次のステップに
リサと別れ、僕たちはいったんリベル・オルムに戻ることになった。
正直なところ、法王さまの言う「深淵の揺らぎ」というものが、どの程度の事態なのか、僕にはよく分からない。
少なくとも今のところ、街も世界も、一刻を争うような事態が起きているとは思えないほど平和だった。
まあ、魔物が闊歩し、イグナシア帝国と各国が冷戦状態にあるこの世界が、本当に平和なのかと言われれば、多少の疑問は残るけれど。
それでも、少なくとも僕を取り巻く環境は、それほど切迫しているようには思えなかった。
僕たちはリベル・オルムで《暁の盾》のエルネストに会い、それから準備を整えてローレン王国へ向かう予定だ。
結局、ヴォルフの情報はラザリスではほとんど得ることができなかった。
ヴォルフはラザリス方面に向かうと言っていたが、実際にラザリスへ入ったのかどうかは分からない。
途中で姿を消したことから、目的地はラザリスではなく、さらに北――帝国方面だった可能性もある。
もっとも、ラザリスは「世界の交差点」と呼ばれるほど、さまざまな街道が交錯する土地だ。聖地巡礼のために敷かれた街道も、無数に存在している。
帝国側に向かった可能性もあるし、ローレン、あるいはミル=セナ連邦へ抜けた可能性もある。
それらを一つ一つ虱潰しにしていくのは現実的ではない。何より、あのヴォルフが書いた、あるいは出版に携わった本も、偶然、内容が似ていただけ――という可能性も十分にあり得た。
とはいえ、現状の手掛かりと言えばそれしかなく、とりあえずローレン王国へ向かうべきだというのが、僕たちの方針だった。
そして、ローレンに向かう理由はもう一つあった。
それは、リサがラザリスで聞いた噂話だ。
ローレンで魔物の変異種が多数目撃されていること。そして、貴族が何人も行方不明になっている、という話だった。
リサが実家に伝書鳥を飛ばして確認したところ、その噂は事実であり、ローレン王国でもすでに問題視されているという。
ちなみに伝書鳥とは、この世界で遠方の相手とやり取りをするための手段だ。
使い方は伝書鳩とほとんど変わらないが、小型の鳥型の魔物を調教することで手紙の受け渡しを行う。
この魔物は知能が高く、さらに魔素を見ることができるため、おおよその居場所さえ分かっていれば、自分で相手を探し出し、確実に手紙を届けてくれるらしい。
***
リベル・オルムへ向かう道すがら、僕たちは相変わらずユノに稽古をつけてもらっていた。
正直なところ、今でもまったく歯が立たない。
前のように木刀一本というわけではなく、斧とショートソードを使っての訓練になっている。僕とカイルは二人がかりだ。それでも、かなりの進歩だと思う。
ユノ曰く、斧とショートソードの二刀流は理想的な組み合わせらしい。
小回りの利くショートソードに、威力のある手斧。
「薪も割れるし、ヤブを進むときにも役立つんだぜ。
斧はいいぞー」
とユノは言うが――
ある程度のランクに達した冒険者になると、斧はあまり使われなくなる武器の筆頭だ。
やっぱり剣聖だとかに憧れる。見栄えのいい武器のほうが人気があるし、貴族や偉い人からの指名依頼も、そのほうが来やすい。
僕も正直、ロングソードや槍のほうが格好いいと思ってしまう。
けれど、ユノの変則的で、実用一点張りの戦い方を見ていると、少しだけ――斧にも憧れてしまうのもまた事実だった。
くるりと器用に回し、投げ、ブーメランのように受け取る。
そして――
いつものように、ユノが斧を投げた。
手加減してくれているとはいえ、当たれば即死だ。
けれど今日の投擲は、ユノらしくない。
避けてくれと言わんばかりの、真っ直ぐな軌道。
――あれでは、手元に戻ってこないのではないか。
そう僕は思い、きっとカイルもそう思ったはずだ。
だが、違った。
見えない紐に引かれているかのように、斧は一直線に戻ってきた。
「カイル、危ない!」
間一髪で、カイルが斧を弾く。
弾かれた斧は、それでも――ユノの手の中に収まっていた。
「そろそろ次のステップだ。
ヤロー共」
ユノが、ニヤリと笑った。




