第11話 かつての自分と今の自分
ミレット王国へと帰る時、来た時と同じルートを、リンは懐かしむように辿った。
アスフォデル国内は全て徒歩で進み、街道を離れ、山へと向かった。
ミレットとの国境を隔てる山は、急勾配が多く、人が足を踏み入れない。
木々が密集し、かなりうっそうとしている。
野外訓練で山道行軍も経験した今、昔よりもリンは落ち着いて行動できた。
「あの時は、ほとんど飛んで誤魔化したっけ」
山の中、道なき道をかき分けて草を踏み鳴らしていく。
急勾配な崖は魔法で補助して登りながら、リンは一人呟いた。
当時十歳のリンは、貴族の子どもで体力もなかった。
追われる可能性を無下に出来ず、人目を気にして夜に活動するしかなかった。
夜間に動く分、日中はほとんどを休息にあてるしかなく、魔法ありきで国境の山越えをしたのだった。
「確かこの辺……」
山頂に近い洞窟の穴の近く。人の入り込まないそこに、見覚えのある植え込みのところで、リンは立ち止まった。
素手で、リンは適当に穴を掘り始める。中から、ボロボロの外套を見つけた。
失踪した日にリンが置いてきた物、その全てが変わらず、そこにあった。
「使える物は、使わないとね」
同盟は破棄はされていないが、両国の関係は冷えきっている。
他国の硬貨も国境などでは使えないことはないが、自国の硬貨の方が、波風は立ちにくいだろう。
代わりに、ボロボロの外套に新しい布を敷くと、身バレを防ぐために今のアスフォデルの硬貨や荷物を詰めていく。
そしてカメリアのかつての持ち物を、鞄へと詰めた。数日分でしかないミレットの硬貨。
これから二ヶ月は、生活の基盤も築かないといけない。
国境の近くで、さらに無難な持ち物を換金して硬貨を得るか、働くかした方がいいだろう。
残っていたミレットの硬貨の中に金貨もあるが、これは高価すぎて市井では使えない。
手にした金貨を空へとかざした。光を反射してキラキラと光っている。
――金貨がって変だけど。もう、お父様との思い出の品だよね、これは。
「調査だけだし……三本で、いいかな」
ざく切りにした、かつてのカメリアの長い髪。年数が経った今も、それは綺麗な青色を保っていた。
魔法使いの髪や爪は、素材として使える。どうしてそんなことを覚えているのか、リンは不思議ではあった。
――どうも僕、記憶障害あるよねぇ。
死に戻ったこと自体が、リンの理解の範疇を越えてた。
だから仕方ないとは思うものの、どうも記憶が戻る十歳までと前世の記憶が、虫食いのように穴だらけなのだった。
その事に気づいたのは、アスフォデル国での教育過程で、前世知識との齟齬が大きかったからだ。
そしてもう一つ、欠落した自覚のある記憶――。
「……ロスって名前しか、覚えてないんだよね」
過去に探そうとさえ、リンは思ったこともあった。
けれど、断片的な記憶があって、大切な気持ちもあって、でも個人を特定できるほど何かを覚えてはいなかった。
結果としてリンは、彼を探すことを諦めたのだった。
――他国の貴族だろうし、平民の孤児が会えるわけないし。
とりあえず、リンはお守り代わりに、三本だけ髪を抜き取った。
使えるなら使う、使わないなら使わないで、それでいいのだ。
他は全て、さっきと同じように外套にくるんで、土に深く埋め立てた。
「あー。夜まで待つかぁ」
闇夜に紛れて、国境を越えた方がいい。
リンはその後、午前の適当な時間にでも、国境から少し外れた町へ行くつもりだった。
今のうちに仮眠をしておこう。洞窟の入り口に腰掛けて、リンはそっと目を閉じた。




