隠し玉
それから先は、やっぱりめちゃくちゃだった。
ユノは、いつも以上に変則的な動きを織り交ぜてくる。
いつもの訓練では、ある程度は軌道が読めていたユノの動きが、今日はあまりにも不自然で、まったく掴めない。
それは――
そう、あの巨大洞窟狼と戦ったときの、あの動きに似ていた。
身体を魔素で強化しただけでは、説明がつかない動き。
そういえば、と僕は思い出す。
最初にユノと会ったときのことを。
ガゼフが、なぜか一目見ただけで逃げ出した、あの眼光を。
もしかして――と思う。
僕は、目に魔素を集中させた。
ユノが空に翻り、宙を蹴る。
投げた斧が、あり得ない軌道で戻ってくる。
その瞬間、何かが――きらりと煌めいた気がした。
斧は、細い“何か”に引っ張られるように帰ってくる。
ユノは、薄い“何か”を蹴って跳躍している。
「……やるじゃねーか」
ユノが僕の視線に気づいて、そう呟いた――が。
次の瞬間には、首元にショートソードが当てられ、カイルのハルバードは投擲された斧によって吹き飛ばされていた。
***
「オレの手品さ」
ユノは、いたずらっぽく言った。
少しばかりの魔素を物質化できる能力。
それが、ユノの固有スキルだった。
魔素であるがゆえに、魔素を乗せた目でなければ見えない。
とはいえ、そんなに大したスキルじゃない、とユノは言う。
固有スキルとはいえ、使える人間なんて結構いるし、鍛えたところで何の役にも立たないようなクソスキルだと、人は言うのだそうだ。
糸のように細くするのも、足場のように硬くするのも難しい。
力加減を間違えれば、すぐにちぎれるし、踏み壊される。
強度を保てるのもほんの一瞬、ちょっとした目眩まし程度にしか使えない。
ただ――
だからこそ、有用なのだ。
誰にでも使えて、誰にも使えない。
ユノだけの、隠し玉。
「人に教えられた型や、戦い方は、もう十分それっぽくなってきた」
ユノは、僕とカイルを交互に見て言った。
「これからは、持ってる手札をどう使うかだ」
強力なスキルや魔法なんて、いくらでもある。
けれど、そのすべては使い方次第だ。
ユウは、あの変な風の玉。
カイルは、怪力。
それを“使える”だけじゃなく、ちゃんと自分のものにする。
「札に振り回されんな。
配られた札を、使いこなせ」
その考え方は、どこかリサと似ていた。
なるほど、と僕は思う。
ユノとリサの馬が合う理由が、なんとなく分かった気がした。
***
リベル・オルムの街は、相変わらず騒がしかった。
往来を行き交う冒険者、荷を積んだ馬車、塔へ向かう定期馬車の呼び声。
その喧騒の中で、ひときわ落ち着いた空気をまとった一角がある。
《暁の盾》――
その本拠地だ。
質素だが堅牢な造りの建物には、華美さも、派手さもない。
暁の盾に所属する冒険者の多くは、地方から出てきた農民や、ごく一般的な市民だった。
エルネストさん自身は、ローレン王国の貴族の出らしい。
だが家督を継ぐ立場ではなく、それでも才能と人望に恵まれていたがゆえに、長兄や次男を差し置いて家を継がせたいという声が、周囲から上がったという。
無用な波風を立てるくらいなら、と、彼は家との縁を断ち、暁の盾を立ち上げた。
貴族という地位を捨て、市井の人々を守る道を選んだのだ。
今でも家族や周囲の人々は、エルネストさんが戻ってくることを望んでいるらしい。
けれど――
本人に、その気はない。
***
重厚な扉を押し開けると、訓練用の木剣がぶつかり合う乾いた音が響いた。
壁際では若い冒険者たちが、真剣な表情で基礎動作を繰り返している。
その中心に――
大柄な鎧を身に着けた人物がいた。
一目見て、すぐに分かる。
威圧するような立ち姿ではない。
ただ、背筋を伸ばし、静かに周囲を見渡している。
まるで大樹のようだった。
ただ立っているだけなのに、この場の中心が彼だと分かる。
「……カイルか」
先に気づいたのは、エルネストさんのほうだった。
低く、落ち着いた声。
カイルの肩が、わずかに跳ねる。
「エルネストさん……」
逃げ場はない。
いや、逃げに来たわけじゃない。
エルネストさんは視線を僕たちに向け、一瞬だけ驚いたように目を細めた。
「そちらは……」
「ユウです。それから、リシア。
冒険者で、ユノは……えっと……」
言葉を探していると、エルネストさんは小さく頷いた。
「話は少しだけ聞いている。
それに、ユノア。久しぶりだな」
そう言って、ほんの少しだけ笑った。
「おう、ご無沙汰だな、エルネスト。
それにしても、相変わらず暑苦しーなお前」
ユノが軽口を叩く。
一瞬だけ流れた穏やかな空気を破ったのは、カイルだった。
「すみませんでした!!」
大きな声で、カイルは頭を下げた。
「連絡、しなくて。
勝手に、いなくなって……」
エルネストさんは、すぐには答えなかった。
短い沈黙。
訓練の音だけが、二人の間を流れる。
やがて、彼は静かに言った。
「生きて戻ってきて何よりだ。
責めはしない」
それだけで十分だと言うように。
カイルが顔を上げる。
「だが――」
続く言葉に、空気が引き締まる。
「戻ってきた以上、話はしよう」
責めるためではない。
裁くためでもない。
向き合うための言葉だった。
エルネストさんは、今度は僕を見る。
「君が、ユウだな」
「はい」
「……少し、場所を変えよう」
それは命令でも、拒否できない圧でもなかった。
ただ、自然と従いたくなる声音だった。




