第18話 男装がバレたその瞬間
「あなた、これ痛かったでしょう?」
「いえ……」
リンは清楚なワンピースを脱ぎ、上半身を軍医に見せた。女性の軍医は、肩の傷口を観察した後、痛ましそうに述べた。
ちなみに、ジニアは部屋の外で待機している。
服屋から出ると、リンはまっすぐに駐屯所の医務室へとジニアに連行された。
すれ違った兵などにも、ジニアが挨拶を交わすだけで、リンの方へは詮索がなかった。
帽子を深くかぶって、顔を隠したのも功を奏したのだろう。
服屋で着替えたリンを見てから、ジニアは途端に無口になった。
連れだからと、ジニアが握ってきた手が、リンには少し痛かったくらいだ。
「連れてきたジニアに感謝しなさい。
傷口に、弱いけど毒の形跡があるわ。治りが悪いのは、そのせいよ。
あなた、これどうする気だったの?」
女の子なのに、と言いながら女医は傷口を洗浄すると縫い始めた。
店員にさらしを奪われ、着せられたのはワンピース。髪も梳かしてくれて、リンは女の子へと戻っていた。
――あの門兵、いい性格してるな。
頼むと言いながら、毒矢とは恐れ入る。
いや元々は、ひと思いにウィローを楽にするつもりだったのか。
リンには手元が狂ってしまっただけなのかもしれない。
リンはとにかく、外した帽子をぎゅっと握りしめ、無言で処置に耐えた。
「塗り薬と飲み薬も出すから、しばらく飲みなさい。抜糸には、来れるのかしら?」
「……難しいです」
女医の問いかけに、リンは歯切れ悪く答えた。
元々、潜入捜査の途中なのだ。とはいえ、ほとんど終わったも同然の結果になっているのだが。
「……そう。じゃあ一週間ほど経ったら、自分で頑張るのね」
「ありがとうございます」
女医は深く追求せず、包帯を巻いてくれた。処置をしてもらったお陰で、リンはかなり楽になった。
気にしていないつもりだったが、かなり余分な力が入っていたらしい。
久しぶりに着た女物のワンピースに再び袖を通す。コルセットの要らないそれは、良いとこの町娘にリンを変えていた。
――これで山登りは、さすがにちょっと。
来ていた服はジニアが持っている。返してもらってどこかで着替えなければ、リンはそう思った。
「リン、入っていいか! わりい。見つかったかも」
ジニアが、やや焦り気味に声をかけてきた。リンが耳を澄ませば、バタバタとした足音が遠くの方から聞こえた。
「……ごめんなさいね、普段なら患者のプライバシーは守るのよ? でも、ライラック・アスフォデル陛下の密命なの」
――やっぱり、カメリアの方か。
リンは、冷静に女医を見た。困ったように笑む彼女は、リンを拘束するわけではないらしい。
リンは扉の向こうにいたジニアを引き入れ、彼の首筋に隠し持っていたナイフを突き立てた。
「ごめん。悪いようにはしないから、今は黙って、ついてきて」
「最初から乗りかかった船だよ。好きにしろ」
小声でリンが言えば、ジニアは息を吐くと両手を上げて、されるがままになった。
ミレットに宣戦布告したいアスフォデルが、今さら失踪したミレットの令嬢に、価値を見出だすとは思えない。
リンがカメリアだと同一視するならば、スパイとして責める要因にはなるが、女医の口ぶりはそうではないのだ。
意図が分からないなら、捕まるつもりもない。
――もうリンとしては、帰れないなぁ。
ジリジリと窓へと後退すれば、扉の方から人が見えた。
「あー! お前っ!?」
リンに天涯孤独を問うた、あの胡散臭い貴族の騎士がそこにいた。
ジニアを人質にとった、そう見せかけてリンは窓の外へと足を出す。
そこに踏むべき地面はもう無かった。
「ちょ、待っ!」
「舌噛むから黙って」
さすがに驚いたジニアに、リンは叱咤して黙らせ、そのまま空へと姿を消した。
「あー……。どうしよ、俺。殺されちゃう」
追いすがるように窓を見上げた騎士の間抜けな声が、風を伝ってリンの耳に届いた。




