祠の先
そこからは、ただリシアに導かれるままだった。
そこからは――というか、今までも、だけど。
祠の中に入って「移転されました」と言われ、
でも外に出れば相変わらず代わり映えしない森で。
けれど確かに、森の様相は変わっていた。
白い幹の木はなく、地面だって僕の知ってる“森”みたいにゴツゴツしていて、人を寄せ付けないような歩きづらさで……石や岩が突き出している。
何より僕を“安堵”させて、“絶望”させたのが――
鳥の囀りと虫たちだった。
爽やかな鳥の声に気を取られていると、顔に蜘蛛の糸が絡みつく。
上からでかい芋虫が降ってくる。
いや、それだけならまだ良い。
見たこともないほどデカい蛾。
幼い頃、家族と行ったコテージの山にいた蛾より遥かにデカい。
子どもくらいのサイズの蛾が襲ってくる。
ちなみに芋虫も、リシアによると「噛まれると死にます」とのことだった。
なんなんだ、この魔境。
ビジュアル的な問題や恐ろしさはさておき、
それでもリシアの教えのお陰で難なく対処できている。
さらにサッカーボールくらいの硬いデカい蜘蛛や、
綱引きのロープみたいに長いムカデ、
僕の背丈ほどあるカマキリなんかをどうにかこうにかいなして、
ようやく森を抜けて草原に出た。
***
印象的だったのは、祠の中の魔法陣だ。
祠の結界の光とは違って、
僕が“夢見ていた異世界転生モノの魔法陣”そのままだった。
あまりに激動で、思い返す余地もなかったけれど、
あの青緑と青が入り乱れた、なんか良く分からない文字が書かれた魔法陣は、正直テンションが上がった。
厨二とか言われるかもしれないけど!
でも、格好良いものは格好良い。
二重の魔法陣がクルクル回って収束する様は、正に圧巻だった。
病室で、僕はそういえば確かに異世界……というかファンタジーの世界に思いを馳せていた。
それは、入院と同時に仲良くなった子が好きだったからで。
「これは現実的じゃない」とか、
「この設定は素敵」とか、語り合った。
限られた命の中、絶望の中の僕にとって、
その子との語らいは確かに救いだったのだ。
そういえば、彼女とも話しただろうか。
勇者が弱い魔物の街からスタートするのはおかしいとか。
実際、ワイバーンがいてベヒモスと戦ったらどうなるかとか。
初手ワイバーンでも死ぬのに、初手ベヒモスとか即アウトだよね、とか。
異世界転生モノだと、なんか喜んでチート能力とか使って無双するけど……
実際に経験してみて、なんも分からん状態であれを見させられて、逃げた僕は悪くないよね?
僕はこれまでの三ヶ月ほどの日々と、生前の自分を思い出していた。
僕が中途半端に助けようとした少女のこと。
それによって余計に悪意を広めていないだろうか。
もっと、酷い暴力を受けていないだろうか。
サイレンの音が聞こえたから、すぐに警察が来てくれたはずだ。
もう誰かが……僕以外の、ちゃんとした大人が通報してくれていたのだ。
じゃあ、僕の死はやっぱり犬死にだったのかな?
母や父、姉は、あの薬物中毒者のような暴漢の仲間に酷いことをされていないだろうか。
僕の浅はかな行動で傷ついていないだろうか?
あれだけ一生懸命……
僕みたいなもののために尽くしてくれたのに。
それが僕の考えなしの行動で台無しになったことに、失望していないだろうか……
僕は自分のひどい考えに、はっとなった。
襲われた子より、
自分のために尽くしてくれた家族より、
僕は――自分が酷い人だと思われているかどうか、を気にしているのだ。
……カッコ悪いなー。
この世界に少し馴染んだ。
戦える術も見つけた。
でも僕は相変わらず身勝手で醜い。
僕は、ため息を漏らした




