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赤毛の少年

しばらく、馬車の中は静かだった。


ユノの言葉が、まだ胸の奥に残っている。


強いから大丈夫だと決めつけて、不安に気づかない自分。


リシアのときと同じだ。

ちゃんと見なくちゃいけないと、あれほど強く思ったのに。

それと同じことを、また繰り返そうとしている気がした。


僕はあれから、ユノやリシア、そしてカイルと相談した。


言葉にしないと、分からないことはたくさんある。


僕は、ゆっくりと息を吸ってから、向かいに座るフードの人物に声をかけた。


「……一つ、聞いてもいいですか」


フードの人物は、少しだけこちらを見る。


「契約上、身分や目的を詮索しない、という約束なのは分かっています」


これは明らかに契約違反だし、冒険者としてもルール違反だ。


「だから、先に言います。

もしご不快なら、僕たちを護衛から外してもらっても構いません」


一瞬、空気が張りつめた。


ユノがこちらを見る。

リシアも、何も言わずに視線を向けている。


冗談でも、勢いでもない。

このまま護衛だけして送り出したら、きっと後悔する。

そう思った。


「僕は、あなたが気になります。

心配なんです」


フードの奥の視線が、わずかに動く。


これは、勇者としてでも、護衛としてでもない。

僕自身の気持ちだった。

仕事に持ち込んでいいものじゃないことも、ちゃんと分かっている。


「何をしに行こうとしているのか、全部じゃなくていい。

話してくれませんか?」


僕は、指先を握りしめた。


「最初は、ずいぶん若いのに、あんな場所に遊びに行くなんて、やめた方がいいんじゃないかと思いました

でも、半日一緒にいて……

どうしても、そうは見えなかった

僕には、あなたがセイレンに“遊びに”行くようには、見えませんでした」


フードの人物は、しばらく黙ったまま、外を見ていた。


馬車の揺れに合わせて、フードの端が、わずかに揺れる。


やがて、小さく息を吐く音がした。


「……ずるいですね」


落ち着いた声だった。

さっきまでより、ほんの少しだけ素の響きが混じっている。


「そんな聞き方をされたら、答えないと、私が悪いみたいじゃないですか」


僕は、何も言わなかった。

言えなかった、の方が近い。


「全部は話せません」


フードの人物は、そう続けた。

朝話したときの、形式ばった話し方ではない。


一度、深く息を吸う。


「……どこまで知っているんですか?」


そう尋ねてから、ゆっくりとフードに手をかける。


布が外され、窓から差し込む光に、赤い髪がはっきりと映った。


少女だと言われても信じてしまいそうな、整った顔立ち。

思っていた以上に若い。

せいぜい十二、十三歳ほどに見える。


「……エリオです」


赤毛の少年は、短くそう名乗った。


声は落ち着いていた。

もう、試すような調子はない。


「それで……

皆さんは、セイレンについて、どこまでご存で?」


僕たちは、とある人物から聞かされた“この世界の綻び”の話、王国内で起きている異変、貴族が何人も行方知れずになっていること、そして、それとセイレンに何らかの関係があるのではないかと考えていることを伝えた。


その調査のために、この依頼を受けたことも。


エリオくんは、しばらく考え込む。


「……なるほど。分かりました」


そう言って、彼はセイレン領について語り始めた。



***


もともとセイレン領は、湖のほとりに作られた避暑地、療養地だった。


そこが、帝国との戦いで功績を挙げた、いわゆる属国の領主に褒美として与えられたことに端を発する。


その結果、王国の中にあって、王国の法が十分に届かない土地が生まれた。


こうした事例は他になく、エリオの見立てでは、王国貴族が意図的に作った“治外法権の土地”だった。


ローレンは、古くから奴隷制度を厳しく禁じ、不貞行為や賭博にも厳しい社会的背景を持つ。


だが、それは王国内の話だ。

属国には、その限りではない。


こうして、表向きは保養地でありながら、実態は娼婦や奴隷を抱え、貴族たちの取引きや奴隷売買、逢引きの場として使われる土地――

セイレン領、ローレン貴族の言うところのアウターヴァルが出来上がった。


一息に話し終え、エリオくんは小さく息を吐いた。


「ここまでが、表向きの“裏話”です」


そして、続ける。


アウターヴァル《谷落ち》という名は、

そこに作られた賭場に由来している。


賭博にのめり込み、借金に首が回らなくなった貴族が、落ちぶれていく場所。


高級娼婦に入れ上げ、破産する者もいた。


治外法権の土地で債務を重ねれば、不慮の事故で命を落としたり、行方不明になることも珍しくない。


アウターヴァルでは、奴隷の売買も認められているのだから。


――それだけなら、よくある話で済まされる範疇だった。


けれど。


エリオくんの友人の兄が、忽然と姿を消した。


聞けば、その兄は、知人にセイレンのある施設を紹介されたという。


もともと気弱で、優しくて大人しかったその人が、セイレン通いなど似合わないと思われていた。


だが、優秀な長男や妹に囲まれ、思うところがあったのだろうと、家族も見過ごしていた。


それから、その兄は足繁くセイレンに通うようになった。


そして――

人が変わった。


暴力的になり、傲慢になり、時には人を見下すようになった。


優しかった面影は消え、自分は“選ばれた存在”なのだと、周囲に吹聴するようになったという。


そしてその人は消え去った「この瓶を残して」それはアウターヴァルから持ち帰ったものらしかった。

狼を象った不気味な小瓶。


エリオくんは、少しだけ視線を伏せた。



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