はぁ!? お前、グラジオラスがどれだけ遠いと思ってんだよ!」
思いっきり叫ぶジニアに、リンは耳を塞ぎ抗議の眼差しを向けた。
グラジオラスは、ミレットとアスフォデル、両国に隣接する帝国。
山岳地帯を越えなければならず馬での移動は無理だった。ゆえに、徒歩ではかなりの時間を要するのだ。
「私は魔法使いよ。飛べば、すぐだわ」
実際、ウィローに留守番を頼んで、リンは一日で往復してきたのだった。
「ああ、うん。お嬢様は、行動力がずば抜けていらっしゃいますねぇ」
ジニアは考えを放棄して、棒読みで返していた。
「……グラジオラスでは、魔法使いは加護使いって呼ばれてたわ。
それに帝都には学校もあったの、加護を正しく学ぶための学舎よ。
……ミレットじゃ、信じられないわ」
「なら、ミレットだけが変なんだって分かったろ。アスフォデルに帰ろうぜ。きっとリンが思うような、悪いことにはならないさ」
皮肉げに笑うリンに、ジニアは優しく諭すように言った。彼はいつだって、リンにとって兄のような距離感だった。
――きっと、ジニアが正しい。
女医もそうだ。密命と言うなら、リンを睡眠薬で眠らせて引き渡すことも、あの場で拘束も出来たはず。
けれど彼女は、医師としてリンに適切な処置しかしなかった。
「そうね。ジニアの言い分も分かる。だから、あの子、ウィローをお願いね。良い子だから。
アスフォデルに連れて行ったら、功績としてジニアの処罰も軽くなるはずよ」
「おい! リン!!」
トンとジニアの胸を押して、リンは簡単に離れた。彼の浮力だけを減らしたからだ。
あの場で見つかった時から、ジニアをリンの被害者として、ウィローを保護した功労者として、アスフォデルに渡すつもりだった。
加減して彼を宙へと落とす。きっと、ジニアの身体能力なら怪我はしない。
リンは落ちていくジニアを、ただ空の上から見下ろした――。




