第16話 動き出す戦争の気配
「頼むっていうなら、射るなよなぁ――っ」
地上からでは、人が入り込めないほど険しい場所にある国境の山頂。
リンはぼやきながら痛みを紛らわせて、肩に刺さった矢を無造作に抜き取った。
――もう、この洞窟。家にしても良さそう。
穴に埋めていた荷物を取り出して、救急セットを広げて手当てする。
「人攫いでごめんね、ちょっと落ち着いた?」
「うん、ごめんね。お兄ちゃん。ありがとう」
埋めた荷物に入れていたキャンディを、リンは子どもに渡す。
開けて食べるんだよと、見本にリンも口へ一つ運ぶ。
子どもも、リンの真似して口に運ぶ。目を見開いて、その味に驚いていた。
「……父ちゃんに、言われてたんだ。外で火なんか出しちゃ、いけないって」
「そう」
「母ちゃんと歩いてて、転けちゃって痛くて、思わず出しちゃった」
「そっか」
コロンとリンの口の中で、キャンディの甘味が広がった。
目の前の子どもは、魔法使いとばれて殺されそうになった。
カメリアの時は、両親が喜んでくれた。王太子の婚約者に選ばれたのも、そのせいで。
けど、人前で使ってはいけないと王城で言われて育った。
その後、婚約破棄をされて、カメリアは処刑された。
――やっぱり、変。
ポケットから、採掘で見つけた宝石をリンは手に取る。
持ち歩いていた三本の髪を、宝石を巻き込んで寄り合わせて、子どもの手に巻きつけた。
「お守り。気休めだけどね。制御を身につけたら、転んでも、火が出たりしないよ。大丈夫」
魔法使いのリンの髪は、魔力を宿している。
身につければ、魔力放出を手助けしてくれるはずだ。
なぜか、リンはそう確信できる。
「……僕が悪い子、だったから」
ポロポロと泣き出した子どもに、リンは頭を撫でてあげた。
どうして同じミレット王国なのに、こうも違うのだろうか。
「君が悪いわけじゃ、ないよ」
――アスフォデルに連れていけば、保護してもらえるはず。本当に?
ミレット王国のように、カメリアとこの子のように、差があったらどうしよう。
リンは、まだ世界を知らないのだった。
――ミレットとアスフォデル以外の国のことも知りたいな。
その日は子どもと身を寄せあって、リンは眠りについた。
翌日、リンはアスフォデルの街へと下りて、必要な物資を買い込んで山へと戻った。
「君に、魔法の制御を教えてあげるね」
人が出入りできない山頂で、洞窟を人が暮らせるように整えた。
リンの任務は、二ヶ月の潜入捜査。まだ一ヶ月と経っていない。
中間報告は強制ではない、その間にリンは、この子が一人で生きていけるように鍛えることに決めたのだった。
◇◆◇◆◇◆◇
「陛下っ。アスフォデル陛下!」
「なんだ騒々しい」
「……はぁ。いや、聞けばビックリしますよ?」
「なにがだ」
執務室の扉を乱暴に開け放ち、息を切らした部下が飛び込んできた。
書類を持っていたアスフォデル王は、手を止めて男を睨む。
「先日、ミレット王国の方で竜巻騒ぎがあったんですが。裏が取れました。
箝口令が後に引かれたようですが、魔女狩りでした」
ガタン。
大きな音が執務室に響いた。アスフォデル王が、立ち上がって殺気立つ。
「……魔法使いは、どうなった?」
「それが、二人いたみたいなんです。珍しいですよね。
しかも一人は、かなりの使い手だったようで、二人とも逃げおおせたとのことですよ。
ミレットも隠してはいますが、人を投入して探しているようです」
「……こちらも国境を強化しろ、孤児は見つけ次第、保護するよう通達しておけ。
進軍の用意も忘れるな。各地の調査はどうなってる?」
部下は、王の殺気を気にせず報告を続けた。
「はいはい。陛下好みの報告はないですね。ああ、あと人相書見ます? 男の子が二人だそうです」
「要らん。すぐに動けるよう、他の同盟国への根回しも怠るなよ」
この時、人相書を見なかったことを、アスフォデル王は後悔することになる。




