不機嫌の理由
それは護衛任務の途中、昼休みに馬車を止めたときのことだった。
皆、思い思いに休息を取っている。
依頼主は馬車から出てくる様子は無かった、昼食に誘ってみたが、手持ちがあると断られ。
僕は、昼食のサンドウィッチを口に運びながら、チラリとユノを見た。
ユノは、このところずっと不機嫌だった。
何度か話しかけようかとは思ったけれど、結局できずにいた。
怒られるのが嫌だった――というのが、正直なところだ。
彼女の性質は知っている。
聞きたいことがあるなら、遠慮せずに聞け、といつも言う。
それでも僕は、足踏みしてしまっていた。
――違う。
それは、理由の一部でしかない。
相手のことを思うのは難しい。
思いやっているつもりで、実はただ逃げているだけ。
そんなことも、少なくない。
僕はユノを、強い人だと思っていた。
剣を振るい、迷わず前に立ち、怒りも不安も自分で処理できる人だと。
だから、不機嫌なのは何か気に入らないことがあったからで、放っておいても大丈夫だと、勝手に決めつけていた。
僕は何度も尻込みしてから、ようやくユノに尋ねた。
「ユノ……なんか、イライラしてない?」
言ってしまってから、しまった、と思う。
もっと言い方があっただろう、とか。
もう少し柔らかく、とか。
ユノは、すぐには答えなかった。
しばらく前を見たまま、それから、ちらりと僕の方を見る。
「……してる」
あっさりした答えだった。
「分かりやすかったか?」
「うん……わりと」
そう言うと、ユノは小さく鼻で笑った。
「お前、ほんとに嫌な奴だな」
「……ごめん」
「言いたいことを言わずに、全部分かった顔をするやつ。
分かってもらいたいくせに黙るやつって、俺は嫌いなんだよ」
胸が、ちくりと痛む。
それは責められているからじゃない。
図星だったからだ。
「……そんな顔すんな。悪いな、お前のことじゃない」
ユノはそう言って、少し視線を逸らした。
「怒ってるのは、お前にじゃない。
……いや、ちょっとはお前にも。今みたいに、全部自分で背負い込もうとするところとか」
少し言葉を選ぶように、間を置く。
「俺は、俺自身にイラッとしてる」
そう言って、ユノは肩の力を少しだけ抜いた。
「……何が、そんなに気に入らなかったの?」
僕がそう聞いたのは、ただ理由を知りたかったからじゃない。
ただ、ちゃんと向き合いたかった。
「……全部だ」
ユノは、フードの人物がのる馬車をちらりと見る。
けれど、すぐに視線を戻した。
「ヴォルフが読めねえ。……それから、お前、見たか?」
ユノは頭をガシガシとかく。
「あいつ、リシアが作ったあの、本物みたいな馬車を不思議そうに見てただろ。
普通じゃないって気づいてるのかもしれない」
馬車馬は本物のように偽装して動くことも出来る。
作り物であると知っている僕らですらも、本物と見分けがつかないほどに。
それを一目で見抜いていたと、ユノは言うのだ。
ユノの言葉には苛立ちというより、迷いが混じっている。
「危険なやつかもしれない。……だが、正直よく分からねーんだよ」
その言葉を聞いて、ようやく僕は気づいた。
ユノは、不機嫌だったんじゃない。
不安だった。
自分の勘が利かないことを気にしていただけだった。
僕たちのために。
そして僕は、その不安を感じ取ろうとせず「ユノは強いから」と決めつけて、話しかけなかった。
それは、リシアに対してしてしまったのと、同じことだった。
僕は、ようやく理解した。
「ヴォルフさんのことが分からないのは仕方ないよ。
あの人を分かるほうが難しいと思う」
そう言って僕は笑った。
少しでもユノの気持ちが軽くなるように、わざと少しおどけてみせる。
ユノは一瞬、驚いたような顔をしたあと、
「……まーな」
と短く返した。
「それに」
僕は続ける。
「あのフードの人のことが分からないのは……なんだろう。
危ない人じゃないから、なのかもしれない」
朝から見ていて、無理して貴族然と振る舞っているようにも見えた。
僕にはどうにも、快楽を求めてセイレンへ向かっているようには見えなかった。
むしろ、別の張り詰めた何かがある。
だから思う。
ユノの勘が働かないんじゃなくて、
そもそも「警戒すべき匂い」が薄いだけなんじゃないだろうか。
うまく行きすぎた話とヴォルフさんのことで過敏になって、必要以上に注意して、結果として「自分の感覚が鈍っている」と思い込んでるだけなんじゃ――。
僕がそこまで言いかけたとき、ユノがふっと息を吐き出して、そして僕を睨みつけた。
「ユウ。お前、俺が気張りすぎだって言いたいのか?」
「え、あ、いや、その――」
怒らせた。完全に怒らせた。
そう思って僕がしどろもどろになっていると、ユノが腹を抱えて笑い出した。
「その通りだよ!」
そして、バシン! と僕の背を叩き、
「ありがとな」
と、ぶっきらぼうに言った。




