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法と秩序の国

ローレンまでの道のりは、普通なら馬車でも二十日から一月はかかる。


ラザリスからローレンへ向かう街道は、かなり整備されている部類だ。距離を考えれば、それでも速い旅程と言える。


それでも――

僕たちはその行程を大幅に短縮し、十日ほどでローレンの首都に辿り着こうとしていた。


「それにしても……ほんと、とんでもないよな」


ユノが、どこか呆れたように言った。


外はすっかり夜だった。

街道は真っ暗で、人影はない。草陰から、いつ魔物が現れても不思議じゃない時間帯だ。


その中を、馬車は悠然と進んでいた。


揺れはほとんどなく、まるで夜闇の上を滑っているみたいだった。


リシアの馬車馬は、眠らない。止まらない。疲れない。

夜目も利き、結界による防護も万全。


「弱い魔物程度なら、馬と結界で何とかなりますでしょう」

――とは、リシアの言葉だ。


生前の僕の世界でさえ、まだ発展途上だった自動運転を、完全に実用化しているようなものだった。


ラザリスを出て国境を越え、ローレンの首都はもうかなり近い。

けれど、昼間の鍛錬を除けば、魔物の姿すらほとんど目にしていなかった。


「寝てる間に勝手に進んでるってさ……すごいよね」


カイルが感心したように言う。


するとリシアが、ふとこちらを見て、少しだけ控えめに尋ねてきた。


「……冒険感がなくて、退屈でしょうか?」


確かに、異世界を自分の足で歩くのも楽しい。

生前、体が弱かった僕にとっては、歩くこと自体が新鮮で、少し嬉しくもあった。


でも――。


こうして不思議な馬車に揺られながら、夜の街道を進むのも、ちゃんと“ファンタジー”で趣がある。


「そんなことないよ。馬車で寝泊まりするとか、なんだかワクワクする」


目的を考えれば、少し不謹慎かもしれない。

けれど、それが僕の正直な気持ちだった。


「左様でございますか。それなら、良かったです」


リシアはどこか安心したように、そう言った。


* * *


「お手数をおかけしました」


検問を抜け、馬車が再び走り出す。

ローレンの首都に近づくにつれ、巡回する警備兵に出くわす回数がぐっと増えていった。


「……多いね」


思わず口にすると、ユノが肩をすくめる。


「首都が近いからだろ」


「それは分かるけどさ……」


ふと、道の脇に広がる麦畑を見た。

――そういえば、あの畑もそうだった。ローレンに入ってから、柵とか防壁とか、そういう“囲い”をほとんど見ていない。


不思議に思って、ユノに聞いた。


「……柵とか防壁とか、無いよね。

 リベル・オルムも宿場町も、リュミナートの小さな町も……城壁とまでは言わなくても、何かしらあったのに」


「要らないからさ」


あっさり言い切られて、逆に言葉に詰まる。


「要らないって……魔物とか出るでしょ?」


「出るさ。でも対処できる。ローレンはそういう国だ」


ユノは馬車の窓枠に頬杖をついて、淡々と続けた。


「肥沃な土地に、でかい港。魔導技術もある。軍事力は帝国と同等――って言われてるしな。

 経済や技術まで込みなら、むしろ上だってさ」


「……そうなんだ」


そういえば、リサからもらったテキストにもそんなことが書いてあった気がする。

量が膨大すぎて、正直あまり覚えていない。ごめん、リサ――と心の中で謝った。


「それに、魔の平原との間にはリュミナートがある。帝国みたいに、最前線に張り付く必要がないんだよ」


ユノは指折りで挙げていく。


「魔物の討伐は冒険者。街道の警護は警備隊。ヤバくなったら騎士団が出る。

 ほかにも魔道士大隊、宮廷魔道士……伝説級の魔術師だっている」


――そこまで揃ってるのなら。


胸の奥に引っかかっていた疑問が、形になって口から漏れた。


「……それならさ。なんで、ユノの故郷みたいな国は戦争に明け暮れてるの?

 すぐにでも解決できそうなのに」


ユノの故郷は、確かローレンの属国だったはずだ。

それなら、もう少し――どうにかできそうなものなのに。


ユノは一瞬だけこちらを見て、皮肉げに口元を歪めた。


「法と秩序の国だからな」


そして、ため息みたいに笑う。


「色々、制約があるのさ」



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