ユノアの足取りと商会
リシアは、はっきりと言った。
「アウターヴァルに向かいます」
「え? でもユノさん、来るなって言ってたよ?
ね、ユウさん」
「……僕は……何も言えない。
ユノと、約束しちゃったから」
その言葉を聞いても、リシアは一切ためらわなかった。
「リシアは、約束しておりません」
きっぱりと。
そして、さらに問いを重ねる。
「ユウは、リシアを一人でアウターヴァルに送り込むのでしょうか?
止めるために、決闘なさいますか?」
――リシアは、止まりませんが。
その声音は、冷静で、淡々としている。
けれど。
今日のリシアは、どこか多弁だった。
いや――
少し、面白そうですらあった。
もちろん、表情はいつもと変わらない。
ぱっと見れば、何も変わっていない。
それでも、僕には分かった。
……楽しそうだ。
***
舟の手配は、あっという間だった。
さっさと乗り込み、湖を渡る。
そういえば。
僕がこの世界に来た時も、こんな感じだった。
訳も分からないまま、それでも前に進んで。
リシアは、こうして――
いつも、僕を導いてくれた。
***
昼間のアウターヴァルは、静かだった。
人影はまばらにあるが、露店は閉まり、夜の華やかさが嘘のように寂れている。
「まずは、ユノアさまと連絡を取りましょう」
リシアはそう言って、迷いなく歩き出す。
宿湯に入り、今晩の宿を確保する。
それから酒場へ向かい、仕込み中の店主に声をかける。
――早かった。
数刻も経たないうちに、この数日のユノの足跡が、手の中に集まっていた。
「ユノアさまの宿は、特定できました……あまり良くない宿に、お泊まりのようです
おそらく、宿にはほとんど戻らず、一晩中、動いておいでなのでしょう」
「代わりに、湖沿いの木陰で昼寝をなさっている、
という目撃情報がございます」
それからも。
それからも。
情報は、細かく、正確で、途切れない。
ついでのように、オイレ――鴟梟商会の動きまで拾ってくるのだから、本当に、凄い。
……最初から、リシアを頼ればよかったんだろうか。
一瞬、そんな考えがよぎる。
けれど、僕はそれを否定する。
リシアは言っていた。
世間には、不慣れなのだと。
これは、リシアが無理をして集めてくれた結果だ。
僕は、それを受け取っただけ。
――頼ることと、依存することは違う。
ここまで導いてくれたことに、ちゃんと、礼を言わなきゃいけない。
だから、僕は言う。
「リシア。ありがとう。
もう……十分、助けてもらった。
本当に、ありがとう」
***
貴族失踪事件を嗅ぎ回っている冒険者がいるらしい。
ユノの巻いた餌は、どうやら確実に機能していた。
鋭い目つきの、長身で長髪の上級女冒険者。
只者じゃない。
下手に手を出せば、手が無くなるぜ。
それが、酒場の店主から聞いた話だった。
だが、店主は最後にそう付け加えた。
――いい女なのにもったいない。
オイレの旦那に目をつけられたら、あの長い手足をもぎ取られて、店の軒先に吊るされるのも時間の問題だ、と。
ユノの餌は、確実に街の空気を動かしていた。
彼女は意図的に、シュライバー商会を「鴟梟商会」と呼んでいるのだろう。いかにも、よそ者が何も知らずに
危ない名前を口にしてしまった――
そんな演出になっていた。
簡単な聞き込みだけでも分かる。
この街の人間は、オイレを恐れている。
オイレ・ナハト・シュライバー。
彼がこの街にいつ頃現れたのか、正確に知る者はいない。
もとは、ただの商人だったと言われている。
オイレは、徒党を組むことを好まなかった。
最初から大きな組織を率いていたわけでもない。
それでも――
今や大貴族ですら迂闊に手を出せない
このシュライバー商会は、オイレを恐れ、ひれ伏した者たちによって形作られている。
気がつけば、皆が頭を垂れていた。
オイレについて特筆すべき点があるとすれば、その異常なまでの目と耳の良さだ。
彼は夜の街を見通し、夜の街の声をすべて拾う。
そして、彼が一言でも不興を示せば、反意を抱いた者は死んだ。
オイレを消そうとした者も、何人もいた。
だが、その計画は実行に移される前に潰えた。
――いや、計画が立つ前に、首謀者のほうが消えていた。
いつしか、オイレに逆らう者はいなくなった。
逆らおうと考える者すら、いなくなった。
ユノのことはもちろん、お前たちのことも、オイレはきっと知っている。
聞き込みをしていた酒場の店主はそう言って、視線を逸らした。




