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第三話

 競争相手のいなくなった翔賢は次第に皇妃に重用されるようになり、富と名声、地位を手に入れた。皇妃の部屋の周りで、翔賢の甲高い声を聞かない日はない。

 科挙に合格した進士たちから謁見やとりなしを幾度となく頼まれるに至り、翔賢は内心笑いが止まらなくなった。

 そんなある日、皇帝が崩御した。皇妃は悲しみのあまり、城を出て故郷に帰り、隠遁するという。


「城におられる方が陛下をお守りできます。どうか、この翔賢の顔を立てると思って、再考してはいただけませんか」


 翔賢は重ねて皇妃に申し出たが、女官がそっと目を細めて首を左右に振るだけだった。豪奢な彫り物を施した椅子に座った皇妃は、物憂げに遠くを見るばかりである。伏せたまつ毛が白い頬に影を落としている。翔賢のわずかに高い声だけが、部屋に響いた。

 皇妃の隠遁とともに翔賢は罷免され、地位を失った。後宮から出ることが叶わず、命を落とすものと覚悟していた翔賢は、拍子抜けした。都の片隅に、これまで貯めた財を使って小さな屋敷を建て、そこに移り住んだ。

 地位を失ったとはいえ、富と名声に人々は集まり、翔賢はときに城に顔のきく者として、城に出入りする商人たちをよく知る者として、助言や仲介を求められた。達筆を見込まれて揮毫を求められることもあれば、詩歌の添削に至るまで相談が引きも切らない。そうこうするうちに翔賢の元には、さまざまな情報が集まるようになった。

 かつての翔賢であったなら、それらを駆使して自らの栄達に利用しただろう。しかしながら、翔賢は限りなく無気力であった。


「さすがは李翔賢殿、見事な句、見事な筆。都をたつ友人への贈り物としては、これ以上ない出来で」


 褒めそやす商人に、翔賢は曖昧な笑みを浮かべた。

 商人の友人は北方の街へと旅立つという。北方では米の値段が上がっていると聞く。商機と踏んだのだろうが、翔賢の元には隣国の田畑が例年よりも早く刈り取られたという話もまた、舞い込んでいた。上機嫌で去っていく商人の後ろ姿をながめながら、翔賢は胸をざわつかせた。


 戦がはじまるのではないか──。


 吹き渡る風が庭の木々をわずかに揺らした。翔賢は髪が乱れるのも気にせず、そっと息をついた。

 城に仕えていた頃の翔賢であれば、皇妃を通してさまざまな献策をしただろう。食糧の蓄えを用意し、国境の警備を強化し、商人を通して武器類の調達を進める。しかしながら、皇妃は既に城を去った。

 翔賢の切り落とされた股間がちりちりと痛む。引きつれた傷はとうの昔にふさがっているのに、翔賢はたびたび痛みに悩まされた。

 そのたびに、科挙に落ちた日のことが頭をよぎる。あやしげに細められた女官の三日月型の目、両手に握った曲刀を打ち鳴らす男、焼けた金属の玉。去勢によって命を落とした者、恋によって放逐された者。発狂した者、自ら命を絶った者もいれば、主人の気まぐれな折檻で横死した者、刑罰により命を落とした者もいた。皇帝が代替わりしても、あの憎き構造は城に残っているという。

 翔賢は庭に目を向ける。小さな池に、夾竹桃の花びらが一枚落ちた。


***


 翔賢の悪い予感は的中した。北方より攻め込んだ隣国は、乾いた草地に火が広がるように、またたく間に領土を侵略していった。

 都には度々荒れ狂う馬の足音が轟き、見慣れぬ模様の旗がたなびき、人々の悲鳴がこだまし、あちこちで火の手が上がった。

 翔賢はただ静かに、変わり果てた都の景色を見つめた。金目のものは敵が攻め入る前にあらかた片付けておいた。今や翔賢の屋敷にあるのは、自身の一部を収めた箱と、膨大な数の書物、わずかばかりの食糧だけである。

 黒い煙が、城の方角から立ちのぼっている。

 翔賢は目を瞠ると、このところの無気力が嘘だったかのように、庭に飛び出した。


「はは……ははは」


 翔賢の乾いた笑い声が、庭の池に水紋を作った。

 燃えていく城をながめながら、翔賢はわずかに甲高い声で哄笑した。焼けた金属の臭いがつんと鼻をつく。


「全部燃えちまえ!」


 血走った目を見開き、口元を歪めて大声で笑う翔賢の声は、かつて城の一室に響いていた声とは、まるで違うものだった。

 炎にまかれた楼閣が崩れ落ち、火の粉とともに屋根瓦が次々と地面に叩きつけられる。

 庭の池に、煤で汚れた夾竹桃の花が落ちた。

 とうの昔に切り落としたはずの、股間の痛みが消えていた。

 翔賢は膝から崩れ落ちると、かつて自身の一部であったものが収まった箱を抱きしめた。


<おわり>

※本作品は南漢を元にした、架空の国を舞台とした作品です。


参考資料

Wikipedia / YouTube 五回目は正直【ゆっくり解説】『過酷な宦官たちの生活【歴史解説】』

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