ヴォルフからの依頼
店を出た瞬間、なんだか外の空気が美味しかった。
ガス灯の下、マロニエの葉が夜風に揺れていた。
僕とカイルは、ほとんど同時に深呼吸する。
疲れた。
「……情報、取れたか?」
いつの間にかユノが通りの端に立っていた。腕を組み、眉間にしわを寄せている。
リシアも少し遅れて戻ってきた。
「ええと……」
僕は抱えた荷物を見下ろす。
延々とうなずく牛と、延々と水を飲む鶏(鶏蛇バージョン)。
情報というより。
「……グッズ、増えちゃった」
カイルが小声で言うと、ユノの眉間のしわがますます深くなった。
「殴るぞ」
「ご、ごめん……」
僕も謝りかけた、そのとき。
「ちょっとちょっとちょっと!」
背後から、やけに陽気な声が飛んできた。
振り返ると、グレイズ商会の扉が勢いよく開き、ヴォルフさんが飛び出してくるところだった。
「忘れてました! 大事なやつ!」
ヴォルフさんは僕たちの前で止まり、ぜぇーぜぇーと肩で息をする。
……たったこれだけの距離で疲れすぎじゃないだろうか。
まあ、生前の僕も似たようなものだったけど。
「いやぁ、走るのが苦手でして、か弱いというか、繊細というか」
余計なことまで言う。
「これ!」
そう言って差し出されたのは、封のされた小さな封筒だった。封蝋には、見覚えのある紋――冒険者ギルドのものが押されている。
「……これは?」
僕が受け取ると、ヴォルフさんは嬉しそうに頷いた。
「依頼状です!」
ユノが片眉を上げた。
「誰の、なんのだ。
ギルドの封印入りの依頼状を、なんで共商連合《商人ギルド》のアンタが持ってる?」
「え、皆さん冒険者でしょう? 割のいい依頼がありまして!」
言い切って、ヴォルフさんは肩をすくめる。
「割のいい依頼って、すぐ取られちゃうんですよね。
指名依頼ともなれば貴族さまとの関係なんかも不可欠で――まあ、うまい具合にやればこういうのも手に入ったりするんですが、それこそ商売人の腕の見せ所と言いましょうか!」
早口だ。
止まらない。
「で、これは貴族の坊っちゃんの護衛依頼でして。
なーに、ほんの子どものお使い程度の仕事ですよ。
ここから一日ほどのところまで護衛して連れてって、帰ってくるだけ!」
「貴族?」
カイルが反応した。
「そう。次男さんとか三男さんとか。家督に縁がない方々。
……いや、僕が言ってるんじゃないですよ? 世間がそう言うんです。失礼ですよねぇ」
失礼だと思ってる割に、ぺらぺら言う。
「まあ、そういう人たちがね、アルトローレルで遊んでると何かと良くない噂が立っちゃいますから。
こうして外に散歩なんかに出かけて――お遊びをするわけですよ。
家の者に護衛を頼むと面倒でしょう?」
ユノの視線が僕を刺した。
――失踪している貴族たちの話と、重なる。
そのとき。
「商会長」
店の奥から、冷えた声が飛んだ。
いつの間にか、さっきのメイド服の女性――ハーゼさんが扉の陰から覗いていた。新聞はまだ手に持っている。
「その話、外でします? 普通」
ヴォルフさんはしゅんとする。
が、次の瞬間には立ち直った。
「……とにかく! 護衛、お願いできません?
僕の部下って商売人ばっかりで。
僕も荒事はてんで苦手で!」
ユノが即答した。
「嫌だ」
「ですよね! 分かってます! 分かってますとも!」
即座に肯定してから、ヴォルフさんは笑顔で続ける。
「いやあ、ほんと助かります! じゃあこれ、お渡ししますね!
持つべきものは優秀な冒険者と友人ですよ!」
人の話を聞いてるのか、この人は。
一瞬、ユノの目がほんの少し殺気を帯びた。
なのにヴォルフさんは意に介さない。どういう神経してるんだろう。
ユノは諦めたように、いや、諦めたのだろう深くため息をついた。
「……で? そいつ、どこの坊っちゃんだ」
「名前は言えません! 守秘義務でして!」
言った直後に、ヴォルフさんは首を傾げる。
「あ、でも家だけなら……いや、家もダメか……?
ハーゼさん、家ならいいですよね?」
「一番、よくないですね」
「ですよね!」
……この人、本当に大丈夫か?
僕が口を挟む。
「えっと、その護衛依頼、いつですか?」
「そこは言えますよ!」
いや、そこが分からないと受けようもない。
「……言ってもいいですよね? ハーゼさん。
……で、いつでしたっけ? ハーゼさん?」
ユノが額を押さえた。
「おい、誰かこいつ黙らせろ」
もうユノが限界だ。
ハーゼさんは一歩前に出て、こちらに向けて淡々と言った。
「明後日。日の出前です。
アルト=ローレル東大通りの東端に、火の灯らないガス灯が一本だけあります。
そこで落ち合う手はずです」
それ以上喋られては困る、と言わんばかりに、ハーゼさんはヴォルフさんの襟元を掴む。
「商会長。中へ」
「え、え? いや、僕まだ――」
ずるずると引きずられ、ヴォルフさんは商会の中へ消えていった。
何だかどっと疲れた。
カイルが小さく「本の話、聞き忘れてた……」と呟いたが、僕たちは全員、聞こえないふりをした。




