アウターヴェルとアウターヴァル
「……私も、お世話になった人なんです」
エリオ君は、そう言った。
その瞬間、ユノの目がすっと細められた。
確信はない。
けれど、胸の奥で、何かが噛み合った。
***
馬車は、セイレンの街に到着した。
入国審査は、驚くほど簡単だった。
エリオ君が何か短く話すと、役人は淡々と告げる。
「ここから先は、王国法は適用されませんので」
それだけ。
それなのに、街を囲う壁も門も、ローレンで見たどの街よりも高く、堅固だった。
護衛の任務は、ここで終わりだ。
そう思いながら、馬車を降りようとするエリオ君を見て――
自然に、言葉が出た。
「……もし良かったら
帰りの護衛も、僕たちに依頼してくれませんか?」
エリオ君が、目を見開く。
「僕らは、しばらくここに滞在するつもりです」
信用なんて、できないだろう。
信じろ、とも言えない。
そんなことを言える立場じゃないと、分かっている。
昨日今日、会ったばかりの冒険者を、エリオ君が疑うのは、当然だ。
だから――
せめて。
「利用するだけ、利用してくれて構いません」
自分でも、少し変な言い方だと思った。
でも、それが一番、正直な言葉だった。
「……あなたは、本当にずるい人だ」
エリオ君は、困ったように笑って言った。
ユノが、苦笑いを浮かべる。
カイルも、呆れたように頬をかく。
リシアが、静かに言った。
「ユウは、優しい方でございます」
……なんなのさ?
「あなたは、私の話を疑っていない」
エリオ君は、そう続けた。
「それなのに――
私には、あなたを疑えと?」
責める声じゃない。
怒ってもいない。
ただ、笑っている。
ああ、なるほど。
そういうことか。
「それは……」
僕は言葉に詰まる。
否定したかった。
けれど、否定できなかった。
だって、その通りだったから。
「……分かりました」
エリオ君は、そう言って顔を上げる。
「私は、あなたを疑いません」
一拍置いて、はっきりと続けた。
「帰りの護衛だけでは足りません。
ここから先の護衛も、お願いします――
ユウ兄様」
***
緊張していたんだろう。
思い詰めていたんだろう。
不安だったんだろう。
そう思う。
セイレンに着いてから、
エリオ君はよく話してくれた。
それが嬉しい反面、こんなに簡単に僕らのことを信用してしまって大丈夫なんだろうか、と、少し不安にもなる。
カイルに同意を求めると、
「それ、ユウさんが言う?」
と返されて、なんだか微妙な反応だった。
……いや、まあ。
そう言われると、返す言葉もないけどさ。
宿は、エリオ君があらかじめ手配してくれていた。
セイレン領の都市――
アウターヴェルは、僕が思っていたものとは少し違っていた。
貴族たちの遊び場、色街。
派手で、騒がしい場所を想像していたけれど、実際に訪れてみると、静かで落ち着いた石造りの街並みが広がっていた。
行き交う人々も、ごく普通の使用人やその家族、商人たちだ。
馬車や馬を預かる施設、逆に移動手段を提供する店が並び、鍛冶屋や武具・防具の店、素材の加工所もある。
ひときわ大きく、古めかしい石造りの建物は、湯治場なのだという。
考えてみれば当然だ。
貴族たちが魔物狩りの成果を語り、湯に浸かって疲れを癒す場所なのだから。
***
エリオ君に案内されたのは、クラシックな雰囲気の漂う、上品な宿屋だった。
よく磨き込まれた木製の階段。
調度品は、よく言えば上品。
端的に言えば、地味だ。
聞いていた話と、随分違う。
……いや、
僕が勝手に派手な歓楽街を想像していただけか。
***
部屋に入るなり、
「おまえ、ホントに分かりやすいな」
と、ユノが笑いながら言った。
「ユウは、正直な方なのです」
リシアが、擁護なのか何なのか分からないことを言う。
僕はカイルの方をみる。
きっと、彼なら分かってくれるはずだ。
……と思ったのに。
カイルは僕らの会話など聞いていない。
ただ、窓の外を見ていた。
「アウターヴェルは、入り口に過ぎないんだとさ」
ユノが言って、エリオ君を見る。
「ここが、ローレン王国の貴族たちが使う
セイレン領、アウター″ヴェル″。
そして――」
エリオ君は、窓の外を指さした。
***
窓の外。
大きな湖の中心に、
それはあった。
赤を基調とした、色とりどりの建物。
城のように、崖のようにそびえ立つツギハギだらけの宮殿。
無数のランタンの明かり。
そこへ向かって――
いや、まるで群がるように、落ち着かない色の灯りを揺らした小舟が、何隻も進んでいく。
湖畔をぐるりと囲む、療養地アウターヴェル。
その、ちょうど中心。
湖の小島に築かれた、不夜城。
それこそが――
貴族を堕落させ、谷底へと落としていく場所。
アウター″ヴァル″、谷落ちの街だった。




